2022年4月13日
村井 満 (Jリーグ 前チェアマン/公益財団法人 日本サッカー協会 前副会長 )
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
2022年4月13日
村井 満 (Jリーグ 前チェアマン/公益財団法人 日本サッカー協会 前副会長 )
平成23年に制定された「スポーツ基本法」において、「スポーツは、世界共通の人類の文化である」と宣言された。また、「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利」と定められている。いわばスポーツは明確に「基本的人権」のひとつなのである。それゆえスポーツは裾野も広く、奥行きも深い。
ワールドカップやオリンピック・パラリンピックのようにナショナルチームを組成し日本を代表して戦うスポーツもあれば、おらが街の代表や母校の代表として戦うようなローカルケースもある。本格的なトレーニングを伴うものも、朝の散歩がてらに気分転換をするようなスポーツもある。試合を観たりプレーしたりするだけでなく、スポーツボランティアに参加したり、スポーツイベントを楽しんだりする機会も多い。要するに、スポーツは、人々の日常生活の一部と言っていいくらい欠くことのできない存在であり、皆のものなのだ。皆のものだから、競技会では公共の施設を利用させていただくことも多いし、スポーツ観戦に訪れる人々は公共交通の恩恵にあずかることも多い。まさに公共財ともいえるスポーツだからスポーツ団体には公益法人も多い。私の所属したJリーグも公益社団法人であり、公共性を尊重することが求められている。
このように公共性が高いスポーツ組織においては、リーダーの選び方も当然、公共財に相応しいものでなければならない。ひとりのリーダーがずっとトップであり続けると、私物化といわれることがある。トップが親しい人を後継に選ぶと密室政治ともいわれ、次のトップを陰ながら操ると傀儡とか院政と呼ばれる。その組織をしっかりと統括できる人が選ばれるならば、選び方は一様ではないが、Jリーグのサクセッションプランが日本のスポーツ界に一石を投じることになればと思う。
3月15日の社員総会をもって野々村芳和第6代チェアマン(写真左)と交代した ©Jリーグ
子供が親を超えていくことは親の共通の願いである。進化論を引用するまでもなく、人類や組織が繁栄を続けるためには、環境に合わせて、時代を超えて自らを変えていくことが必要になるわけだ。必要があれば、過去を否定し、未来に向けてチャレンジしていかなければならない。もし、今まで通りのやり方を強要しているだけでは、その子孫の未来は暗い。
スポーツ界のリーダーが、先達を超えるためには、そのリーダーを否定するところから始めなければならない。Jリーグでいえば私の足りないところは何か、忖度なく議論を尽くすということが必要だ。その議論の場に私がいては、なかなか発言はできないものだ。今回Jリーグとして次のチェアマンを指名する「役員候補者選考委員会(以下委員会)」には私は参加しないことに決めた。それどころか、委員会の事務局員も私の部下であるJリーグからは出さないことにし、外部に委託した。打ち合わせはJリーグのオフィスで行うこともお控えいただいた。自由な議論をする環境を整えるには細かな配慮も必要だと考えたのだ。もちろん、構成する委員を私が指名したり、推薦したりしては意味がない。Jリーグのクラブの社長間で選挙までしてもらったうえで、私の外側で委員を決めてもらったのだ。そうした委員会が1年半の歳月を経て新たなリーダーを指名してくれた。
今回の委員会メンバーにはチェアマン経験者はいない。そうした委員会にチェアマン候補が推薦できるのかとの疑問を頂戴することも多い。また、委員は学識経験者やクラブの経営者などであり、統括団体としてのJリーグに身を置いて業務を指揮した経験者はいない。そうした委員に芯を食った問題指摘ができるのかという声も聴いた。いずれも一理ある。前述の忖度なく議論できるメリットと、こうした課題を最終的には天秤にかけ、今の委員会方式に賭けたわけだが、課題克服のためにそれなりの工夫も凝らしている。
Jリーグには「魚と組織は天日にさらすと日持ちが良くなる」という言葉が飛び交う。Jリーグの管理職である本部長・部長クラス約25名がチェアマンの執務態度や業務執行能力に関して無記名の評価を行う「360度評価」が象徴的だ。そのスコアは社会の標準値と比較される。数値評価だけでなく、そこにはフリー記述の容赦ない改善要望のコメントも寄せられる。またそのアンケートは理事会の監事宛にダイレクトに提出され、委員会の委員長にも届けられる。一切私の手を介することはないのだ。その内容を委員会が見ればチェアマンに欠けているものは一目瞭然だ。また、コンプライアンス違反に当たる問題行為があれば一発で露見する。こうして委員会に参加することのない従業員の声も委員会に届けられる。
同じような評価プログラムはクラブからも寄せられる。Jリーグ全クラブがチェアマンのリーダーシップやリーグのパフォーマンスに関して無記名で評価する。その項目は、会議の仕切り、各部門のサービスレベルなど詳細にわたる。従業員やクラブ以外にもスポンサードいただいているパートナー各社やメディアを対象としたリーグのパフォーマンスに対するアンケートもある。アンケート結果のデータは経年比較され、クラブに還元される。こうしてリーグは徹底的に天日にさらされるのだ。これらに記載された声を見ていけばリーグのリーダーシップの課題はまるで組織内に身を置いているかのように把握できるはずである。
また、Jリーグの組織構造の特徴を生かした会議運営からも課題把握はできる。Jリーグは加盟する全クラブが等しく議決権を有する公益社団法人である。等しく発言権を持つクラブの社長を集めて毎月会議を行っているが、それは株式会社でいえば毎月株主総会を開いているのと同義である。毎月オーナーシップにさらされていれば、リーグの組織課題やカバナンス上の課題は浮き上がってくるはずだ。そうした豊富な情報をもとに委員会では忖度ない議論をしてもらっていると信じている。
私は、2022年3月15日で4期8年にわたる任期を終えた。私が8年前にチェアマンに指名された際も役員候補者選考委員会はあった。私は、プロのサッカー選手としての経験はない。監督・コーチなどの経験ももちろんない。クラブの社長や日本サッカー協会、Jリーグでの業務執行経験もない。極めつけは、直近3年間は香港に身を置いていたのでJリーグの試合さえ観ていない。月に一度社外理事として理事会に参加していた程度だ。そんな私をチェアマンに指名した日本サッカー界の懐の深さには驚嘆するしかない。私がお役に立てたかどうかはわからないが、どんな仕組みよりも、どんな情報よりも、私のような人間に賭けることを判断したことが驚きでならない。そうした日本サッカー界を誇りにも思う。今回指名された次期チェアマンの野々村芳和氏は私以上に優秀だ。実績も経験も申し分ない。心から応援したいし、期待したい。そして野々村氏が将来、再び自分を超える人を探してくれるはずだし、そうすることで日本サッカー界の発展は続いていくはずだ。