「日本国憲法」(1947)第13条は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」として、国は国民の幸福追求権を最大限尊重するとうたっている。また、1961年のスポーツ振興法を50年ぶりに改正する形で成立した「スポーツ基本法」(2011)も前文で「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」であり、国民が自発性の下にスポーツを楽しむ機会は確保されなければならない、と明記した。
では、「スポーツを通じた幸福で豊かな生活」とはどういったものであろうか。その問いに答えるには、一人ひとりの国民が今現在、スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営めていると感じているか否かを調べることが必要だが、残念ながらそうした調査は存在しない。
笹川スポーツ財団(SSF)は、国民一人ひとりが自分の生き方に合わせたスポーツを楽しむことに幸福を見出す社会(スポーツ・フォー・エブリワン:Sport for Everyone)の形成を組織のミッションに掲げ、国民のスポーツライフに関する定点調査「スポーツ活動に関する全国調査」を1992年から隔年で実施してきた。国民のスポーツライフの現状を把握し、目指す社会の実現に向けた施策やプログラムなどのありかたを導き出すためである。具体的な施策やプログラムの主なものには、スポーツ団体への助成プログラム「SSFスポーツエイド」(1991~2010)、東京マラソンの運営ボランティア体制の構築を契機としたスポーツボランティア・リーダーの養成(2005~)などがあげられる。調査で得られた国民のスポーツライフに関する情報はこれらの施策やプログラムの方向性を決める上で判断材料となってきた。
設立20周年の節目にこの提言をまとめるにあたり、改めてそれらの調査結果や、SSFが手がけてきた生涯スポーツ、地域スポーツの振興に向けたプログラムの内容を検証した。そうしたプロセスを経て、我々がたどり着いた上記の問いに対する答えが「国民が幸福を感じ続けられるスポーツライフ・サイクル」(以下、スポーツライフ・サイクル)である。
スポーツライフ・サイクルとは、一人ひとりの国民が生涯を通じて、それぞれが望むかたちでスポーツを楽しみ、そこに幸福を感じ続けられるライフサイクルを意味する。主語を「一人ひとりの国民」とし「それぞれが望むかたち」という表現を前面に出したのは、スポーツ・フォー・エブリワンの理念、つまり国民全体を集合的に捉える「all」ではなく、一人ひとりの自発性が尊重される「everyone」と捉えるべきとの考えに基づく。
策定にあたり、ライフステージを幼年期から高齢期まで7つの段階に分類した(p.6参照)。横軸はひとりの人間のスポーツライフの推移を、縦軸は各ライフステージにおけるスポーツを通じた他者・社会との関わり方を示している。
ライフステージが進むごとに知識、体力、スキルなどが増え、スポーツとの付き合い方の選択肢も増える。たとえば、義務教育期を終え青年期に入る際、それまで続けてきたスポーツを進学先のクラブで続ける、地域のスポーツクラブで続ける、あるいは定期的なスポーツ活動から離れる(ノンスポーツライフ)などの選択肢の中から「望むかたち」を選ぶ。本提言ではこのようにスポーツとの付き合い方を変えることをトランジション(移行・変遷)と呼ぶ。
重要なのは、多様な選択肢(受け皿)が用意された上で、各自が自由に簡単にトランジションを経験できる社会が形成されることである。アスリートとして競技力の向上を追求してきた者が競技の一線から退いた後、後進や地域スポーツ愛好者に対する指導者として自身が積んだスキルや経験を活かすことも、スポーツからいったん離れた後、結婚して親になったことをきっかけとして子どもとスポーツを楽しむようになることも、トランジションである。
ライフステージが進み、トランジションを幾度も経験する中で、自身の生き方に合ったスポーツとの付き合い方を選び、存分にそのスポーツを楽しむ。そうしたさまざまなスポーツとの付き合い方を経験しながら、人生を豊かにしていく生き方を「幸福を感じ続けられるスポーツライフ・サイクル」と呼ぶ。
次ページにSSFが考える「国民が幸福を感じ続けられるスポーツライフ・サイクル」の概要を示した。