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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

COVID-19パンデミック前後の日本人の健康行動における社会経済格差

2024年10月29日

COVID-19パンデミック前後の日本人の健康行動における社会経済格差

1. はじめに

 日本における健康格差の問題は、急速な経済成長後、最近の20年間で注目されるようになりました。1990年代以降、西洋諸国と比較して健康格差は小さいとされていましたが、状況が悪化するにつれて公衆衛生上の懸念として認識されるようになっています。日本は健康日本21(第二次)に健康格差の縮小を掲げるなど、この状況を是正しようとしてきましたが、依然として課題となっています。

 健康格差の問題は、所得、教育レベル、地方・都市部との差など、複数の要因に起因しています。例えば、高所得者層は健康的な生活を送りやすく、適切な医療サービスを受けることができる一方、低所得者層は健康的な生活習慣を維持するのが難しく、医療サービスへのアクセスも限られています。また、高学歴者は健康に関する知識が豊富で、健康的な行動を取りやすい傾向がある一方、低学歴者は健康情報へのアクセスが限られ、健康的な選択を行うのが難しい場合があります。さらに、都市部と地方には医療サービスの質やアクセスに差があります。すなわち、都市部では高度な医療サービスを受けることができますが、地方部では医療機関の数が限られており、適切な医療を受けることが難しい場合があるということです。都市部の中でも、貧困地域では、健康リスクが高い傾向があります。

 COVID-19パンデミックは、人々のライフスタイルや社会・経済活動に混乱を巻き起こしました。日本では、感染拡大を防ぐために、政策により人々の活動が制限され、飲食店での酒類の提供禁止や大規模イベントの制限が行われました。その結果、サービス産業では売上が大幅に減少し、多くの企業が失業や倒産に追い込まれました。他方、オンラインビジネスを含む情報通信産業はむしろ売上が上昇しました。公衆衛生分野では、このような所得格差の拡大が、健康格差を拡大させる可能性があるとして心配されてきました。

 本コラムでは、スポーツライフ・データから見えてきた健康行動(個人が自分の健康を維持・促進し、疾病を予防するために行う行動や選択のこと)、特に身体活動における社会経済格差の実態を紹介します。

2. 青少年における健康行動の重要性とCOVID-19パンデミック前後の社会経済格差

 青少年期の健康行動は、将来の健康状態に大きな影響を与えるため、促進する必要があります。身体活動の習慣を身につけることは、成人期の健康行動にも良い影響を与え、長期的な健康維持に繋がることが示されています。定期的な身体活動は、心血管疾患やメタボリックシンドロームの予防、メンタルヘルスの向上、さらには、学業成績にも良い影響を与えることが示されています。こうした理由から、世界保健機関(WHO)は160分以上の中高強度身体活動を毎日実施することを推奨しています。また、スポーツは社会的なスキルやリーダーシップの育成にも役立ちます。チームスポーツに参加することで、他者と協力することや尊重することの重要性を学び、社会的なつながりを強化することができます。これらのスキルは将来のキャリアや社会生活にも役立つため、青少年期の身体活動はその後の人生において影響を与える可能性があるのです。こうした恩恵は、全ての子どもが公平に享受する権利があります。

 しかし、欧米諸国を中心に、青少年の身体活動、座位行動(スクリーンタイムを含む)、睡眠行動、排便習慣(便秘)、食事摂取など、いくつかの基本的な健康行動において、家庭や地域の経済状況による格差が指摘されてきました。日本では健康格差が注目されてからまだ数十年しか経っていないため、その実態があまりわかっていません。COVID-19の蔓延に伴う社会変化は子どもの健康行動にも影響を与えた可能性があります。

 このことについて筆者らがスポーツライフ・データを活用して分析した結果、COVID-19発生前後に、青少年に推奨される身体活動水準の達成状況において社会経済格差が拡大していることを明らかにしました。COVID-19前の2019年には等価所得(世帯構成員数を考慮した世帯収入)による身体活動の実施状況に格差は認められなかったにも関わらず、COVID-19発生後の2021年には等価所得が低い家庭の青少年ほど身体活動を実施していない(出来ていない)ことが明らかになり、朝食摂取状況では逆の様相が認められました(図1)。この結果は、国際学術誌Journal of Physical Activity & Health 206号に掲載された論文1より抜粋したものです。

 筆者は、COVID-19パンデミック中に青少年の身体活動に格差が生じた理由が部活動の制限にあると考えています。ほとんどの部活動は入会費がなく、必要な用具にかかる費用も最小限です。2019年の全国調査データ(体力・運動能力、運動習慣等調査)によれば、66.5%の中学2年生がスポーツ・運動プログラムに参加しています。これは部活動が日本の青少年にとって身体活動の公平な機会を提供する重要な場であることを意味します。COVID-19禍、地方自治体は感染拡大を防ぐために、課外活動を禁止する措置を取りました。一方、有料の民間スポーツ団体はオンライン講義などのサービスを提供し続けました。パンデミック前から、有料スポーツ活動と世帯収入との関連が報告されていました。収入が十分な家庭の青少年は有料スポーツに参加してその恩恵を受ける一方、低所得家庭の青少年はスポーツ活動を続けることができず、身体活動が十分に行えなかったものと推測します。

 図1. 等価所得水準別にみた各健康行動の2019年と2021年の推移

図1. 等価所得水準別にみた各健康行動の2019年と2021年の推移(Kyan et al., (2023)の論文より筆者が作図)

1)等価所得:世帯所得をもとに、世帯の構成員の生活水準を表すように調整した所得。世帯所得を世帯人員の平方根で除すことで求める。

2)困窮度I:等価所得の中央値の2分の1未満、困窮度II:等価所得の中央値の2分の1から中央値

3)各健康行動の割合は以下のWHOや国家機関が定める推奨時間/頻度の達成を表す。
    身体活動:160分の中高強度身体活動を毎日
    スクリーンタイム:12時間未満
    睡眠時間:810時間
    朝食:毎日摂取

 COVID-19パンデミックによる混乱が落ち着きを見せる今、この状況はどうなっているのか。最新のスポーツライフ・データを用いて解析した結果、身体活動においてはCOVID-19禍に拡がった社会経済格差が続いている可能性、朝食摂取状況はCOVID-19禍に縮まった社会経済格差が再燃した可能性が浮き彫りになりました(図2)。

 図2. 等価所得水準別にみた各健康行動の2019年、2021年、2023年の推移

図2. 等価所得水準別にみた各健康行動の2019年、2021年、2023年の推移

1)等価所得:世帯所得をもとに、世帯の構成員の生活水準を表すように調整した所得。世帯所得を世帯人員の平方根で除すことで求める。

2)困窮度I:等価所得の中央値の2分の1未満、困窮度II:等価所得の中央値の2分の1から中央値

3)各健康行動の割合は以下のWHOや国家機関が定める推奨時間/頻度の達成を表す。
    身体活動:160分の中高強度身体活動を毎日
    スクリーンタイム:12時間未満
    睡眠時間:810時間
    朝食:毎日摂取

3. 成人における身体活動の重要性とCOVID-19パンデミック禍の社会経済格差

 成人期における身体活動もまた、多くの健康効果をもたらします。定期的な運動は、心血管疾患、2型糖尿病、がん、メンタルヘルスの改善など多岐にわたる健康効果をもたらします。例えば、心血管疾患の予防には有酸素運動が効果的であり、2型糖尿病の管理には定期的な運動が血糖値のコントロールに寄与することが知られています。また、がんの予防にも身体活動が有益であることが示されており、特に大腸がんや乳がんのリスクを低減する効果があるとされています。また、高齢者においては、運動が認知症の予防にも役立つことが示されています。この身体活動の恩恵を人々が公平に享受できることが理想です。しかしながら、身体活動をはじめとする健康行動には、収入や学歴などの社会経済状況による格差が生じている(健康格差)ことが以前から指摘されてきました。COVID-19の蔓延は、成人の身体活動に社会経済格差の観点からどのような影響を及ぼしたのか。筆者らがスポーツライフ・データを活用して分析した結果をお示しします。この結果は、国際学術誌Public Health 207巻に掲載された論文から抜粋したものです*2

 スポーツライフ・データの成人調査における身体活動データの特徴は、仕事、余暇、移動、座位行動といくつかの局面に分けてその実施状況を知ることができる点です。中でも余暇の身体活動は格差が大きく、等価所得が137.5万円未満の場合は550万円以上と比べて1.72倍少ないことがわかりました。この理由としては、COVID-19パンデミックの影響で多くの人々が在宅勤務を余儀なくされた中、高所得者層は在宅勤務の導入が容易であり、これまで出勤のために費やしていた時間を自宅での運動やレクリエーション活動の機会にあてることができたからと推測されます。仕事の身体活動は、他の場面の身体活動とは逆に、学歴が高校卒業以下の場合、大学卒以上と比べて1.90倍長いことがわかりました。低所得者層は在宅勤務の導入が難しく通勤や肉体労働を続けざるを得なかったため、仕事関連の身体活動における格差が拡大したのでしょう。仕事の身体活動が長いことは心疾患などの危険性が高まることが示唆されていることから、公衆衛生の観点からは芳しくないことと解釈されます。

4. まとめ

本稿では、スポーツライフ・データからみえる、COVID-19前後の健康行動における社会経済格差の実態について概説しました。日本の健康格差は依然として課題です。COVID-19パンデミックはその格差をさらに拡大させた可能性があります。

 これを是正するためには、包括的かつ持続的な政策アプローチが必要です。公平な医療・健康づくりサービスの提供、健康教育の強化、経済的支援の強化など、さまざまなアプローチを組み合わせて実施することで、健康格差の縮小が期待されます。

 効果的な政策の立案と実施を行うためには、データの収集とモニタリングを強化することが重要です。健康行動や身体活動に関するデータを継続的に収集し、格差の状況を定期的に評価することが必要です。

■用語の解説

・身体活動

骨格筋の動きによってエネルギーを消費する様々な動作のことを指し、運動やスポーツだけでなく日常生活のあらゆる活動が含まれます。

・社会経済格差

家庭の収入や家族構成、学歴をはじめとする社会・経済的背景の違いによる結果指標(本コラムでは特に健康行動)の違いのことをいいます。特に、本来であれば全ての人々にあるべき公平さを欠くという点で一般的に認められない状況・状態を指摘する立場をとっています。

・座位行動(スクリーンタイム)

目は醒めていても、座ったり寝転んだりしている体勢でエネルギー消費が少ない状態のことを指しています。移動するために車や電車に乗ったり、会議や授業、勉強のために椅子に座った状態も座位行動ですが、その中でも、テレビやパソコン、スマートフォンなど画面に向かっている状態をスクリーンタイムと呼んでいます。

・中高強度身体活動

心拍数が上昇したり息切れしたりするようなすべての活動です。スポーツや友達と遊ぶこと、徒歩や自転車での通学も含まれます。
例:ランニング、速歩き、ダンス、水泳、サッカー、バスケットボールなど

参考文献

1. Kyan A, Takakura M. Impact of the COVID-19 Pandemic on the Socioeconomic Inequality of Health Behavior Among Japanese Adolescents: A 2-Year Repeated Cross-Sectional Survey. J Phys Act Health. 2023;20(6):538-546.

2. Kyan A, Takakura M. Socio-economic inequalities in physical activity among Japanese adults during the COVID-19 pandemic. Public Health. 2022;207:7-13.

  • 喜屋武 享 喜屋武 享   Kyan Akira, Ph.D. 琉球大学医学部 准教授
    京都大学大学院医学研究科 助教(クロスアポイントメント)
    専門分野:学校保健学、社会疫学、運動疫学、健康教育学
    琉球大学、同大学院にて博士(保健学)を取得。健康の社会的決定要因を研究のキーワードに据え、子ども・青少年のヘルスプロモーションを研究テーマとしている。WHOが提唱するヘルスプロモーティングスクールに関する基礎研究および介入研究を展開している。沖縄女子短期大学、神戸大学大学院、京都大学大学院を経て2023年10月より現職。
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活用例

  1. 政策立案:所属自治体と全国の比較や調査設計に活用(年齢や性別、地域ごとの特徴を把握)
  2. 研究:研究の導入部分の資料や仮説を立てる際に活用(現状の把握、問題提起、仮説、序論)
  3. ビジネス:商品企画や営業の場面で活用(市場調査、データの裏付け、潜在的なニーズの発見)
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