熊谷 哲(SSFアドバイザリー・フェロー)
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
熊谷 哲(SSFアドバイザリー・フェロー)
多くの人が親しんだであろう学校・公営プール環境は、この20年ほどの間で大きく変わってきている。先日、スポーツ庁が公表した「令和3年度体育・スポーツ施設現況調査の中間報告(速報値)」によれば、全国の小・中学校に設置されているプール施設数は約22,036か所となった。25年前の1996年からは約6千か所の減、小中学校に設置されている割合も5ポイントの減となっている。さらに減少幅の大きいのが公共スポーツ施設に設置されているプール、いわゆる公営プールで、1996年から約4割減の3,914か所となっている(令和3年度の速報値が公表されていないため、平成30年度の調査結果)。
公立の学校施設は第2次ベビーブーム世代の増加に伴い、1970年代から80年代半ばにかけて多く建設された。公営プールもまた、60年代から全国的な整備が進み、バブル期に計画・建設された80年代半ばから90年代半ばにピークを迎えた。また、子どもの数は1982年から40年連続で減少し、市町村合併や地方の過疎化、学校統廃合なども進行した。
そうしたなか、自治体や学校の現場では、急務となっている老朽化対策も含めて、どのような課題に直面しているのか。また、運用面ではどのような工夫をしているのか。この間の動向を概観しつつ幾つかの事例を紹介し、今後の方向性にも触れてみたい。
図1:「体育・スポーツ施設現況調査」より筆者作成
図2:「体育・スポーツ施設現況調査」及び「社会教育調査」より筆者作成
※点線部は、社会教育調査を基に筆者が推計したもの
学校プールは、そもそもすべての小・中学校に設置されていたものではなく、およそ8割程度の設置率であった。それは、学校設置基準においてプールは必須施設とはされておらず、学習指導要領に定められている必修の「水遊び(小学1年〜4年)」及び「水泳(小学5年〜6年、中学1年〜2年)」について、「適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれらを取り扱わないことができるが、これらの心得については、必ず取り上げること」(小学校)、「水泳の指導については、適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれを扱わないことができるが、水泳の事故防止に関する心得については、必ず取り上げること。また、保健分野の応急手当との関連を図ること」(中学校)とされ、学校規模や周辺環境に応じた判断がなされてきたからである。2015年調査時点から学校プール施設数が下げ止まっているのも、元々プールのなかった小規模校の統廃合が進む一方で、統合校での整備が一定程度行われていることを示唆している。
一方で、建替や大規模改修の時期を迎え、プール設置ありきではなく多様な観点からの検討・評価が行われ、プール授業のあり方そのものから見直されているケースも少なくない。安全確保のために複数の教員配置を行わねばならない授業編成上の難しさ、指導や維持管理に対する教員の負担感、ほとんどが夏休みを除いた6月〜9月にしか授業が出来ない屋外プールの特性、それ故に猛暑や豪雨といった天候に左右される近年の状況、学校施設のなかでも一般・地域開放が進んでいない現状などが、主な課題として挙げられる。これらに、一昨年来の新型コロナウイルス対策が追い打ちをかけている。
そうした検討が自治体レベルで重ねられ、従来通り学校にプール設置を続ける以外の選択肢としては、現時点では概ね以下の4つに集約されている。
①学校プールの拠点化・共同利用
②公営プールの活用
③民間プールの活用
④水泳授業の一律廃止
①は、近隣数校で拠点校となる学校のプールを共同利用するもので、複数校のプール施設の整備・維持が不要となることから、大幅なコスト削減効果が見込まれる。また、維持管理についても拠点校に依存することのない体制が考慮されている。
他方、移動手段や介添の確保が新たに必要となる、拠点校が屋外プールの場合に天候によっては学校間の授業調整がより煩雑になるなど、教員の負担増を招いているケースも見受けられる。
②は、公営プールを近隣数校で共同利用するもので、これも複数校のプール施設の整備・維持が不要となることから、大幅なコスト削減効果が見込まれる。加えて、維持管理は通常通りの運営者が担うことから、この点での学校及び教員の負担は解消される。また、公営プールが屋内温水プールの場合には授業可能時期が拡大するほか、児童・生徒の身体に与える負荷も軽減される。
他方、自治体内の公営プールが限られる場合、すべての学校に展開するのは現実的ではない。また、「場所借り」のみで安全管理や指導は教員が担う場合、人的配置の困難さや教員負担の軽減効果は限定的である。
③は、民間プールを近隣数校で共同利用するもので、指導・安全管理及び維持管理は通常通りの運営者が担うことから、この点での学校及び教員の負担は大きく軽減されるとともに、インストラクターの専門的な指導も受けられる。また、ほとんどが屋内温水プールのため、授業可能時期が拡大するとともに児童・生徒の身体に与える負荷も軽減される。
他方、全国的に見て民間プールは公営プールの半数以下であるとともに、存在する場所にも偏りが見られるため、恩恵を享受できるのは一部の学校に限られる。また、利用する児童・生徒の人数や回数、委託費の設定によっては、施設減によるコスト削減効果が相殺される可能性もある。
上記の通り、①〜③にはメリット(効果)とデメリット(懸念)の双方があり、どれかに方針を一本化できるのは環境に恵まれた一部の自治体のみである。実際には、自治体の実情及び環境を踏まえながら①〜③及び1校1プールをミックスさせた取り組みが現実的であり、そうしている自治体が多い。
④は、先に挙げた学校設置基準及び学習指導要領の記載を踏まえ、水遊びや水泳の心得や事故防止等については教室での座学で学ぶこととし、実技授業については廃止するものである。この数年、自治体レベルで廃止を決定したところが散見される。
住民がスイミングを気軽に楽しむ場として普及するとともに、水泳競技者の練習拠点として競技力の向上に寄与してきた公営プールは、学校プール以上に淘汰の波にさらされてきた。
80年代半ば頃から急増した民間プールは、若年層の習い事、競技者の練習拠点、中高年齢層の健康増進というニーズを高めると同時に、公営プールの需要を奪っていった。また、バブル期のリゾート開発と軌を一にして90年代前半に急増したレジャープールは、バブル崩壊とともに供給過多に陥った。
加えて、公共施設の管理運営を民間法人に包括的に委任する「指定管理者制度」が2003年に導入されたこと、公共施設の長期的な保全や利活用などを計画的に進めるファシリティマネジメントの取り組みが2000年代半ば頃から本格化したことにより、利用実態の把握やコスト分析などを踏まえた管理運営の健全性が一層求められるようになった。こうした流れを振り返れば、新たな需要を掘り起こせず安定した利用者の確保も困難になり、老朽化が進むにつれて屋外プールの廃止が相次いだのも、無理からぬことと言えよう。
一方で、屋内プールについては、民間プールのない地域では貴重な拠点施設として、民間プールのある地域では競争力を保てている施設が生き残り、活用されているケースが見受けられる。屋外プールが半減するなか、屋内プールは96年調査以降ほぼ横ばい状態にあるというのも、その1つの証左であろう。また、公営プールを廃止することになっても、市民がスイミングやスポーツに親しむ環境が損なわれないような工夫がなされている自治体も少なくない。
それは、「学校プールを廃止して公営プールを新設」、「公営プールを廃止して民間プールの利用費を助成」、「公営プールを廃止して学校プールを一般開放」、「公営プールを廃止して民間スポーツ施設に転換」、「行政・民間協働事業として公営プールを建替」など、多岐にわたる。その一例として、公民連携の今日的な特徴を備えた、岡山県津山市、京都府福知山市の事例を紹介したい。
2019年当時、津山市には4つの公営プールがあった。その1つであるグラスハウスは、1998年に建築の特殊性とレジャープールの特異性を備えた施設として岡山県が整備し、その後2011年に行財政改革の一環で津山市に譲渡され、営業が継続されてきた。だが、建築面積5千平方メートル超という巨大な建物が総ガラス張りのドームで覆われているという特徴的な意匠故に、維持管理に大きな負担がかかっていた。当時の指定管理料は約1億1千万円、12万人以上の年間利用者があっても収支を均衡させるのは容易ではなかった。
結果として津山市は、経常的な管理運営費に加え老朽化による多額の改修費用が見込まれることから、継続運営は困難と判断し、指定管理期間が終了する2021年3月末をもって営業終了することとした。その上で、RO-PFI方式(民間事業者が施設を改修し、改修後に維持管理・運営等を行う方式)とコンセッション方式(施設の所有権を公共主体が有したまま、独占的な運営権を特定の民間事業者に設定する方式)を組み合わせた施設へと転換。市内のスポーツ事業者が10年間の運営権を付与されて施設を全面的に改修し、レジャープールが中心だった施設は、バスケットコート、ボルタリング、50mの直線トラック、人工芝エリア、ジムトレーニングエリアなど、様々なスポーツアクティビティや健康増進プログラムに対応した空間へと生まれ変わった。上限2億6500万円に設定された改修費用は、サービス購入料として事業期間の10年間の分割で市から事業者に支払われる。事業者からは年間380万円の運営権料(当初3年間は免除)が市に収められることとなっている。
プールとして使用されていた当時のグラスハウス(津山市提供)
大規模改修しオープン後のグラスハウス(津山市提供)
特筆すべきは、そのスピード感である。19年11月に住民協議会でのあり方検討を開始すると、協議会の意見を踏まえつつ翌20年2月には見直しの方向性を打ち出し、3月〜5月には民間事業者からの事業提案を受けるサウンディングを実施。民間事業者の新たな運営方策に手応えがあり、その後は事業スキームの構築と20年度末での事業終了に向けた調整に奔走。すると、閉館翌月には新たな運営事業者の募集を開始して7月に決定、5か月間で詳細協議(契約内容、改修内容、資金調達等)を終えて11月には施設改修及び維持管理の実施契約を締結、5か月で大規模改修を行い、今年5月にグラスハウス利活用事業「Globe Sports Dome」がオープンするに至ったのである。
津山市にはグラスハウスよりも古い公営プールが、あと3つ存在している。うち1つは施設の不具合から閉鎖中となっている。だが、市民のニーズと実利用とのマッチング、持続可能な施設活用と付加価値の創造を高いレベルでまとめてきた、速やかで柔軟な判断力と高い事業遂行能力をもってすれば、必ずや良い公営プールのあり方を導くことだろう。
福知山市の唯一の屋内温水プールであり、年間約9万人弱(2019年度実績)に利用されている福知山市温水プールは、1982年に建設されてから約40年が経過して施設の老朽化が著しく、漏水の発生やボイラー設備の不調が見られるなど、あり方の検討が急務となっていた。他方、市体育協会(現スポーツ協会)が指定管理者となっている施設運営の状況はと言うと、7レーンのうち5レーンを民間のスイミングスクールに通年貸与(有償)しているのに対し、主体的かつ継続的な自主事業はほとんど見られないことから、「事実上のまた貸し状態にあり適正性に欠ける」という指摘を受けていた。そのため、2018年度末に策定された福知山市スポーツ推進計画において、「民間とも連携したあり方の検討を進める」ものと位置付けられた。
その後、2020年度にはサウンディングを実施し、民間事業者による新温水プールの設置・運営の可能性について調査した上で、PFIではない行政・民間協働事業としての大まかな事業スキームを固めた。その内容は、
・市は、事業用地を無償貸付する。また、施設基準を設定する。
・事業者は、建設費及び運営・維持管理費用のすべてを負担し、納税の義務を負う(ただし、当初3年間の固定資産税は免除)。また、市民の健康増進と市のスポーツ振興に資する施設及び運営とし、市民サービスの低下を招かない範囲内で自由な事業活動が担保される。
・事業期間は20年間とし、事業者は事業終了後に土地を原状回復し、返還する。
・市民の利用料金については両者協議の上で決定し、場合によっては市が補填(単価契約)を行う。
・学校プール授業を可能な範囲で委託化し、当該学校のプールの廃止を進める。
というもので、民設民営のプール施設に土地を無償提供する代わりに行政目的を付加し「(新)市温水プール」の看板を与える、言わば「逆ネーミングライツ」のような性格を有したユニークなプール施設となっている。
図3:(新)市温水プールのパース図(福知山市提供)
これにより、市は新たに必要となる経費を想定しても、建設費が不要となることも含めて20年間で6億円以上の財政負担減が図れると見込んでいる。民間プール施設の収益性と市中心部でのニーズの高さが相まっての事業スキームだが、公有施設へのこだわりや「施設を整備するなら、あれもこれも」という欲を遠ざけることが出来たからこそとも言えよう。この(新)市温水プールがうまく運べば、広大な市域での次なる拠点形成が視野に入ってくるかもしれない。
公共施設の必要性が、意義ばかりではなく、利用状況や付加価値、受益と負担の関係に照らした経営の健全さや成果とともに評価されるようになり、プール施設も例外なく見直されてきた。それは、直接プールを使用する児童・生徒や住民はもとより、地域全体にとって望ましい結果だったと思われる。過剰な施設では、一時の満足を得られても長期的に維持することは困難で、中長期的な負担の増大が避けられず、かえって機会の喪失を招いてしまうからだ。屋外プールが淘汰され続けてきたこの20数年間は、そうした気づきを「自分ごと」に転化するために、必要な時間だったのかもしれない。
とは言え、淘汰が進むあまり、水に触れ、スイミングに親しむ環境が全く失われてしまう地域や学校が生じることは、決して望ましいことではない。水泳や水遊びに限った話ではないが、座学で理解した「つもり」になっても、現実はそう簡単に運ばない。水難事故の件数や被害者数は、この10数年横ばい状態にあり、幼少期からの実技習得の意義が失われているわけではないことも、政策担当者は留意すべきだろう。
一方で、「どうせプール整備をするならば」と言わんばかりに、大規模大会が開催可能な公認プール建設ありきの動きが未だに散見されるのも気がかりだ。住民の利用実態やニーズを踏まえずに、あるいは継続的な大会開催の見通しや競技力向上の具体的なプランもないままに、いたずらに規模を追うのは将来に禍根を残すだけでしかない。
他のスポーツ施設についても言えることではあるが、プールの整備には数十年先を見通しながら、住民の健康増進やスポーツ振興にどのような価値をもたらすのか、具体的な検討が図られなくてはならない。さらに今日的には、学校プールと公営プールを一体的に捉えながら、児童・生徒の教育機会を損ねないように留意し、学校施設の活用ないしは学校施設の外部化を図りつつ、持続可能性を担保することなどを同時に成立させる必要がある。それは、誰のための、何のための施設なのかを見極め、地域の実情を踏まえながら、あらゆる手段を個別に検討し尽くすことでしか達成し得ないだろう。それぞれの地域で真摯な検討が重ねられ、計画的かつ実効的なプール整備が進んでいくことを、役割を終えたプール施設は願わくは新たな地域スポーツの拠点として再生されることを、心から期待したい。