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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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セミナー「子供のスポーツ」

スポーツ団体のガバナンスは改善されたのか

〜改定されたガバナンスコードに対する懸念〜

熊谷 哲(SSF 上席特別研究員)

2019年にスポーツ団体が適切な組織運営を行う上での原則・規範として、スポーツ団体ガバナンスコード(GC)を策定されてから4年半ほどが経過しました。スポーツ基本法において、すべてのスポーツ団体が「運営の透明性の確保を図るとともに、その事業活動に関し自らが遵守すべき基準を作成する」努力義務を負っていることを踏まえたもので、中央競技団体(NFNational Federations)向けと、その他の一般スポーツ団体向けの2層構造となっています。そのうち、中央競技団体向けについては、対象となる各団体が毎年GCの遵守状況について自己説明を作成し公表することが義務づけられています。また、日本スポーツ協会(JSPO)、日本オリンピック委員会(JOC)、日本パラスポーツ協会(JPSA)の統括3団体はGCの適合状況について4年ごと適合性審査を実施し、その結果を公表することとなっています。

その適合性審査も、今年度(2023年度)ですべてのNFについて一巡することから、これまでのGCに関する取り組みの成果や課題、スポーツ審議会における検討などを踏まえ、昨年(2023年)9月に改定版が策定されました。改定版のポイントは主に3点あり、1つ目に、GCに基づいて組織改革に取り組んでいるNFの現状から、原則113の立て付けは維持することとなりました。2つ目に、理事などの人材確保の要件を満たすことが困難な小規模団体への配慮の仕方や、競技横断的な支援のあり方について、JSPOJOCJPSA、日本スポーツ振興センター(JSC)、そしてスポーツ庁の五者からなる「スポーツ政策の推進に関する円卓会議(円卓会議)」で検討することとなりました。3つ目に、より実効性を確保するため、前文に掲げるスポーツ界を取り巻く状況の変化NFの役割、GCの役割や自己説明のあり方、原則2の理事の選任に関する内容、補足説明などを中心に追加・修正が施されました。

資料1:見直しの概要(第36回スポーツ審議会配付資料)

  資料1:スポーツ団体ガバナンスコード<中央競技団体向け>の見直しの概要 (PDF:582KB) (第36回スポーツ審議会配付資料)

今回の改定版において、「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)」の考え方が明記されたことや(改定版P7)、理事を選任した際の具体的な観点について公表すること(改定版P22)、理事の多様性を確保するという点で事実上抜け道となっていた「当該団体の何らかの役職(例えば,各種委員会の委員等)に就いている有識者について,これらの専門的知見(例えば,法務,会計,ビジネス等)による貢献を期待して理事として任用している場合には,外部理事として整理することも考えられる。」「当該理事が競技実績や指導実績を有している者であっても,競技経験に基づく対象スポーツに関する知見ではなく,当該理事の有するその他の知見(法務,会計,ビジネス等)による貢献を期待して理事として任用している場合には,外部理事として整理することも考えられる。」という注記を削除したことは、かねてから指摘してきたことでもあり、実態を踏まえた重要な見直しが図られたものと受けとめています。

一方で、GCが策定されてから4年あまりの間にも、スポーツの価値やNFへの信頼を損ねるような不祥事案が続出しました。スポーツ界の自浄能力とガバナンスが厳しく問われている今日だからこそ、NFにおけるガバナンス確保に実効をもたらすGC改定版となるよう、もう一歩踏み込んだ内容とできたのではないかとも思われます。そこで、健全な組織運営や自浄作用の観点で重要と思われる、ガバナンスコードの遵守状況に関する情報等(自己説明)の開示状況(原則7)、中長期基本計画の策定状況(原則1)、コンプライアンス委員会の設置状況(原則4)、内部通報制度の実施状況(原則9)の4点について、自己説明の内容から全体の傾向を探ってみました。対象としたのは、特定非営利活動法人スポーツ芸術協会を除くJOC正加盟54団体です。

表1:自己説明の開示状況(自己説明より筆者作成)

過年度分も公開 当該年度のみ公開 未公開
23 31(3) 0 54

まず、自己説明の開示状況(原則7)についてまとめたものが表1です。事業計画・報告や財務状況と同様に、過年度分までNFウェブサイト上で公表していたのは23団体。対して、当該年度分のみ公表していたのは31団体と、全体の57%に上りました。

当該年度のみの公表にとどまっている団体のなかでも、ウェブサイトのインフォメーションページにリンクを張るだけで法人情報には載せていない団体(ローイング協会)や、トップページのバナー設置のみの団体(カヌー連盟)、WEBのテーブル機能により表示しているだけでPDFを提供していない団体(ソフトボール)などが見られました。加えて、公益法人でありながらウェブサイト上に事業・財務報告を掲載していない団体もあります。

かねてより指摘しているところですが、これでは「徹底した情報開示を通じて幅広い国民やステークホルダーに対する高いレベルの説明責任を果たす」という原則にかなわぬものと言わざるを得ません。ほぼ改定のない従前の原則のままで、この状況は果たして改善されるのでしょうか。

表2:中長期基本計画の策定状況(自己説明より筆者作成)

策定済み 策定予定
(目標時期あり)
策定予定
(目標時期なし)
未対応
41(3) 11 1 1

次に、中長期計画の策定状況(原則1)についてまとめたものが表2です。すでに策定済みとしているのが41団体と、全体の7割超を占めています。ただ、その内容を確認すると、中長期的なビジョンを掲げるのみで、GCの求める「組織運営に関する」中長期基本計画の体を為していないものが2団体ありました。また、1団体は内部的に定めたとしているだけで、WEBサイト上で対外的に公表されていませんでした。

中長期基本計画は策定予定として、目標時期も明らかにしているのは11団体ありました。時期を定めて計画的に運んでいると受けとめられる反面、目標時期を過ぎてもウェブサイト上で確認できないNF4団体(スキー、軟式野球、ソフトボール、バドミントン)あります。また、単年度の事業計画をもって基本計画として運用しているという1団体(ワールドスケート)については、理解が根本的に誤っており、未策定とみなしています。

形式的なチェックでもこのような状況で、GCで例示されている「課題解決のための戦略及び実行計画」や「計画・実施・検証・見直しのプロセス(PDCA サイクル)」を構成要素として明記している団体は、さらに少なくなります。

表3:コンプライアンス委員会の設置状況(自己説明より筆者作成)

対応済み 対応予定
(目標時期あり)
対応予定
(目標時期なし)
未対応
委員会設置 46(7) 7 1 0
有識者配置 50(5) 3 1 0

3点目のコンプライアンス委員会の設置状況(原則4)をまとめたものが表3です。「コンプライアンス」委員会という名称にこだわらず、例えば倫理委員会や総務委員会などの既設の委員会も含めて、コンプライアンスに関する機能を有している委員会を設置しているとする団体は46団体と、全体の8割以上となっています。また、目標時期を明らかにして設置予定としているのが7団体あるほか、委員会の構成員に弁護士等の有識者を配置しているとするのは9割以上であるなど、ほとんどの団体がコンプライアンスの実践を強く意識しているように見受けられます。

他方、既設の倫理委員会などが担っているとしつつも、その委員会の規程のなかにコンプライアンスや法令遵守といった文言は一切見られず、本当にコンプライアンス機能を担っているのか疑わしい団体が少なくとも6団体あります。また、委員会の開催回数が過去に年1回以下であった団体はさらに多数に上り、「一過性の取組ではなく、コンプライアンス委員会を定期的に開催し、コンプライアンス強化に係る方針や計画の策定及びその推進、実施状況の点検、リスクの把握等を組織的、継続的に実践し続けることが求められる」としたGCの趣旨を踏まえた設置となっているのか、甚だ疑わしい様子が垣間見えます。ましてや、有識者の配置について「善処したい」とするのみで、期限すら明らかに出来ない団体がいまだに存在するのは論外というものです。

スポーツ団体において度重なる不祥事の裏側には、安定的かつ信頼性の高い組織運営の基盤であり要でもあるコンプライアンス「ですら」、形式的に受け流すかのような対応にとどまっている実態があると思うのは、果たして筆者だけでしょうか。

表4:内部通報制度の実施状況(自己説明より筆者作成)

対応済み 対応予定
(目標時期あり)
対応予定
(目標時期なし)
未対応
通報窓口の設置 48(13) 6 0 0
運用体制 49(28) 5 0 0

4点目の内部通報制度の実施状況(原則9)は表4のとおりです。上記のコンプライアンス委員会と同様に、通報窓口を設置している団体は48団体、有識者を中心に運用体制の整備をしているのは49団体と、とても高い水準となっています。

ところが、その内実としては、必要な規程が整備されていなかったり、通報内容を暴力やハラスメント行為に限って組織運営に係る問題を対象外としていたり、担当弁護士が対応としながら事務所や氏名等が明記されていなかったり、単なる相談窓口にとどまっていたりするなど、通報窓口の設置としては不十分なものが少なくとも13団体ありました。

また、弁護士等の有識者を配置した委員会において対応するだけであったり、関連規程のなかに通報処理の手順や経路を明記していなかったり、通報窓口は外部に置きつつも通報処理は内部の既存組織のままであったりするなど、およそ「有識者を中心とした運用体制」とは言い難い不十分なものが半数以上の29団体確認されました。

なかには、多岐にわたる規程外の通報者の責務や違背要件を掲載して通報前に了承を求める一方で、通報者や情報の保護については規程へのリンクを載せるのみなど、通報してくるなと言わんばかりの団体(空手道)も見られます。こうした状況は、この3年間ほとんど変わっていません。

 

2024年度からは、この4年間の取り組みを踏まえつつ改定版GCに則って、新たな適合性審査や自己説明・公表の手続きや様式等が整えられ、オープンにされるものと思われます。4年に1度の適合性審査や、毎年の自己説明の作成・公表でも、必要十分を満たされなかった諸項目について、どのように対応と実践を促し、NFの主体性や実効性を高めていくのかがより重要となってきます。

今回の改定版GCでは、「求められる(規範としての重要性がより高く、基本的に全ての団体が取り組むことが必要である事項)」、「望まれる(『求められる』と記載されている事項よりも規範としての重要性は相対的に低いが、各団体の取組が期待される事項)」、「考えられる(考え方や取組の一事例を紹介している事項)」という要件・用語の定義がなされました。解釈の揺れや曖昧さをできるだけ取り除くため、こうした基礎となる細かな部分を明確にしたことは、大きな前進だと思います。ただ、原則に付記されている「求められる理由」や「補足説明」の各項目の書き分けは、残念ながらほとんどすべて旧版を踏襲しており、時代の進展や社会の変化への対応、将来への備えの面で懸念するところが残されています。

続けざまに追加の改定を行うことは非現実的である以上、適合性審査と自己説明の運用面でなお一層の機能強化を図ることが求められます。書面上の形式的な確認にとどまらない、NFの規模や運営実態に配慮しつつも個別事情に振り回されない審査及び公表、なかんずく時代や社会の要請に即したNFの実務運営やセルフチェックがなされるよう、統括3団体はもとより円卓会議のさらなる努力が必要不可欠です。

※本稿で用いた自己説明は、特に記述がない限り2022229日時点で最新のものを各NFウェブサイトからダウンロードし、内容を確認したものです。

熊谷 哲 論考

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。