2025年4月16日
武藤 泰明 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授/笹川スポーツ財団 理事/スポーツ政策研究所 所長)
- 調査・研究
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2025年4月16日
武藤 泰明 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授/笹川スポーツ財団 理事/スポーツ政策研究所 所長)
昨2024年度は学部4年生と修士2年生に札幌出身の学生がいて、卒論と修論は自然な成り行きで北海道日本ハムファイターズの新球場、エスコンフィールドであった。東京にいるとわからないが、現地の「熱量」はかなりのもののようである。学生はうまくいったエスコンフィールドを書こうとする。教員は「何がなぜうまく行ったのか」「課題は何か」に関心を持たせようとする。当たり前だが、よく考えないとよくは分からない。そしてよく考えてみると、報道や常識とは異なる観点や結論にたどり着く。その一部をお示ししてみたい。
エスコンフィールドHOKKAIDO
まずはじめに、エスコンフィールド、および周辺を含めた「Fビレッジ」を所有(一部は公有地等)、開発、運営しているのは(株)ファイターズ スポーツ&エンターテイメント(以下FSE)である。親会社が日本ハム株式会社で、グループ会社としてこのFSEと(株)北海道日本ハムファイターズとがある。そして、日本ハム株式会社の統合報告書を見ると、同社の事業セグメントと各セグメントの2023年度の売上高はつぎのとおりである。
連結売上高 13,034(億円)
加工事業本部 4,312
食肉事業本部 7,806
海外事業本部 2,900
ボールパーク事業 238
事業セグメントの中でボールパーク事業だけが小さいが、重要なのは、この事業が、投資家に開示される情報において、収益を目的としたセグメントとして位置づけられているという点である。コストセンターではないということだ *1 。そしてこの事業を担っているのが上述のFSE社ということになる。またFSEの資本金120億円は日本ハム株式会社の有価証券報告書に記載されている国内関係会社の中では最大である。日本ハムグループでこの資本金の67.1%を所有している*2。
FSEの決算公告を見ると、2023年12月期の売上高は215億円、期末のバランスシートでは固定資産592億円、固定負債400億円、資本金・資本準備金計240億円である。報道で見る限り、エスコンフィールドの建設費は600億円で、これを負債(借入)と自己資本でおよそ2対1で賄っているということになる。また23年度の純利益は20億円強なので、この状態を続けられるなら、スタジアムの減価償却費を負担しながら借入を返済することができる。つまり、FSEは事業としてうまく回っている。
その「うまく回っている」中身であるが、23年度は来場者計画300万人、実績は346万人。うち野球観戦以外の来場者が42%であった。北広島市は人口57,000人。Fビレッジができたことにより、来訪者は道内から年間250万人、道外から100万人を見込む。23年度の来場者346万人には北広島市民を含んでいるので道内外からの来訪計画がどの程度実現されたのかはよく分からないが、間違いなく良好なのだろう。また現在はJR千歳線北広島駅からスタジアムまで徒歩19分。つまり立地はあまりよろしくないが、2028年開業の新駅は徒歩4分弱で球場の三塁側ゲートに着く。駅前である。つまり、来訪者は増えていくことが確実である。
Fビレッジの面白いところは
・北広島市という人口と「内需」の小さい市に整備された。つまり域外からの来訪がないとこの施設は成立しない。
・立地は、必ずしもよくない。
・球場には、広域集客力(とくに道外からの集客力)は、ない。
・球場以外の商業施設に広域集客力があるかというと、おそらく、あまりない。
つまりFビレッジは、必ずしも広域集客力のない施設を組み合わせることによって、集客を実現しているということになる。そしてこのビジネスモデルはおそらく、Fビレッジが言わば手本としたMLBのボールパークとは、少し違うものなのであろう。日本のプロ野球関係者は、熱心に米国MLBに学ぼうとする。よいことである。ただし日本と米国では環境が異なるので、MLBのものをそのまま移入するわけではない。「選択的に受容」し、「日本化」する。この手順は、スポーツだけではなくて、日本企業がこれまで米国企業を手本として行ってきたことと変わらない。手順として王道を行っているように思える。
Fビレッジの成功を、新宿伊勢丹と重ね合わせて考えてみることも面白い。新宿伊勢丹は日本最大の売上高を誇る百貨店で、2023年度は3,700億円余である。三越の日本橋本店と銀座店をあわせても2,500億円なのでその大きさが分かる。でも実は立地があまりよくない。新宿から地下鉄丸ノ内線でひと駅の新宿三丁目である。巨大なターミナルである新宿駅には、乗り入れている小田急と京王電鉄の百貨店があって、立地はこちらが圧倒的に優位である。だから伊勢丹は「ファッションの伊勢丹」と定義した。つまり、顧客を選んだ。選べば密度は下がるが、選んだ顧客ははるばる(と言っても一駅だが)新宿三丁目までやってきてくれる。はるばるやってくる人に高いものを買ってもらうのが伊勢丹のビジネスモデルなのである。現在、Fビレッジに遠方から人が来るのは、単にまだ物珍しいからだけかもしれない。なぜわざわざ遠くから来るのだろう。これを解明しておくことが重要そうである。
念のために。渋谷再開発の主役は東急グループだが、この再開発では、東急百貨店本店は置かれないことになっている。百貨店が果たしていた役割は、このエリアの中に細分化・再配置されるのだろう。渋谷駅と一体化していた東急東横店もなくなっている。おそらくこういう発想は百貨店側からは出てこない。東急は電鉄が親会社で、この会社の渋谷構想で商業集積と百貨店が「革新」されていく。小田急も一昨年新宿店本館を閉店したが、これまでどおり旗艦店を置くかどうかは未定のようだ。こちらも親は電鉄である。こういう例を見ていると、商業集積の核施設の一つとしてスタジアムやアリーナを配置するというのは、本当に将来にわたり合理的なのかどうか、いちど考えておいたほうがよいように思える。
*1 有価証券報告書ではボールパークは独立した事業セグメントではなく「その他」に含まれている。
*2 資本金は120億円だが同額の資本準備金がある。したがっておそらく、日本ハムグループが資本として拠出したのは120億円の67.1%の2倍、すなわち160億円程度であろう。