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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

日本カーリング界の盛り上がりと展望(後編)

~マーケティング委員・岩永 直樹氏インタビュー~

上席特別研究員 熊谷哲

◀前編からつづく

 

―― 北京オリンピック期間中は、アメリカ時間の早朝ライブ放送※2が続いて、「岩永寝ろ」というハッシュタグが飛び交ったり、現在に続く熱量が沸き上がったりする様子がとても印象的でした。

※2 オリンピック期間中は2~3日に1回の配信で、最大約8,000人の視聴者が同時参加し、視聴者からのライブチャットとのかけあいも数多く見られた。

JCAの一員としての客観性を保ちつつ、無味乾燥になってもいけないという塩梅は、今でも難しいところがあります。そのようななかで、カーリングファンの心をつかみ、エンゲージメントの高いみなさんが集い、お互いをリスペクトすることで本当に良いファンコミュニティが形成されてきたと感じています。そうした様子がメディアやスポンサーにも伝わり、横浜2025大会につながったと捉えています。

―― その意味では、北京から来年のミラノ・コルティナ五輪につなぐ取り組みについて、現時点ではどのような手応えを感じていますか。

もちろん選手や関係者の日頃の努力があってこそですが、ファンのみなさんの熱量や思いを、横浜2025大会の成功にいかにつなげるかを常に考えていました。おかげさまでチケットは全日完売となり、とりわけ準決勝や決勝の会場の盛り上がりや感動は、本当に格別でした。オリンピック開催年ではないにも関わらずここまでできたのは、カーリングの普及にとっても、日本のみならず世界にとっても大きな成果であったと思っています。

高まる日本チームの競技力

―― 日本のチームの競技力という面でも、北京オリンピック後の躍進がめざましいものがあります。

最新の世界ランキングを見ると、上位20位以内に女子は4チーム、男子は1チーム、ミックスダブルスは2チームが入っています。ロコ・ソラーレの世界的な活躍に続いて、海外遠征を中心に進めるチームが増えてきたのが大きな要因だと思います。

―― それはJCAとしても戦略的に取り組んできた結果でしょうか。

JCAとしても海外遠征を強化の柱として非常に重視していて、日本選手権の出場枠に世界ランキングを活用してシード権を設定したり、強化指定チームの支援を行ったり、海外遠征を促す仕組みを設けています。また、小笠原歩さんやボブ・アーセルさんという国際経験豊富な方がナショナルコーチとして選手と一緒に国際大会に出場し、ノウハウをさらに蓄積しながら、強化を進めてきました。

―― 海外を見ても、これだけのチームが積極的にカナダ遠征をしている国はあまりないように思われます。

15年ほど前は、海外遠征というと日本代表クラスで、2番手や3番手以下は概ね国内調整が中心でした。それが今日では、チームが自主的にスポンサーを獲得したり、クラウドファンディングをしたりして海外遠征を行うケースも増えました。その背景には、ファンコミュニティの盛り上がりがメディアやスポンサーの方々にとっても手応えとしてある、強化という点でも結果につながっている、良い循環となってきているのではないかと感じています。

―― 一方で、オリンピックサイクルの中で、ファンとしては代表になれなかったチームの存続やスポンサー維持がとても心配になります。

確かに難しい問題ではあるのですが、オリンピック以外にもチームとして目指したい、活躍の場となる、チームを支えるみなさんにとって意義のある、そのような機会がとても重要だと思っています。加えて、オリンピックに出るか出ないかだけではなく、シーズンを通して、あるいは多年にわたって継続的に応援していきたいという基盤をつくっていく、その両方でJCAとしてできることがあると考えています。

―― 今回の横浜2025大会では、世界ランキング上位チーム以外の活躍も注目されました。

その通りで、今大会は地方ブロック代表チームも素晴らしい戦いぶりでしたし、ショットやプレーに対してフェアに賞賛が湧いて、すごく爽やかな雰囲気の会場でした。トップレベルのチームの強化はもちろん、地域のカーリングを盛り上げて裾野を広げていく、将来のトップアスリートを育む土壌を整える、というのがJCAの目指すところと捉えていますし、その意味でも横浜2025大会は非常に良い大会だったと思います。

生涯スポーツとしてのカーリング

岩永直樹氏(JCAマーケティング委員・国際委員)

岩永直樹氏(JCAマーケティング委員・国際委員)

―― 以前、カナダのツアー大会で還暦を超えている選手がロコ・ソラーレと対戦しているのを見たときは衝撃的でした。海外ではこうした姿は当たり前なのでしょうか。

選手時代のカナダ遠征や、昨年まで4年間シカゴ周辺に住んでいた経験で言うと、生活の一部として、生活圏の中にカーリング場があるという状態になっていたりします。なかには、ゴルフカントリークラブと一体化して運営しているような施設もあります。そのようなところで、ご年配の方が日中にプレーされて、ジュニア世代が夕方に来て、夜には大人のリーグ戦をやっているというような、地域の人が集まる運営というのが北米の、特にカナダ中心とするスタイルですね。

―― 常呂にお伺いした時に、地域のリーグ戦に上は70代から下は小学生まで、30チーム以上が登録しているのをみて驚いたことがあります。

カナダやアメリカ、あるいは常呂のように、カーリング場が地域の交流拠点として生活に溶け込むようになれば、カーリングは生涯スポーツとしての適性もとても高いと思いますし、理想的だと思います。ただ北米の場合、土地が広くて、車での移動が前提で、施設をつくる場所を簡単に確保できるという特徴があって、日本で同じようにとは簡単ではないと思っています。

―― なるほど、公共施設として考えると、設備投資のコストなどを考えるとなかなか難しそうに思えます。

一方で、札幌のどうぎんカーリングスタジアムは、地下鉄の駅から徒歩10分もかからないところで、連日予約がいっぱいなんですね。時間帯によっては抽選倍率が100倍になるときもあって、本当に賑わっています。その様子からすると、首都圏でも条件のよいところで整備できれば、ひとつの大きな節目になるのではないかという期待が大きいです。

―― 先日、大阪で開かれた体験会にチラッとお邪魔したときも、必ずしもカーリングに馴染みのある地域ではないのにとても盛況でした。

JCAの事業ではないものも含めて、体験会やスクールの機会づくりには積極的に取り組んでいます。この間、「みる」カーリングとしては非常に大きな飛躍があったので、それを「する」というステップにつなげていきたいですし、そうした普及に貢献したいというトップアスリートの存在も数多くて、とても力強く思っています。

―― 地域ごとにアプローチが異なるとは思いますが、普及活動や競技環境がさらに広がると良いですね。私の住んでいる関西でも、常設の場も含めてぜひ期待したいところです。

カーリングの場合、1シートあたりの稼働上限が年間約100人と言われ、全国で大体40シートあるので、ざっくり年間4,000人がプレー可能なキャパシティがあることになります。それに対して、現状の競技登録者数は2,500人ほどで、数の上からはまだ余地があるわけですね。ただ、施設のある場所はとても偏っている。一方で、横浜2025大会も含めて普及面での手応えも強く感じている。そうした点を勘案しながら、プレーできる環境をどのように広げていけるのか、生涯スポーツとしての訴求力を高めて理解者や協力者を増やしていくことも含めて、中期的に考えていくところだと思います。

今後の大会運営や世界大会誘致に向けて

―― 普及や強化のバランスを踏まえながら、今後の日本選手権の開催について想定されていることはありますか。

2026年度の候補地の一つとして、横浜を想定しつつ、その可能性を検討している段階です。今回の横浜BUNTAIでの開催は、選手にとってもファンにとっても、とても価値ある成果であったと受けとめていて、JCAとしてもこれを続けていきたいという思いが強くあります。

―― 専用ではないアリーナで開催できたことで、開催地の可能性も大きく広がったということですね。

空調や湿度管理、断熱、アイスコンディションなどが整わないとカーリング大会として成立しないので、そういった意味での慎重さはもちろんありますが、理論的にはBリーグの試合を開催できるような平土間式のアリーナであれば、どこでも開催できることが証明されました。観戦体験の質も含めて、大会開催のポテンシャルが無限に広がったと感じています。

―― 日本での冬季オリンピック開催の可能性がだいぶ遠のいたことで、人気も競技力も兼ね備えているカーリングの国際大会誘致にも、期待が高まっていると思います。

男女の世界選手権は基本的に2年に1度カナダで開催され、それ以外はヨーロッパ開催が多いのですが、今回は女子が韓国で開催されます。そのようななかで日本はと言うと、市場規模がある、放送や配信も積極的で注目度も高い、主要大会でも成績を残している、加えて今回の横浜2025大会の実績がアピールできるわけで、材料は整ってきていると思います。2029年度以降の世界選手権の開催地などはまだ決まっていないので、情報収集を進めながら可能性を探っていきたいと考えているところです。

―― カーリングの人気という意味では、カナダのツアー大会に日本チームが出場する際には、YouTubeのライブ中継の同時接続数は他の試合に比べて明らかに増えて、日本のファン向けの公式コメントが出されるなど、その存在感が際立っています。

再生数もそうですし、ワールドカーリングのSNSのインプレッションや「いいね」、リポストの数なども、やはり日本絡みのものは非常に数が多くて、明らかに世界にも露出しています。そうした日本のファンの関心や熱量の大きさが伝わると、それもまた国際大会を日本に引き寄せてくる一つの要因になります。いまの時代ならではですよね。

―― やはり、岩永さんが手がけられてきた「カーリング沼」などの幅広さと深みの両面を追求する取り組みが、高い熱量を保ちながら大きく根を張っているように感じられます。

「みる」カーリングは制約がありませんので、伸ばせるだけしっかり伸ばしていきたいですね。カーリング沼やファンコミュニティを作っていく上で「カーリング競技自体に興味を持ってほしい」と思って進めてきたことが、たくさんのファンの方々に横浜BUNTAIへ集まっていただいて、応援の雰囲気が作られて、それが会場全体の雰囲気を形づくるという流れに結びついたと、本当に実感しました。これからも、ファンの皆さんに満足いただけるように、かつカーリングコミュニティがさらに盛り上がっていくように、我々の想定のレベルも一段上げながら、さらに邁進していきたいと思います。

  • 岩永 直樹 岩永 直樹 公益社団法人日本カーリング協会 マーケティング委員(副委員長 #カーリング沼 担当)・国際委員

    東京大学農学部卒。同大学院 農学生命科学研究科、2009年修士課程修了。同年、味の素株式会社入社。2018年、公益社団法人日本カーリング協会参画。以降、会社員とカーリング協会、二足の草鞋を履く。
    大学入学と同時にカーリングを始める。1998年長野オリンピック代表の大澤明美氏から競技チームとしてのあり方を学び、主にスキップとして「チーム東京(I.C.E.)」で15シーズンプレーした。主な成績は、日本選手権準優勝3回(2008、2014、2016)、ユニバーシアード冬季競技大会出場(ハルピン・2009)。
    2018年にカーリング競技の前線から離れたものの、同年、日本カーリング協会にマーケティング委員として参画した。カーリングの裾野拡大、認知拡大のために、SNSによる発信を強化。自身の選手としての経験を活かした細やかな解説で、カーリングの魅力を分かりやすく伝えている。YouTube「#カーリング沼 へようこそ!」も担当し、2022年北京オリンピック時には、約1ヶ月強の間に16回もライブ配信を実施し注目を集める。ファンとの距離を縮める活動を行っている。
  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員

    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。

熊谷 哲 論考