佐野 慎輔(尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
佐野 慎輔(尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)
毎年恒例、その年の世相を表す漢字一文字に2024年は「金」が選ばれた。いうまでもなく今夏、パリ2024オリンピック・パラリンピック大会で金メダルラッシュにわいた日本選手の好成績、そしてMLBのロサンゼルス・ドジャース移籍1年目に54本塁打、59盗塁と長いMLB史上初めて「50-50」の偉業を成し遂げ、ワールドシリーズ制覇という子どものころからの夢を叶えた大谷翔平選手を象徴している。さらに挙げれば、佐渡金山のユネスコ世界文化遺産登録、20年ぶりの新紙幣発行に加え、政界を揺るがし、総選挙の結果にもつながった“裏金問題”という負の要因も含めて、「金」で現わされる年であった。
個人的な思いを許していただければ、日本のスポーツ界あるいはスポーツ政策の現在地を考えたとき、「変」という漢字が思い浮かぶ。何が変わったか、と言われると、返事に窮する。大きく何かが変わったとは言えず、目に見える変化もない。それでも「変」にこだわりたいのは「物事の変わり目」「移行期」に思いが至るからである。
スポーツ庁発足行事・スポーツ庁看板除幕式(写真:小川和行/フォート・キシモト ※2015年10月1日撮影)
「失われた10年」と称された1990年代、日本のスポーツは企業の経済悪化に伴う支援の減少とともに国際競争力を失い、低迷期にあった。状況打開へ、政治の力を借りて中長期的な取り組みが始まったのが2000年以降。2000年・国立スポーツ科学センター(JISS)設置に続く2008年・ナショナルトレーニングセンター(NTC)の設置は、2000年から実施された「スポーツ振興くじ」が財源として安定した証である。
そして2011年、1961年制定のスポーツ振興法を改訂するかたちでスポーツ基本法を制定、初めてスポーツ政策に関わる大綱を定めた。この基本法をもとに翌2012年、5カ年ごとに改訂される第1期スポーツ基本計画(2017年~第2期、2022年~第3期)を策定、堰を切ったかのようにスポーツ振興を目的とする政策が打ち出された。
主なものを挙げると、2015年スポーツ庁設置、2016年スタジアム・アリーナ改革支援、2019年大学スポーツ協会(UNIVAS)創設とスポーツ団体ガバナンスコードの策定、2022年運動部活動の地域連携・地域移行への模索、2024年国民体育大会の国民スポーツ大会への名称変更と改革案検討などと続く。この間、2019年ラグビーワールドカップ、2021年東京2020オリンピック・パラリンピック大会を開催。東京2020が1964年以来となる夏季大会の国内開催であることから、アスリートの競技環境整備と競技力向上施策が数多く実施された。東京2020とパリ2024の好成績はアスリート個々の努力によるところが大きいが、組織的な支援体制が整備された成果でもあると指摘したい。
そうした好循環はしかし、現状を追認するばかりでは中長期的に維持していくことは難しい。社会の変化に対応し、時代を先取りする政策を講じていかなければ次の好循環を生みだすことはできない。2024年はまた、ひとつの好循環がその役割を果たし終え、新たな好循環を模索していく転機、分水嶺にほかならなかった。
※写真はイメージです。
理念法としてのスポーツ基本法は制定以来、10年を超える年月が経った。「スポーツは、世界共通の文化である」と書き出された前文は、スポーツを「する」「みる」「ささえる」権利、いわゆるスポーツ権に言及するとともに、実現に向けて、条文では国や自治体の責務が初めて法律として明記された。
一方、この10年を超える年月は私たちをめぐる社会環境を大きく変えた。長期低落傾向がより顕著となった人口減少、高齢化社会到来に伴う健康問題の顕在化は社会課題となった。ICT(情報通信技術)の目覚ましい発展は生活を便利にしたものの、情報格差は不平等を生み、SNSのフェイクニュースの多発と個人に対する誹謗中傷は社会不安をもたらした。都市部と比べ人口流出が著しい地方の活性化は急務であり、日本が世界でも遅れていると指摘されるジェンダーバランスへの対策も急がねばならない。また地球温暖化による環境の変化は衣食住など日常を直撃、給与水準の低迷は生活から潤いを失わせた。
今こそスポーツの役割が試される。地方創生・地域活性化への期待感、健康志向とウェルビーイングへの貢献、ジェンダー平等実践の場としての存在感など社会の潤滑油としての役割である。しかし、遺伝子操作が主流になるドーピング対策が求められ、アスリートや審判員へのいわれのない誹謗中傷を防ぐ方策とともに、組織のガバナンスを含めたインテグリティの浸透は重要な課題である。何より、新たな施策に向けた財源をどう確保していくのか。不備に備えなければならない。
社会の変化に対応できるスポーツ基本法の改正が必要な理由である。国会議員でつくるスポーツ議員連盟はプロジェクトチームを編成し、2025年の議案提出にむけて改正案作成作業に着手した。日本スポーツ政策推進機構(NSPC)ではスポーツ基本法改正検討委員会を設置、競技団体関係者や研究者など有識者を対象にしたアンケートを集約し提言をまとめている。来年の通常国会で改正案の上程を目指しており、高邁な理想を保持しつつ社会情勢の変化に対応する基本法の改定は、分水嶺にあるスポーツ界にとって近未来の指針を示すことになる。
第1回国民体育大会(国体)秋季国体・開会式 西ノ宮球場(写真:フォート・キシモト)
「国民の健康増進、体力向上」「地方のスポーツ振興と文化発展への寄与」を掲げて1946年から全国の47都道府県を巡って開催されている国民体育大会は2024年、大きな転機を迎えた。国のスポーツ政策の変化により、体育からスポーツへ、スポーツの日に続いて国民スポーツ大会に改称され、佐賀で“初の国スポ”大会が開かれた。
すでに各都道府県持ち回り開催も2巡目の4分の3を終え、2035年から3巡目にはいる。戦後の荒廃から全国的なスポーツ施設整備に貢献し、すそ野の拡大と競技レベルの向上に寄与してきたことは関わってきた組織、人々の功績である。一方で1980年代からあり方の改革は常に議論をよんできた。日本スポーツ協会(JSPO)では以前より見直しを進めているが、2024年は事態が動いた。発端は全国知事会会長を務める村井喜浩宮城県知事が4月、「個人的な見解」と前置きした「廃止」をも意識した発言である。背景には自治体の施設建設、改修を伴う負担増などがあげられる。全国知事会での検討をまとめた「考え方」も踏まえ、有識者による議論が進められた。11月の有識者会議では期間・時期、負担軽減など10項目にわたる論点整理が行われ、「都道府県対抗形式の維持」「毎年開催」「トップ選手の参加促進」に加え、競技施設の弾力的な整備・運用や入場料徴収や企業協賛、スポーツフェスティバルの要素もいれていく案などが検討された。有識者会議では競技団体の意見もいれて年度内で結論を取りまとめるという。
できればこうした議論は有識者といわれる人たちの意見だけではなく、広くパブリックコメントを求め、権利者たる国民の意見を反映するものであってほしい。加速度がついた少子高齢化、人口減少や多発する自然災害などの影響もあり、想像以上に地方は疲弊している。総選挙を機に話題を集めた「103万円の壁」撤廃に伴う一般地方財源の減収が、どのようなかたちで地方自治体にのしかかるのか。増加する在留外国人のスポーツ参加をどうするのか。いま少し突っ込んだ改革が必要ではないか。現況に拘泥し玉虫色の改革案でまとまれば、近い将来さらに問題が噴出しかねないことを危惧する。
※写真はイメージです。
学校部活動の地域連携・地域クラブへの移行に関する改革では2023年度から2025年度までを「改革推進期間」に設定し、運営のあり方などを検討している。一部地域では新たな試みが始まっているものの、いまだ議論が進んでいない自治体も少なくないと聞く。
スポーツ庁は10月、「地域スポーツ・文化芸術創造と部活動開花悪に関する実行会議」中間取りまとめ骨子案を示した。12月の実行会議で中間まとめを策定。関係団体へのヒアリングを経て、2025年春には最終とりまとめ案が発表される手はずだが、この骨子案自体が自治体による温度差を反映したものであった。
骨子案によると、改革期間を「令和8(2026)年~10(2028)年」を前期、「11(2029)年~13(2031)年」を後期とする6年間で進め、改革への取り組みは地域の実情にあったあり方を模索するという。つまり当初予定の延長であり、温度差への対処といっていい。
できる地域から着手していく方式は決して悪い事ではないと考える。ただ、全国一律を旨としてきた教育問題にあって、こうした配慮が今後、自治体格差という影をうまないか。自治体支援の方向性を含め、国がどのように関わっていくのか。部活動改革を推進する専門部局の設置、総括コーディネーターの配置など体制整備に加え、地域クラブの認定、公認指導者養成などにも一定の役割を担うのか。持続可能な改革とするためには受益者負担と公的支援(公的負担)との兼ね合いもあり、財源を含めて、国の関与が気になるところだ。
骨子案ではまた、地域全体で支えていくことを強調する意味なのだろう、地域移行という名称を「地域展開」に変更するよう提案するという。もとより学校が地域の中に存在していることから地域移行とは誤った解釈ではないかと考えてきたが、ここにきて言葉の定義を明確にしたことを評価したい。ただ、言葉だけではなく、あるべき姿での地域展開がなされなければ日本のスポーツ・文化の根幹を支えてきた部活動がさらに疲弊しかねない。
暮も押し迫った12月23日付朝刊に、国スポと全国高校総合体育大会(インターハイ)、全国中学校体育大会(全中)の冬季スケート競技を合同開催する計画が浮上しているとの記事が載った。インターハイは1963年、全中は1979年に始まり、それぞれ高校生、中学生選手の競技力向上に大きな貢献をしてきた。しかし近年は都道府県持ち回りの開催地選定に苦慮することもあり、運営の人的負担、財政負担の増加が開催自治体を悩ませている。国スポとの共同開催、あるいは吸収開催はそうした課題に一定の答えを出すことが期待できる。一方で国スポのやみくもな肥大化は避けなければならない。どのような結論になるにせよ、人口動態、地方の疲弊を考慮したうえでの議論、改革、変化を望みたい。