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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

プール授業の地域最適解を見出す努力を

〜自前主義に拘泥していてはプール授業そのものが損なわれる〜

現在、学校プールとプール授業のあり方について、各所でさまざまな議論や検討がおこなわれています。学校プールとプール授業がおかれた現状と課題の整理、今後の議論・検討に向けて考慮すべきポイントなどをQ&A形式でまとめました。

(なお、本稿は『体育科教育』20247月号に『学校プール見直しの必然と今後の行方』として掲載された記事をもとに再構成したものです)

上席特別研究員 熊谷哲

プール授業の地域最適解を見出す努力を
Q.学校からプールがなくなっていることをどのように考えていますか
A. 「学校プールがなくなっている」というよりも、学校の屋外プールを使用せずに校外の施設で実施したり、民間のインストラクターに委ねたりするプール授業が加速度的に増えている、というのが正しい見立てでしょう。体育・スポーツ施設現況調査の結果などからは、児童数の減少により統廃合の進んでいる現状を鑑みれば有意に減少していると読み取ることはできません。学校プールの廃止とプール授業の外部化、プール授業そのものの廃止などは、厳密に区別する必要があるでしょう。
一方で、自治体は公共施設マネジメントの推進が求められ、すべての公共施設について中長期的な整備のあり方や費用などを明らかにする必要があります。学校も例外ではなく、現況を客観的に評価し、長期見通しを詳らかにしなくてはなりません。
Q.公共施設マネジメントと学校プールの関わりとは、具体的にはどのようなものでしょうか
A. 公共施設マネジメントが求められる背景には、公共施設の老朽化や人口減少等による利用需要の変化、厳しい財政状況などがあります。その現実を踏まえて、自治体における公共施設の現状をつぶさに把握し、地域の実情に合ったまちづくりが進められるように長期的な視点で更新・統廃合・長寿命化などを計画的に行い、地域における最適な配置・運営を実現していくことが望まれます。
自治体はまた、それぞれの施設の必要な機能を維持するための「個別施設計画」の策定を、2020年度までのできるだけ早い時期に図ることを国から求められていました。学校もすべからく公共施設であり、学校プールは校舎や体育館等と並ぶ学校の主要施設に位置づけられていることから、現況評価や長期見通しが明らかにされなくてはなりません。
Q.学校プールが、公共施設の面積削減や財政負担軽減の犠牲になっているという見方もあるようですが
A. それは、とても一面的なうがった見方でしょう。学校施設を今日的な観点で再評価した結果、学校プールのあり方について見直しが進んでいるという現実を正面から受けとめなくてはなりません。
ただ、言わずもがなではありますが、学校設置基準においてプールは必須施設とはされておらず、学習指導要領に定められている必修の水遊び(小学1年?4年)及び水泳(小学5年?6年、中学1年?2年)についても、「適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれらを取り扱わないことができる」とされていることに留意する必要があります。「プールの設置・管理は本来、自治体の義務」という声もあるようですが、設置はおよそ義務ではありませんし、日常的な管理責任は学校にあることは疑いありません。
Q.学校プールに特徴的な再評価の観点などもあるのでしょうか
A. 大きく3点が挙げられます。
第一に、従来の学校保健法が学校保健安全法に改称・施行されたことに伴い(2009年)、学校安全に関する責務が厳格化されたことです。学校プールについても、安全教育のみならず、安全点検及び整備の徹底が従来以上に図られることとなりました。
第二に、学校プール運営の持続可能性です。施設の建設及び維持管理、事業等にかかるコストに加えて、教職員に依存している管理や授業についても費用化してコスト分析することが不可欠です。その上、教員の働き方改革や、ほとんどが屋外であることによる授業時期の制約、昨今の猛暑や豪雨の影響などを考慮する必要があります。
第三に、何より重要なのが教育効果です。学校プールによる授業の教育効果については必ずしも判然とはしていません。他方、プール授業を外部化した自治体においては、児童や教員へのアンケートなどにより外部化前後の変化が把握されています。
これらの観点により、学校プールそのものはもちろんのこと、代替手段の導入可能性やメリット・デメリットを総合的に比較考慮した上で、多くの自治体でプール授業のあり方が検討されています。
Q.学校プールならではの難しさもあると思うのですが
A. 屋外プールは一年を通して使える時期がとても短く、安全面でのリスクがあり、維持管理の労務負担も少なくなく、それに猛暑が輪をかけています。おまけに長期的にコストがかかります。客観的には、頭痛の種のような施設です。でも、私たちが最も気にかけるべきところは、施設ではなく「授業のあり方」です。
児童のやる気や楽しさを引き出し、かつ保護者の期待に応えるために、学校プールという固定観念に囚われることなく、限られた時数、限られた予算、限られた人的資源の中で、地域の実情を踏まえながら教育効果を最大化させるプール授業のあり方を追求することは、至極当然のことでしょう。
Q.プール授業の民間委託のメリットはどのようなものでしょうか
A. 民間委託される場合、ほとんどが屋内の、かつ温水プールで、しかも専門のインストラクターがいるというのが利点であり、それらを最大限に活用できるのがメリットと言えるでしょう。すなわち、季節や天候に左右されないためカリキュラム編成の自由度が増すとともに確実に授業を実施できる、インストラクターの専門的かつ水準の高い指導を受けられる、更衣室や採暖室などの充実した快適な施設環境で満足度が高いことなどが挙げられます。
結果として、児童・生徒にとってプール授業が楽しく、教員の負担軽減や指導力の向上につながり、児童の泳力向上や運動量増加が図られ、なかには欠席者の減少が見られるなど、プール授業の効果やイメージ好転につながっているところが数多く見られます。
Q.民間委託を進めると、地域の格差が出てくるのではないでしょうか
A. 民間委託には当然ながら、メリットばかりではありません。外部のプールを活用することになれば、学校からの移動も伴うことになりますし、外部プール自体にも地域的な偏在があります。そうした制約条件を踏まえて、導入の可否を判断するとともに制度設計を進める必要があります。
他方で、民間委託ばかりがプール授業の将来像というわけではありません。格差の生じることなくすべての児童・生徒の機会が担保されるように、地域の実情を踏まえてあらゆる角度から検討し、解決策を見出すのが行政の腕の見せどころでしょう。打てる手は必ずあります。
Q.民間委託以外に、例えばどのような選択肢があるのでしょうか
A. ひとつに、地域の社会体育施設などとの複合化を図るものです。コスト削減や維持管理の負担軽減が図られるなどの利点があり、過疎化が進む地域では有力な選択肢になり得る一方で、専門的指導や人的配置の面で留意する必要があります。
ふたつに、近隣数校で拠点校のプールを共同利用するものです。複数校のプールが不要となることから総合的なコスト削減や維持管理の負担軽減が見込まれます。一方で、拠点校側の教職員の負担は減らず、屋外の場合は引き続き気象リスクを考慮する必要があります。
みっつに、自治体の公共プールを活用するもので、民間の指定管理となっている場合は、民間委託に準じたメリットを享受できることとなります。一方で、やはり移動手段の確保が課題となり、専門指導員の有無によっては教育効果の向上や教員負担の軽減などの効果は限定的となることに留意しなければなりません。
その他、地理的な条件次第では、近隣市町村同士で連携・協力し、上記の手法の応用により共同化するなどの可能性もあるでしょう。
Q.今後、どのような議論が必要でしょうか
A. まずもって重要なのは、行政や学校にありがちな自前主義から脱却することです。ともすれば、あれもこれも「必要です」「大事です」といって学校単位、あるいは自治体単位で一通りそろえることに注力しがちですが、もはやそれを賄いきれる時代ではありません。
何よりも大切なのは子どもたちが楽しく取り組めるプール授業であることです。それを大前提としながら、児童・生徒や住民に対しどのような価値創造を図るのかを明確にし、地域特性に応じた持続可能なしくみを設計することが必要不可欠です。その意味では、学校プールありきに替わって「民間委託ありき」では全くダメで、あらゆる角度から検討し、地域最適解を見出すことが強く求められます。

熊谷 哲 論考

  • 熊谷 哲 熊谷 哲 上席特別研究員
    1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
    1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。
    2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
    内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
    著書に、「よい議員、悪い議員の見分け方」(共著、2015)。