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いつまでも「都道府県対抗」でよいのか ~国スポ改革は人口動態を根底にすべし

SPORT POLICY INCUBATOR(45)

2024年10月9日
佐野 慎輔 (尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)

 今年から「国民体育大会(国体)」の名称を変更した「国民スポーツ大会(国スポ)」のありようが問われている。9月、日本スポーツ協会(JSPO)による国スポ改革に向けた有識者会議が始動、年度内に改革案をまとめるという。

第77回国民体育大会 いちご一会とちぎ国体2022 陸上競技 成年少年男女混合4×400mリレー 決勝

第77回国民体育大会 いちご一会とちぎ国体2022 陸上競技 成年少年男女混合4×400mリレー 決勝

 戦後すぐの1946年、疲弊した「国民の健康増進、体力向上」「地方のスポーツ振興と文化発展への寄与」を掲げて第1回大会を京都で開催した国体は、国スポとして2034年沖縄開催で2巡目を終え、2035年から3巡目にはいる。JSPOでは4年前からあり方の見直しを模索、ワーキンググループ(WG)による議論を深めてきた。今後は有識者会議がブラッシュアップするかたちとなるが、開催主体となる47都道府県の知事からは「廃止も含めた見直し」を求める声もあがる。

 そも、国体改革話は1980年代から俎上(そじょう)にあがっていた。戦後の荒廃から47都道府県をめぐることによって全国的にスポーツ施設が整備され、地方の体育・スポーツ組織は体裁を整えた。全国にスポーツのすそ野が広がり、競技レベル向上に寄与したことは国体の功績である。一方で都道府県の対抗意識による大会の肥大化、天皇杯・皇后杯獲得合戦に伴う負担の増大が顕著となり、2巡目を迎えた1988年以降は「もう役割は終えた」と指摘される。批判に合わせ部分的な修正はなされてきたものの、開催自治体の負担とりわけ膨大な財政負担という大命題は解消されていない。

 今回、改革が注目される背景には全国の知事の存在がある。発端は4月、全国知事会会長を務める村井嘉浩宮城県知事が増加する自治体の負担を念頭に個人的な見解と前置きして「廃止もひとつの考え」と発言。2030年開催を待つ島根県の丸山達也知事が開催意義を尊重しつつ「問題を改善しないままの開催は容認しがたい」と続いた。今年初の国スポを開催する佐賀県の山口祥義知事や神奈川県の黒岩祐治知事らが「持続可能な形での継続」を求めるなか、8月の全国知事会で石川県の馳浩知事が「小手先の改善をしても根本的な問題は解決されない」として「廃止を含めた見直し」に言及した。馳知事は元旦に発生した能登地震からの復旧を第一とする立場にあるが、元レスリングのオリンピック代表で衆議院議員時代は文部科学大臣を務めるなど長くスポーツ行政の先頭にたってきた。その人までが「廃止」を口にしたことを重く受け止めたい。

 国スポはほんとうに地方創生にかなっているのか、馳発言はそう問いかける。少子高齢化による人口減と東京一極集中が進む現状で地方は疲弊しきっている。自治体は緊縮財政を余儀なくされ、地震や台風、大雨による災害対策に苦慮する一方、住民福祉や少子化、高齢者対策を急ぐ。今年4月、民間グループ「人口戦略会議」が2050年までの「若い女性」の減少率をもとに政令都市、特別区を含む全国1741市町村(地方公共団体情報システム機構調べの約4割にあたる744自治体が人口急減、消滅の可能性があるとした分析結果を公表した。基礎自治体の減少は更なる地方経済の停滞をうみ、行政サービス低下による地域コミュニティの崩壊は広域自治体としての都道府県の基盤を危うくする。大都市圏と地方との格差は一層拡大、広域自治体どうしの合併も招きかねない。都道府県対抗によってたつ国スポへの影響は避けられない。

 国スポ改革では、人口動態を念頭におくことは不可避である。近未来、人口減少による深刻な自治体格差が予測される状況下、都道府県対抗による全国大運動会にどれほどの意義があるというのか。

 検討WGの検討内容報告を読む限り、JSPOは「毎年開催」「都道府県対抗」「開催地のフルエントリー」という現状維持の姿勢を崩していない。報道によれば、有識者会議には「複数の都道府県での分散開催」「冬季競技など一部競技会場の固定化」の是非や「施設基準の緩和と既存施設の活用」「開会式等セレモニーの簡素化」に「選手数、競技数の見直し」「トップ選手の参加促進」などを問うという。それが持続可能な国スポを希求する抜本的な改革足り得るのか。

 名称は変わろうとも国スポの本義は「スポーツの普及」と「国民の健康増進」にある。スポーツは元より勝ち負けを競い、「より速く」「より高く」「より強く」を希求するものだが、他方スポーツすることは楽しく、健康を増進させる。個でも楽しいスポーツは「ともに」すればより楽しい。それが「ウェルビーイング(Well-being)」であり、国スポのよって立つところだと考える。

 若い層からマスターズ世代まで、障害のある人も一緒に集い、スポーツを楽しむ場を創出したい。陸上、水泳といった伝統的な競技からスケートボードやBMXのようなアーバンスポーツ、さらには綱引きやドッジボール、ゆるスポーツまで、開催地域の思いに合わせたスポーツを実施、祝祭の場を創ろう。

 開催地は都道府県の枠をとりはらう。歴史や文化、交通等のつながりから、例えば島根県の松江市と鳥取県の米子市、境港市などで形成する中海文化圏のような地域で開催するのはどうか。福島県の浜通りと仲通り、会津はそれぞれ茨城県や栃木県、あるいは新潟県の地域と交流が深い。全国にはそうした都道府県境を超えて結びつく地域は少なくない。開催地域は1カ所に限らず、日程を合わせて全国複数地域で同時開催する。開会式は地域色を押しだし、役員だけが入場行進して喜ぶセレモニーなどはいらない。

 都道府県による得点争いは必要ない。それでも競いたければ、同規模の自治体どうしが参加率で対抗する、かつて笹川スポーツ財団が実施主体となって運営された「チャレンジデー」のような形式はどうか。天皇杯、皇后杯は開催会場を巡回して展示、親しく観客にみてもらえればよいではないか。

 10年ほど前、全国47都道府県をいくつかの「道」「州」というブロックに再編成し高い行政権を与える「道州制」論議が盛り上がった。東京一極集中の要因とされる中央集権から地方分権にシフト、地方創生のねらいが込められた。議論は沸騰したものの、国との役割分担、行政サービスの渋滞予測などの指摘もあって鎮静化している。

 今はあのとき以上に少子高齢化による人口減少が進み、人や場所を結ぶ手段としてのICT(情報通信技術)が浸透する。改めて「道州制」を考えるときかもしれない。そこに「スポーツによる地方振興」を掲げる国スポが連動することは少なくない。都道府県の枠を超えて協力しあう改革が地方創生再考の起点となりうる。

  • 佐野 慎輔 佐野 慎輔   Shinsuke Sano 産経新聞客員論説委員、尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授
    笹川スポーツ財団理事/上席特別研究員
    報知新聞社を経て産經新聞社入社。シドニー支局長、運動部長、サンケイスポーツ代表、産経新聞社取締役等を歴任。スポーツ記者を30年間以上経験し、野球とオリンピックを各15年間担当。5回のオリンピック取材の経験を持つ。日本オリンピックアカデミー理事、野球殿堂競技者表彰委員、早稲田大学非常勤講師等