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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツ政策にこそ科学的検証を

~公開プロセスに見るポストスポーツ・フォー・トゥモローの問題~

熊谷 哲(SSFアドバイザリー・フェロー)

1.行政事業レビューとは

 去る617日に、スポーツ庁の実施事業に関する2022年度行政事業レビュー公開プロセスが実施された。行政事業レビューとは、国が実施する約5,000のすべての事業について、PDCAサイクル(事業の立案(Plan-実施(Do-検証(Check-改善(Action)の循環)が機能するように、各府省が自ら点検並びに見直しを行うもので、2010年度から開始された。統一様式により全事業のレビューシートが作成され、事業目的や実績・成果、予算の使われ方、自己点検の結果などが全面的に公開されている。そのうち、前年度から新規に取り組まれた事業や、事業継続の是非を判断する必要のある事業の一部について、公開の場で、外部有識者により点検を受けるのが公開プロセスである。

 過去5年間の公開プロセスにおいて、スポーツ庁実施事業は4事業が対象とされ、廃止1、事業全体の抜本的改善1、事業内容の一部改善2と、芳しいとは言えない結果であった(評価は、廃止、事業全体の抜本的な改善、事業内容の一部改善、現状通り、の4区分となっている)。一方で、昨年度は第3期スポーツ基本計画(以下、「第3期計画」)の策定のため、スポーツ政策のあり方やその体系、事業成果等について、スポーツ審議会等で長期にわたって議論が重ねられてきた。その第3期計画の妥当性や実効性を揺らがせないためにも、どのような事業検証や改善を図って事業設計を行ったのかが問われる今回の公開プロセスは、とても重要な場であったと言えよう。そこで、今年度対象事業のうち、スポーツ・フォー・トゥモロー等推進プログラム(以下、「SFT推進プログラム」)について取り上げる。

2.東京オリパラ招致の国際公約としてのSFT

 SFT推進プログラムの端緒は、東京オリンピック・パラリンピックの招致段階にまでさかのぼる。20139月、ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会において、「『スポーツ・フォー・トゥモロー』という新しいプランのもと、2020年に聖火が東京へくるまでに、100を超す国々で、1000万の人々へ、スポーツの悦びを直接届ける。」(筆者要約)と、当時の安倍総理が招致スピーチを行った。東京大会の開催決定によって、その名称とその目標のまま、翌2014年度より国際公約として実施に移されたのである。

 SFT推進プログラムは、以下の5つの事業で構成され、8年間で約80億円の国費が投じられてきた。

(1)スポーツ・アカデミー形成支援事業(20142020年度)

2)戦略的二国間スポーツ国際貢献事業(20142021年度)

(3)国際アンチ・ドーピング強化支援事業(20142021年度)

(4)オリンピック・パラリンピック・ムーブメント全国展開事業(20162021年度)

(5)スポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業(20142017年度、20182020年度はスポーツ・デジタルアーカイブネットワーク構想事業)

(1)は国内の人材養成、(4)はオリパラ教育の実施、(5)は映像資料の利活用と、基本的には国内向けの取り組みとなっており、国際公約と直接的に結びつくのは(2)と(3)となる。

(2)では、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が委託を受け、官民連携による国際協力コンソーシアムの事務局を務めながら、体育カリキュラムの策定支援等を通じて途上国のスポーツ環境整備を行ってきた。加えて、JOCなどの関係諸機関が国際的支援を担ってきた。

(3)では、公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が委託を受け、アンチ・ドーピング活動が遅れている諸国への支援を行ってきた。

 それらの成果等を踏まえ、2022年度からは「ポストスポーツ・フォー・トゥモロー推進事業」(以下、「ポストSFT事業」)が、2026年までの5年間に70か国700万人が裨益するという成果目標を掲げ、開始された。事業内容は、①SFTコンソーシアムの継続・発展、②SFTレガシーリーディング事業、の大きく2つの柱で構成されており、引き続きJSCが委託を受け実施主体となっている。

3.公開プロセスでの評価結果と指摘内容

 公開プロセス当日は、すでにSFT推進プログラムが2021年度で終了し、ポストSFT事業がスタートしていることから、「これまでの事業の成果・効果の検証結果や社会情勢等を踏まえた後継事業の実施の在り方」、「後継事業として、どのような事業成果指標とすることが適切か」の2点が論点として設定され、議論が進められた。

 結果は、事業全体の抜本的改善3名、事業内容の一部改善3名の同数となり、座長取りまとめにより「事業全体の抜本的改善」と結論づけられた。取りまとめコメントは、以下のとおりである。(筆者まとめ)

  • 自走化の道筋が不明確であり、改めて事業設計を見直すことが必要。自走化の目的に近づいているか判断できる成果指標の構築が必要。
  • リーディング事業については、ポストSFTとは別の事業として事業設計を考え、アウトカム等の成果指標の設定は、より広い事業であるとの視点から再設計する必要があるのではないか。相手国の社会問題や課題に関する実態調査を踏まえたアウトカムの再設定、スポーツ庁に十分な知見がないようであれば、ODAの知見を有する外務省やJICA等に知見を求めるべきではないか。ポストSFTとして行う必要があるのか。いま一度検証が必要。文部科学省はもとより、他省庁も含めて目的の重複する事業が併存していないかの確認も不可欠である。現在の4本の柱でリーディング事業を行うことが、一番効率的で効果的なのか、再度見直していただきたい。
  • 委託事業ではなく、補助金というスキームも検討する必要があるのではないか。さらに、自治体やNPOが草の根で交流していることのサポートも必要であると考える。

 上記のように、評価結果もコメントも、ポストSFT推進事業の事業設計について根本からの見直しを求める大変厳しいものとなった。他方で、8年間も実施してきたSFT推進プログラムを総括するような成果・効果の検証という点にはあまり触れられず、「自走化(コンソーシアム参加団体の自発的な国際協力事業の実施)」や「(レガシー)リーディング事業」といった新たな概念に終始した感が否めない。政府の推進するEBPM(Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)の観点から、ロジックモデルの適正性に関心が向くことも理解できるものの、8年間事業を継続してきたからこそ把握でき直面してきた問題こそ、ポストSFT事業のあり方を正すために議論されるべきではなかっただろうか。そうした観点から、SFT推進プログラムの問題について触れたい。

4.触れられなかった根本的な問題

 第一に、コンソーシアムの成果評価である。事業シートや関連資料を見ると、100か国1000万人以上という当初目標に対し、約80億円を投じた本プログラムによって204か国1300万人以上が裨益したとしている。だが、この1300万人には、コンソーシアムの運営委員に名を列ねている外務省や独立行政法人国際協力機構(JICA)、独立行政法人国際交流基金(JF)、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)などが本プログラム以外の予算を使って実施した成果を、SFTの趣旨に適うものとして算入している。

 そのこと自体を否定するわけではないが、本プログラム以外の事業による執行予算額や成果実績等を明確に示すという本来の責務を、事務局であるJSCはもとより事業を統括するスポーツ庁も果たし切れていない。なおかつ、その成果実績についても、それぞれの事業着手前に想定した積算を援用するだけで、直接の受益者がどれだけいたのかの実数は把握できておらず、事前想定の正確性の検証もできていない。

 このような状況では、SFT推進プログラムの成果を踏まえたポストSFT事業の必要性や、JSCのコンソーシアム事務局としての適正性を強調されても、疑問を呈さざるを得ない。

※この裨益者1300万人という実績評価については、公開プロセス直後に日本経済新聞が特集記事を掲載している。

「国際スポーツ貢献、実績を水増し 「1300万人に恩恵」」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE1696S0W2A510C2000000/

 第二に、8年間成果が上がらなかったのに修正できなかった現実である。SFT推進プログラムの成果指標(アウトカム)のひとつに、オリンピック・パラリンピック・ムーブメントの達成度を測るものとして、「『全国体力・運動能力、運動習慣等調査』において、『オリンピック・パラリンピックを日本で行うこととなりましたが、あなたの今の気持ちに当てはまるものを全て選んでください』との問中『試合を見に行ってみたい』と回答した児童生徒数」が設定されている。最終年度の目標80%に対して実績は48%であり(2021年度調査)、達成にはほど遠い結果で終わった。

 この原因としては、新型コロナウイルス感染症の影響により予定していた交流事業等を実施できなかった影響が、即座に浮かんでくる。だが、この間の推移を見ると、事業開始直後の2015年には58.8%、新型コロナウイルス感染症の影響が出る前の2019年には59%。事業期間中はおしなべて50%台で推移しており、数字の上からは、本プログラムを継続したことによる小中学生への成果はほとんど読み取ることが出来ない。この成果を高めるために、プログラムや個別事業のあり方を大きく見直したということも見受けられない。

 このような状況で、より対象や実施プロセスが多様で難易度の高い国際スポーツ貢献について、どのように方向づけ、実績を把握し、改善を重ねつつ成果を高めていこうと言うのだろうか。

 第三に、実績や実態を直視できていない課題認識である。公開プロセス時に示された補足資料「SFT事業の成果・効果の検証結果及び社会情勢等を踏まえた後継事業(ポストSFT)の取組の在り方」では、SFT推進プログラムの成果・効果を踏まえた課題・ニーズとして、以下のような要素を挙げている。

  • 国内団体・企業などにおける、スポーツを通じた国際貢献、協力、交流事業の継続によるレガシーのさらなる拡大
  • 一貫したメッセージを発信するため、また個々の団体の活動を支えるための官民連携ネットワーク(ハブ機能)の継続
  • 国内・外における認知度の向上
  • スポーツコンテンツの品質向上
  • スポーツを通じた社会課題解決への貢献(SDGsへの貢献)

 誤解を恐れずに言えば、これらはSFT事業を実施せずとも容易に想像される「方向性」に過ぎない。本来あるべきは、「国内団体・企業などにおける、スポーツを通じた国際貢献、協力、交流事業の継続」を図るために、何をおいても解決すべき事柄とは一体何なのか、隘路となっているのは何なのかを、8年間にわたる実績を踏まえて追究し、明らかにした上でポストSFT事業のあり方を構想することだ。だが、資料からそうした分析はまったく伺えない。その上、SFT推進プログラムでは何らうたわれていなかった「コンソーシアム参加団体の自発的な国際協力事業の実施」を長期アウトカムに設定しながら、「JICAJETROの国費投入事業を『自発的実施』に含めるのか?」といった基本的な整理も明確にしないなど、生煮えの唐突感が否めないものとなっている。

 これでは、継続事業ありきの事業設計であると言われても、何らの反論も出来ないであろう。それは、整合性を欠き、継ぎはぎの目立つロジックモデルに如実に現れている。

図1:「ポストスポーツ・フォー・トゥモロー推進事業」ロジックモデル (公開プロセス(2022年6月17日)配付資料より)

図1:「ポストスポーツ・フォー・トゥモロー推進事業」ロジックモデル (公開プロセス(2022年6月17日)配付資料より)

5.ポストSFT事業の再構築を

 国際公約としてスタートしたSFT推進プログラムであるが故に、その実施が半ば目的化してしまっていたのも、やむを得ない面があると思う。だが、8年間の事業実施を終えてもなお国際公約に依拠するだけでは、やりっ放しという批判は免れないだろう。ポストSFT事業は第3期スポーツ基本計画に則った事業だと抗弁しても、意義を掲げるだけで根拠とすべき評価分析がおざなりなままでは、理解や支持は広がるべくもない。ポストSFT事業を推進しようとするのならば、現状の至らないところを真摯に受けとめ、早急に立て直す必要がある。それは、公開プロセスの評価結果にも重なる。

 何より重要なのは、事業の目的と手段、実施結果の把握・評価方法等について、SFT推進プログラムの厳密な実績評価・分析に照らして再構築することだ。「レガシー」と声高に言ったところで、その価値が実績として具体的に示されなければ、何の意味も為さない。

 その上で、国は何を為すべきなのか、各省庁や独立行政法人、何より民間関係諸機関が果たすべき役割は何なのかを突き詰めて、改めて具体的に定義すべきである。「数値目標を達成するために様々な関連事業の成果をかき集めて達成できたこととしている」などと受けとめられないように、役割や責任の範囲を明確にしつつ、積極的な情報開示を行うことが不可欠だ。とりわけ、JSCの当事者能力を一層発揮させることは、必須の課題である。

 精神論ではなく、科学的分析を踏まえた実効ある対策へ。それは、スポーツをするフィールドのみならず、スポーツ政策の現場にこそ求められるのではないだろうか。

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。