佐野 慎輔(尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
佐野 慎輔(尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)
カタールワールドカップから見えてきたもの(photo:藤田孝夫/フォート・キシモト)
初の中東開催となったFIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップカタール大会。日本代表は予選リーグでドイツ、スペインという優勝経験のある強国を撃破、決勝トーナメントに進出した。その第1ラウンド、前回準優勝のクロアチアと0対0、30分の延長戦になっても得点ボードは動かず、PK戦(1対3)の末、競り負けた。目標に掲げたベスト8の壁にまたも跳ね返され、森保一監督の言う「新しい景色」はみることはできなかったが、選手たちは確かに新しい時代の扉に手をかけた。
前評判は決して高くはなかった。森保監督への評価は辛辣で、グループリーグ突破は難しいとの声は少なくなかった。正直に言えば私もまた、予選敗退を思ったひとりだ。
ところが、初戦のドイツ戦で前半を0-1とリードされると後半にシフト変更。攻撃型の浅野拓磨や堂安律、三笘薫を投入し2-1と逆転。“ジャイアントキリング”で世界を驚かせた。このとき長友佑都がテレビカメラに向かって叫んだのが「ブラボー」である。
W杯熱は一気に盛り上がったものの、コスタリカ戦に敗れると評価は沈んだ。SNS上には代表への心無い誹謗中傷が乱れ飛び、「手のひら返し」の凄まじさを改めて知らされた。ただ森保監督はじめ選手たちは冷静だった。グループリーグ最終戦、優勝候補スペインに前半を0-1と先行されながら守りに徹し、後半に堂安のゴールで追いつくと、後半から出場した三笘のクロスに田中碧が合わせて、再び世界中を驚かせ、日本中が「ブラボー」と叫んだ。
初の冬季開催、シーズン最中の開催で欧州プロリーグにより多くの選手を送る強豪国ほど調整に苦労、苦戦を強いられた。日本代表には戦術への信頼、世評に左右されない心理的な強さがあったように思う。
この大会は初めてVAR(ビデオ・アシスタント・レフリー)が採用され、スペイン戦の「三笘1ミリ」といわれたゴールライン上のアウト・イン問題に素早く決着をつけた。今後のスポーツ判定に道を拓いたといっていい。また、毎回のことながら選手、サポーターが試合後にロッカー、スタンドを清掃。「立つ鳥 跡を濁さず」精神が世界に称賛されたことを特筆しておかなければならない。
ヤクルトを2年連続リーグ優勝に導いた「村神様」村上宗隆 (photo:西村尚己/アフロ)
プロ野球では、今シーズン開幕直後の4月10日にロッテの佐々木朗希がオリックスを相手にひとりの走者も許さない完全試合を達成した。1994年の巨人・槙原寛己以来、28年ぶり16人目の快挙だった。この試合ではまた13打者連続三振の新記録、1試合19奪三振のタイ記録も達成。捕手の松川虎生と合わせて38歳330日は世界最年少バッテリーによる完全試合としてギネスブックに記録された。
セ・リーグはヤクルト、パ・リーグはオリックスがそれぞれ昨シーズンに続いて連覇。日本シリーズはオリックスがヤクルトに昨年の雪辱を果たし26年ぶりの日本一に輝いた。エース山本由伸、4番吉田正尚を中心にチームをまとめあげた中嶋聡監督の手腕が光る。地味ながら堅実なチームづくりはサッカー日本代表、森保監督に共通している。
もっとも、シーズンの話題は「村神様」ヤクルトの4番打者村上宗隆が独占した。打率3割1分8厘、56本塁打、134打点で平成の松中信彦以来18年ぶり、令和初の三冠王を最年少22歳で達成。さらに8月2日の中日戦で記録した5打席連続本塁打のプロ野球新記録を含む56本塁打は、ヤクルト4番の先輩バレンティンが2013年に達成した60本にこそ届かなかったものの、王貞治のシーズン最多記録55本(1964年)を上回った。チームを2年連続リーグ優勝に導き、2年連続最優秀選手(MVP)は誰も異論を差しはさまないだろう。
かつて長嶋茂雄は巨人が負けていても、まだ打席が回ってくるからとファンを球場にくぎ付けにした。今年の村上は往年の長嶋を彷彿させるとともに、記録面では王の偉業に再びスポットライトをあてている。
日本記者クラブで開かれた会見で、村上は印象に残る試合を問われ「最終戦の三冠王が決まったときと、56号を打ったとき」と答えている。勢いに乗ってシーズンを送った打者が初めて味わう「産みの苦しみ」があった。
9月2日に最年少50号に到達すると、13日の巨人戦で背番号と同じ55号を記録したが、そこから試練の始まり。10月3日、DeNAとの最終戦。三冠王を決定づけた後、7回の最後の打席にそれは飛び出した。じつに61打席ぶりにかけた56本目アーチ。村上は語る。「50号を打ったときに王さんに並ぶくらい5本ぐらい打てればいいやと目標を立ててしまった。自分にもっと期待して60号だったり61本だったり、違う目標を立てていたら…」―後悔を口にしたところに村上の成長、来シーズンへの期待がある。
貪欲なまでに次の高みをうかがう。大リーグ、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平はアメリカン・リーグMVPに輝いた昨シーズンの「リアル二刀流」を、今シーズンさらに進化させた。成績で振り返っておこう。
投手として28試合に登板し15勝9敗、防御率2.33、219奪三振。15勝は日本ハム時代の最高成績に並び、大リーグでは5年目で初のふたけた勝利だ。防御率、奪三振は自己最高、各球団のエースと肩を並べる好成績だった。
打者としても157試合に出場、自己最多160安打、打率.273は昨年.257から数字を伸ばした。34本塁打、95打点は昨年(46本塁打、100打点)よりも減ったが、個人打撃成績上位にランクされる中軸打者の責任を十二分に果たした。
あのベーブ・ルース以来104年ぶりとなる2桁勝利、2桁本塁打を達成。エースとしても中軸打者としても存在感を示した。しかも打者として規定打席502を8月に上回り、投手では10月の最終戦で規定投球回162回に到達、166回まで伸ばし長い大リーグ史上初めてひとりの選手が投打2つの規定を達成する偉業をやってのけた。規定投球回に達した投手は両リーグ合わせて45人。ア・リーグMVPこそ62本塁打のヤンキース、アーロン・ジャッジに譲ったものの、“100球交代”“分業”が進んだ大リーグで大谷翔平の存在感は際立った。
そして昨年のオールスター戦がきっかけとなり、今シーズンから「同一選手による先発投手と指名打者の兼任」が公式戦でも導入。「大谷ルール」として球史に刻まれた。もっとも、歴史を創った選手は今シーズンを「前のことは忘れてしまった」と受け流し、「来年以降も、もっと工夫しながらできれば、もっともっといい記録が残ると思う」と事も無げに言い切った。やがて村上が進むであろう次元での話である。
北京2022大会、スノーボード 男子 ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩夢(photo:藤田孝夫/フォート・キシモト)
サッカーと野球、プロスポーツに行数を割き過ぎた。今年は冬季オリンピック・パラリンピックが中国の北京で開催された年でもあった。新型コロナウイルス禍が止まず、習近平政権がうちだした「ゼロコロナ政策」によって東京2020大会に増した厳しい規制の下で開催された。無観客は言うまでもない。
異例の3期目をめざした習国家主席の威信をかけた大会は、一方で中国政府の新疆ウイグル自治区での人権弾圧に抗議した米国や欧州諸国のボイコット呼びかけに発展した。さらに国際オリンピック委員会(IOC)の呼びかけで国連総会の場で採択されたオリンピック休戦決議の期間中に共同提案国となったロシアがウクライナに武力侵攻、長く続く紛争が始まりだった。自由主義社会と全体主義国家との対立が浮き彫りにされ、政治の舞台と化したオリンピックのありようが問われている。
ロシアはオリンピックに存在感を求め、組織ぐるみのドーピングに手をつけた。2014年ソチ冬季大会のことだ。その解決がなされないまま、依然、ロシアとして参加が許されず、北京でもドーピング疑惑を引き起こした。女子フィギュアスケートのカミラ・ワリエワをめぐる禁止薬物使用疑惑である。世界アンチドーピング機関(WADA)は11月、彼女に対し「4年間の出場停止」「北京大会での団体金メダルの剥奪」処分を求めた。ロシアに疑惑を晴らす思いはあるのか、甚だ疑問だ。
そうした混乱のなかでも、選手たちの躍動は世界中を熱くした。
124選手を派遣した日本はスキージャンプ・ノーマルヒル個人の小林陵侑、男子ハーフパイプの平野歩夢、そしてスピードスケート女子1000mの高木美帆と3つの金メダルを獲得した。小林の金メダルは1972年札幌大会70mの笠谷幸生以来であり、平野は不可解な判定を乗り越えて実力を示した。そして選手団主将の高木は500m、1500m、チームパシュートで3つの銀メダルを獲得、3000m6位と見事な成績を残した。ちなみに金3個、銀6個、銅9個の計18個のメダルは過去最高の成績だった。
「コロナ禍に苦労しながら工夫を重ねて強化してきた選手たちの努力の結実」と選手団の原田雅彦総監督は総括した。
パラリンピックには日本から29選手が参加し、アルペンスキー女子座位の村岡桃佳が滑降、スーパー大回転、スーパー滑降で金メダル3個を獲得する大活躍をみせた。スーパーGでは途中でコンタクトレンズを落とし、視界不良となる中で勝利した。2018年平昌大会大回転の金メダルなど出場5種目すべて表彰台に上り、2021年東京パラリンピックでは陸上100m6位。経験とトレーニングの積み重ねを見事、「二刀流」は冬季に生かした。
クロスカントリースキー男子20㌔クラシカル立位では川除大輝が金メダル。先輩新田佳浩から歴史を受け継いだ。選手団の金メダル4個は過去最多。しかし獲得メダル総数10個は平昌より減少、選手層の薄さが気に懸る。
競技での選手の活躍とは裏腹に、スポーツ界に大きな影を落とす事態が発生した。7月に読売新聞がスクープした元電通専務で東京2020大会組織委員会理事を務めた高橋治之容疑者をめぐる贈収賄疑惑である。
組織委員会役員は公的な性格上、「みなし公務員」とされ、金銭の授受を伴う斡旋は禁じられている。一方で高橋容疑者はコンサル業を生業とし、長く企業とスポーツイベント等を結ぶ役割を果たしてきた。公的な役職に対する認識の甘さか、公的な立場を利用してスポンサー企業に便宜を図り報酬を得ようと画策したのか。ともあれ東京2020大会と組織委員会を舞台にした金銭の授受は贈収賄罪に問われ、逮捕者も出した。高橋容疑者の専横を許した組織への批判が拡散、世間にオリンピック及びスポーツ界への不信感が募った。
さらに11月には高橋容疑者の古巣、電通を中心にした東京2020大会の運営をめぐる談合疑惑も発覚。企業間のなれ合いが糾弾され、スポーツ界への不信感に拍車をかけた。2030年冬季大会開催に向けて、札幌市が手を挙げている。相次ぐ不祥事は立候補への疑問に転化。支持率は低迷し、招致に暗雲がたち込めた。
国際オリンピック委員会(IOC)は札幌の運営能力を高く評価。米国のソルトレークシティーやカナダのバンクーバーも立候補するなかでも最有力とみなされてきた。
本来なら今年12月のIOC理事会で絞り込みを行い、来年春のインド・コルカタで開くIOC総会で決定する運びだった。しかしコロナ禍で開催された東京2020大会以来、長く続くオリンピックとスポーツへの不信感、さらに不祥事によって日本国内で高まる不支持の声は、IOCにとっても誤算となった。
先ごろ、IOCは決定時期未定のまま、2024年にまで2030年開催都市決定を伸ばす考えを公表した。日本スポーツ界による不祥事対策、さらには支持率回復の行方を見守っている。
日本スポーツ界はどこへ行くのか、2023年は2022年で起きたことをうけ、重要な年となる。