上席特別研究員 熊谷哲
1.運動・スポーツ習慣化促進事業のあらまし
毎年恒例の行政事業レビュー公開プロセスが、去る6月に実施された。スポーツ庁関連としては、「スポーツ産業の成長促進事業」、「スポーツによる地域活性化推進事業(運動・スポーツ習慣化促進事業)」の2事業が取り上げられ、外部有識者による議論が行われた。このうち、後者(以下、「本事業」とする)について触れてみたい。
本事業の目的は、「第3期スポーツ基本計画では、国民のスポーツ実施率を向上させ、日々の生活の中で一人一人がスポーツの価値を享受できる社会を構築するという目標を掲げ、20歳以上の週1回以上のスポーツ実施率が70%になることを目指している。地方公共団体が、スポーツ主管課と教育・福祉主管課等で連携し、地域のスポーツ団体やスポーツ施設、総合型クラブ等及び、医療機関・福祉施設等の関係者の連携体制を構築して住民のスポーツ実施を促進する取組を支援する」と掲げられている。また、その事業の概要は「地方公共団体において連携体制を構築し、住民のスポーツ実施を促進する次の取組を支援する」ものであると説明され、その取組として以下の5つが明示されている(目的及び概要は、公開プロセス時のレビューシートの原文のまま表記している)。
A)医療と連携した地域におけるリスクに応じた運動・スポーツの取組
B)要介護状態からの改善者を含めた、介護予防を目指した地域における運動・スポーツの習慣化の取組
C)ライフパフォーマンスの向上に向けた目的を持った運動・スポーツを推進する取組
D)障害の有る人が、ない人と一体になった形での運動・スポーツの習慣化の取組
E)無関心層に対する地域における運動・スポーツの実施・継続化に係る取組(ターゲットは、ア、女性、イ、働く世代)
第3期スポーツ基本計画における本事業の施策構造
○施策名:
(1)多様な主体におけるスポーツの機会創出
○政策目標:
国民のスポーツ実施率を向上させ、日々の生活の中で一人一人がスポーツの価値を享受できる社会を構築する。
○今後の施策目標(筆者抜粋):
✓成人の週1回以上のスポーツ実施率が 70%(障害者は 40%)になること、成人の年1回以上のスポーツ実施率が 100%に近づくこと(障害者は 70%程度になること)を目指す。
✓1回 30 分以上の軽く汗をかく運動を週2回以上実施し、1年以上継続している運動習慣者の割合の増加を目指す。
○具体的施策(ア〜オのうち、該当部分は以下のとおり)
イ 地方公共団体は、スポーツ主管課と教育・福祉主管課等で連携し、地域のスポーツ団体やスポーツ施設、総合型クラブ等及び、医療機関・福祉施設等の関係者の連携体制を構築して住民のスポーツ実施を促進する。
本事業の基本的な仕組みは、自治体に対する補助金を通じて地域での取り組み創出を図る、典型的な補助事業である。補助を受けた自治体は、「地域内のスポーツを通じた健康増進に関する施策を持続可能な取組とするため、行政内や域内の関係団体(大学、医療機関、民間事業者、スポーツ団体、健康関連団体等)から構成する実行委員会等を開催」し、上記A)〜E)のいずれか、あるいは複数を実施することとされている(レビューシートの「事業を行う上での役割」より)。2023年度は34自治体が補助対象となっている。
2.公開プロセスにおける取りまとめ内容
公開プロセス当日は、①事業成果の検証と今後の事業設計、事業展開のあり方、②事業成果検証のために適切なアウトカム、アウトプットの設定の有無、などについて議論がなされ、以下の最終取りまとめが得られた。
- 国として、その働きかけをする対象が地方公共団体でいいのか、再考する余地がある。スポーツをやりたいがやる機会が身近にないと潜在的に思っている人は少なくないと思われる。スポーツは場所、仲間、機会があって初めて長続きするものであり、やりたいけれどなかなかできないという人たちにターゲットを絞った施策運営を工夫することが望ましい。
- 事業の執行という方向性では補助金交付自治体の共通目標を横並びで比較、分析し、スポーツ庁として有効であると考える取り組みをカテゴリー化して、事業の枠組みを再検討するなど、事業設計のサイクルの見直しが必要である。
- 戦略的な絞りこみが必要であり、多くの自治体で絞り込みができているのであれば、その共通項でまとめてグループ化して横展開すべきだ。
- PTA経由などで親にとっても地域スポーツに参加する良い機会となりえるような、また地域のスポーツ愛好団体やその地域連携団体、職場等経由での働きも強化することが望ましく、対象カテゴリー別のプログラムを本事業の中で設けてはどうか。
- 効果ということでKPIとEBPMを徹底するためにデータを取り、その効果を横展開できるようにお願いしたい。
- アウトカム・インパクトは、予防、健康寿命の延伸に関することを踏まえるべき。
- 本事業に参加した地方公共団体レベルのみならず、全国レベルでのスポーツ実施率が長期アウトカムに設定されており、これについては妥当である。
3.9年間取り組んできた価値は見出せているのか
そもそも、この事業は2015年度に開始され、このレビューの対象となった2023年度までの間に、のべ約200に上る自治体が補助を受け地域での実践を重ねてきている。ゆえに、特色のある好事例や、より成果を高めるため、すなわちスポーツ実施率を70%以上とするなどの目標達成のために克服しなくてはいけない課題は、すでに把握されていて当然である。それにも関わらず、レビューシート上で示されている事業の現状・課題では「地方公共団体において、スポーツ主管課と教育・福祉主管課等で連携し、地域のスポーツ団体やスポーツ施設、統合型クラブ等及び、医療機関・福祉施設等の関係者の連携体制を構築することが重要」と、目的に掲げていることをなぞるだけで一般論・抽象論的な域を出ず、公開プロセス当日もほとんど説明も議論もなされていない。
本年が開始から10年目となることを考えれば、仮説レベルのロジックモデルや、実績すら押さえられていないアウトカムの把握状況は、まったく不十分としか言いようがない。2015年当初は詳細なロジックモデルを求められてはいなかったが、長期アウトカムはスポーツ基本計画に明らかであり、中間アウトカムのようなステップが意識されていたことも疑いない。本来なら中間アウトカムは既に発現し、実証に基づく具体的な目標設定や検証がなされていて然るべきである。
さらに言えば、本事業で自治体に求めている連携の座組は、健康日本21の取り組みなどにより、この補助金の有無にかかわらず多くの自治体で実践されている。こうした経緯を踏まえれば、スポーツ庁に今日求められるのは、補助金により自治体の背中を押すことではなく、①他の自治体よりも抜きんでた効果が見られる取り組みは何か、②顕著な効果をもたらす主たる要因はどこにあるのか、③多くの自治体で見られる課題の解決にどう結びつけられるのか、そうした点について客観的かつ包括的な評価・分析を行うことであろう。きっとスポーツ庁内部では、自治体任せにすることなく検証を行っているはずだが、公開プロセスのようなオープンな場で、具体的に触れられなかったことは残念でならない。
なお、本事業については、私は2022年の論考(スポーツ事業の論理的整合性に欠ける8つの問題 )において、「本来はアウトカムなのにアウトプットに設定しているもの」の例として取り上げ、「早急に修正を図るべき」であると指摘していた。その時点からは多少の改善が見られるものの、正しくはアクティビティに位置づけるべき「補助金の交付」をアウトプットに設定していたり(本来は補助金交付による取り組み創出の結果を示すべきもの)、第3期スポーツ基本計画の5年間で達成を期す施策目標を長期アウトカムに設定していたりする(これが正しい設定ならば、中期アウトカムは2〜3年で発現することになるが、それは事実上不可能である)など、いまだに混乱が見られる。こうしたところは、事業レベルで取り繕うのではなく、スポーツ基本計画の設計から見直すべきであることを強調しておきたい
4.スポーツ庁としてのアイデンティティを明確に示せ
ところで、公開プロセスの場では、スポーツ実施率の向上は目標なのか、それとも手段なのかという議論があった。その結果として、「アウトカム・インパクトは、予防、健康寿命の延伸に関することを踏まえるべき」という取りまとめになったわけだが、私はこの見解には違和感がある。
スポーツ基本法の制定やスポーツ庁の設立は、「世の中を良くするためにスポーツコミュニティをどう生かしていくか」という視点を踏まえてのものだった。スポーツ実施率の向上にはさまざまな意図が含まれているものの「さまざまなスポーツの価値を享受する」人を増やすことを意図したものであり、原点を振り返れば「スポーツコミュニティに関わる」人々を増やし、その諸活動を通じて社会課題の解決に貢献するためであったはずである。その意味で、疾病の予防や健康寿命の延伸はスポーツの価値のひとつであることは疑いないものの、そのために実施率の向上を直接的な手段として捉えることは、目的と付加価値の関係、目標の主と従の関係を混同させ、焦点を曖昧にするものである。加えて言うなら、健康増進を図るという目的を達成するためにスポーツを手段として活用するものは、スポーツ基本計画の「施策(5)スポーツによる健康増進」の下において体系化されているはずである。
こうした混同を生んでいるのは、スポーツ庁自身にも原因がある。レビューシートにおいて「本事業は、(中略)運動・スポーツを通じた健康増進を図るものであり(以下略)」(事業所管部局による点検結果の欄に記載)などと、事業目的には何ら示されていない目的意識を表現してしまっている。それ以前に、レビューシート以外での事業説明においても、「運動・スポーツ習慣化促進事業は、地域の実情に応じて地方公共団体が実施するスポーツを通じた健康増進に資する取組を支援する補助事業です」と表現するなど、その時々で都合の良い説明をつくり出し、施策体系の本筋をないがしろにしているところが散見される。もしも、本意がそこにあるのなら、本事業の施策の立て付けを施策(1)から施策(5)に振り替えた上で、ロジックモデルや事業内容、指標・目標を設定し直すべきだろう。
スポーツ庁の設置から早10年。スポーツと健康増進が関わる事業を厚労省から引き継いだ経過はそれとして、スポーツ庁のアイデンティティを貫いた施策・事業の体系化に、もう一段努力するべきではないだろうか。