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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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2024年度行政事業レビューにみるスポーツ施策の現状

〜EBPMに基づく事業設計・運営はいまだ道半ば〜

上席特別研究員 熊谷哲

スポーツ庁の2024年度行政事業の取り組みとして、2023(令和5)年度に実施した事業のレビューシートが公表されている。例年通り、すべての事業について所管部局が自己点検を行い、その一部について公開で点検を行う公開プロセス及び外部有識者による点検が行われた後、文部科学省の行政事業レビュー推進チームによるサマーレビューが実施され、2025年度予算概算要求の提出後に各点検結果を反映させたものである。また、2024年度からは「見える化サイト」が構築され、運⽤が始まっている。これまでは紙資料を前提としたPDFによる情報公開であったものが、このサイトではソートや検索、集計・分析など、各種のツールが盛り込まれ、見える化のみならず「活用できる」構造となった。

さて、最終公表されたレビューシートは、これまた例年通り、①2023(令和5)年度の事業に係るもの、②2024(令和6)年度から開始された事業に係るもの、③2025(令和7)年度予算概算要求において新規に要求する事業に係るもの、の3つに大別される。

ここでは、第3期スポーツ基本計画の達成状況やEBPMの実践状況を概観するため、2023(令和5)年度の事業実績及び事業構造について詳しく見てみたい。 2023(令和5)年度のスポーツ庁実施事業は、計47事業のレビューシートが公表されている。この47事業から、新型コロナウイルス感染症に係る特別対策や、独立行政法人の運営費関連などを除いた計39事業について、行政事業レビュー推進チームによる点検結果を評価区分ごとに集計した結果は、以下のとおりである。

●廃止:0

(「事業目的に重大な問題がある」「地方自治体や民間等に委ねるべき」「効果が見込めない事業内容や実施方法となっている」などの状況にあり、事業の存続自体に問題があると考えられるもの)

●事業全体の抜本的な改善:3件(全体の7.7%

(事業の存続自体を問題とするまでには至らないが、事業全体として「事業内容が事業目的の達成手段として有効でない」「資金が効率的に使われていない」「効果が薄い」など、十分に効果的・効率的な事業となっておらず、事業内容を大幅かつ抜本的に見直すべきと考えられるもの)

●事業内容の一部改善:27件(69.2%

(より効果的・効率的な事業とするため、事業の中の一部のメニューの改廃、事業実施方法や執行方法等の改善により事業内容の一部を見直すべきと考えられるもの)

●終了予定:2件(5.1%

(令和4年度終了事業や令和5年度終了予定事業など、令和5年度のレビューを実施する前に令和6年度予算概算要求を行わないことが決まっていた事業であって、点検の結果として、予定通りに終了すべきと判断したもの)

●現状通り:7件(17.9%

(特段見直す点が認められないもの)

昨年度(すなわち2022年度実施事業)のレビューと比較すると、『廃止』は引き続き0件であるものの、『抜本的な改善』が0件から3件に増加(0%→7.7%)、『⼀部改善』は33件から27件に減少(86.8%→69.2%)、『終了予定』が0件から2件となり(0%→5.1%)、『現状どおり』は5件から7件(13.2%→17.9%)となった(2022年度の分析対象事業数は38件)。全体として顕著な変化が見られるとは⾔い切れないものの、スポーツ庁の事業のほとんどは継続事業であるなか、必ずしも大幅な⾒直しが図られたわけではないタイミングで『抜本的な改善』が3件となったことは注視すべきである。

行政事業レビュー推進チームの所見には、「事業所管部局による点検・改善」や「外部有識者の所見」を踏まえて、事業執行において見直すべき点や概算要求へ反映すべき内容などがコメントとして付されている。そのコメントの内容により、見直しの方向性を分類した結果は以下のとおりである。

  • 低調な執行率や多額の繰越などから、執行状況の改善を指摘されている事業が7件(17.9%、前年度9件:23.7%
  • 一者応札などの状況から、契約の競争性・公平性・透明性の確保を指摘されている事業が2件(5.1%、前年度10件:26.3%)
  • 事業目的や目標の達成につながるのか不明であることなどから、事業目的の明確化を指摘されている事業が2件(5.1%、前年度6件:13.2%
  • 定量的な指標が設定されていない、アウトカムが複数段階設定されていない、あるいはより適切な指標・水準の必要性などから、成果指標の設定・目標の見直しを指摘されている事業が16件(41.0%、前年度17件:44.7%
  • 目標達成手段としての効果や課題検証の必要性などから、事業の課題・効果・内容の検証を指摘されている事業が8件(20.5%、前年度6件:15.8%

評価コメントの分類による集計では、見直し指摘を受けたのべ事業数は、前年の48件から35件へと大きく減少している。なかでも、『契約の競争性・公平性・透明性の確保』を指摘されている事業数は1/5に、『事業目的の明確化』を指摘されている事業数は1/3になっており、事業運営の面で大幅に改善が図られたことがうかがえる。

一方で、『成果指標の設定・目標の見直し』を指摘されている事業数は微減にとどまっており、前年度が3割強の増加となっていたことを踏まえると、依然としてロジックモデルの組み立てや指標の設定など、事業設計そのものに問題本来はアウトプットがあることがうかがえる結果となっている。また、『執行状況の改善』を指摘されている事業は減少しているとはいえ、そのほとんどは前年度も同様の指摘を受けている。新型コロナウイルス感染症の影響が引き続きあったかもしれないが、2020年度〜22年度までとは比較にならないレベルであり、事業の実施手法自体に現実との乖離があるのではないかと思われる。

筆者はかねてより、上記のような行政事業レビュー推進チームの所見及びコメントに加えて、レビューシートで確認される本質的・構造的な問題として、

1)事業の位置づけの誤り
2)アウトプットとアウトカムに同じ指標を挙げているもの
3)本来はアウトプットなのにアウトカムに設定しているもの
4)本来はアウトカムなのにアウトプットに設定しているもの
5)アウトプットと短期アウトカムが直接結びついていないもの
6)前年の指摘を受け改善した様子が見られないもの
6点を指摘してきた。

今年度のレビューの結果を見ると、これに該当するものとして指摘したものの多くで改善が図られた、あるいは改善しようとした事業がいくつか見受けられる。

例えば、『1)事業の位置づけの誤り』として挙げた「スポーツ産業の成長促進事業」は、施策11-4に位置づけが正されている。また、『3)本来はアウトプットなのにアウトカムに設定しているもの』の例として挙げた「スポーツ産業の成長促進事業」や「スポーツキャリアサポート支援事業」もまた、ロジックモデルとともに指標・目標が改められている。『5)アウトプットと短期アウトカムが直接結びついていないもの』として挙げた「Sport in Life推進プロジェクト」は、ロジックモデルとともに指標・目標が改められた。これらのように、行政事業レビューの結果等も踏まえて、必要な見直しが行われていることは、本来あるべき行政の姿を体現していると言えよう。

一方で、『2)アウトプットとアウトカムに同じ指標を挙げているもの』として挙げた「世界ドーピング防止機構等関係経費」や、『3)本来はアウトプットなのにアウトカムに設定しているもの』として挙げた「日本武道館補助」や「令和の日本型学校体育構築支援事業」、「スポーツ・インテグリティ推進事業」、「世界ドーピング防止機構拠出金」、あるいは『5)アウトプットと短期アウトカムが直接結びついていないもの』として挙げた「感動する大学スポーツ総合支援事業」などは、行政事業レビュー推進チームからの指摘も受けていながら、そのロジックや指標には改善がなかなか見られない。

さらに言えば、第3期スポーツ基本計画(20222026年度)の折り返しに当たる2024年度の行政事業レビューにおいても、事業の数値目標や実績値が空欄であったり、目標に対して実績が乖離していたりする事業が数多く見られる。また、そうした事業に限って、事業所管部局による点検・改善の「改善の方向性」欄に、まるでコピーアンドペーストしたかのような決まり文句が並んでいる。EBPMの大原則である「エビデンス」について、どのように理解し、事業の現場でどのように工夫し努力したのか、これではその姿勢が疑わしく思えて来てしまう。

そう遠くない時期に、次期スポーツ基本計画の策定プロセスが始まるだろう。エビデンスやデータ・ファクトに基づく合理的なアジェンダ設定、目的達成に至る仮説的推論によるロジックモデルの設計、ロジックを有効たらしめる実施方法・主体の選択は、既存事業の徹底的な検証の上にこそ成り立つ。べき論で風呂敷を広げて手に負えなくなることのないよう、スポーツ庁は足元をしっかり見つめ、自らの事業を的確かつ精到に精査するところから始めて欲しい。


熊谷 哲 論考

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。