2015.05.12
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2015.05.12
図1は、米国バレーボール協会の2013-14年シーズン(9/1-8/31)の会員構成の比率を年代別および性別で示したものである。会員総数は358,537人であり、その中で中学高校年代の女子プレーヤー(ジュニア女子)が78%(280,211人)と圧倒的な割合を占めているのに対し、中学高校年代の男子プレーヤー(ジュニア男子)の会員比率は最も低く4%(15,103人)にしかすぎない。このジュニア男子の極めて少ない競技人口は、様々な面で不利に働くのだが、特にタレントの発掘と強化育成という面で深刻な課題を突き付けている。
その課題を克服するかのごとく、ジュニア男子に高いレベルでのトレーニングと競技の機会を提供しているのが、同協会のハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムである。前回紹介した、ジュニア女子のハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムでは、全米各地で数多く行われるトライアウトを通じて、多数のプレーヤーの中から隠れた逸材を発掘していることが特徴であることをレポートした。同じハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムでも、ジュニア男子ではトライアウト以上に、その後に提供される強化育成のプログラムに重点を置いている。各プレーヤーの実力に応じたレベルで集中的に行われるトレーニングプログラムを通じて、強化育成を図る。ジュニア女子ではタレントの発掘、ジュニア男子では強化育成と、同じハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムでもそれぞれの状況に合わせて違った点に重きを置いており、少々性格を異にしているのである。
図1.米国バレーボール協会 2013-14年シーズン会員構成比 (2014年4月30日現在、同協会資料より)
米国バレーボール協会のハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムの目的は、将来アメリカ代表チームで活躍する可能性が高い若いバレーボールプレーヤーを早期に発掘・発見して、国内エリートレベルから世界のトップレベルに引き上げることにある。1996年にハイパフォーマンス・パイプラインプログラムがスタートして以来、幾度となく改善を繰り返して、今では1月のシーズン当初から春にかけて全米各地で実施されるトライアウト、夏に各プレーヤーの年代と競技レベルに応じて提供されるトレーニングプログラム、世界あるいは北中米大陸カリブ海のジュニア・ユース選手権大会や当協会主催のハイパフォーマンス選手権大会等への出場の3つのプログラムをひとつのシリーズとしている。
ハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムで実施されるトライアウトにおいて、ジュニア男子と前回紹介したジュニア女子の違いは、実施のシーズンと回数、参加総数や、年齢区分である。その他、競技レベル評価区分をはじめ、申込み方法と参加費、各回のスケジュール、コーチの配置、父兄への説明会の実施など、基本的なコンセプトはジュニア女子と同様である。
今シーズン(2014-15年シーズン)のジュニア男子のトライアウトは1月から3月にかけて全米17カ所で実施された。なお、ジュニア女子のトライアウトは1月から4月下旬にかけて全米36カ所で行われている。近年、一シーズン中に男女合わせて約6,000名がトライアウトを受けるが、その内500名程度がジュニア男子である。
アメリカ市民権を有し、海外やアメリカ領の離島に在住するジュニア男子も自身の個人技術を映したビデオを米国バレーボール協会へ送ることでこのトライアウトに参加できるように配慮されている。また、ジュニア年代(今シーズンでは19-20歳)に相当する大学年代のプレーヤーは、大学バレーボールシーズンとトライアウト実施時期が重なることから、彼らにもビデオを送付することでのトライアウト参加を認めている。
トライアウトでは女子同様に、プレーヤーをジュニア、ユース、セレクト、フューチャーセレクトの4つの年代に区分して、年代毎に5段階評価で競技レベルのランク付けをしていく(表1参照)。ただし、年齢区分は女子よりも1歳ずつ繰り上がった設定である。これは、国際バレーボール連盟(FIVB)が規定する世界および北中米大陸カリブ海連盟のユース・ジュニア選手権への出場年齢資格に準じるためである。
トライアウトでの競技レベルの評価は、女子同様に「代表チーム・A1・フューチャーセレクトプログラム」「A2・地域協会ハイパフォーマンス・コンチネンタルプログラム」「A3プログラム」「ナショナル・スキル・プログラム」「該当なし」の5段階である(USA Volleyball, 2015a)。
表1.ハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムでのランク付け
ジュニア女子と同様に、表2に示されたトレーニングプログラムの中から、年代とトライアウトで評価を受けた競技レベルに応じて各プレーヤーに適したプログラムが提供される。前述した通り、近年ジュニア男子の一シーズン中のトライアウトへの参加総数は500名程度であるのに対し、フューチャーセレクト年代からジュニア年代までのトレーニングプログラムでは最大521名を受け入れることができる。つまり、単純にトライアウト参加総数とトレーニングキャンプ受入可能総数を比べると、トライアウトを受けたジュニア男子全員をトレーニングプログラムに招待することができるのである。ジュニア女子では、約5,500名がトライアウトを受け、その内21%にあたる約1,200名しかトレーニングプログラムに参加することができない。約4,300名はトライアウトを受けるのみでトレーニングプログラムには参加できないのである。この点で、ジュニア男子とジュニア女子には大きな違いがある。
A2とA3プログラムに選ばれたプレーヤーは、全米各地で行われるトレーニングプログラムに参加費$650(78,000円)を支払い、航空賃を自己負担して参加する。トレーニングの内容は主に個人技術の習得にフォーカスされている。ジュニア年代を除く全年代の代表チーム、A1プログラム、コンチネンタルプログラムに選ばれたプレーヤーは、参加費$1,280(153,600円)を支払い、航空賃を自己負担して、米国バレーボール協会が主催するハイパフォーマンス選手権大会開催地で10日間に及ぶトレーニングプログラムに参加をする。この10日間のうち前半5日間はトレーニング、後半5日間は同プログラムに選ばれたプレーヤーで編成したチームで、ハイパフォーマンス選手権大会に出場する。よって、トレーニングは個人技術およびチーム練習の両方に取り組むことになる(USA Volleyball, 2015a)。
ジュニア代表チームに選考されるには、トライアウトを受け、ジュニア年代の中でも全米で上位31名以内にランク付けされなければならない。そして、その31名は夏に通常コロラドスプリングスの米国オリンピック・トレーニングセンターで行われるジュニア代表チームトライアウトに召集される。このトライアウトで最終的に14名(うち2名は控え選手)が選ばれ、アメリカ男子ジュニア代表チームが編成される。
フューチャーセレクト | セレクト | ユース | ジュニア | シニア |
---|---|---|---|---|
2002年以降生まれ | 1999-2000年生まれ | 1997-1998年生まれ | 1995-1996年生まれ | 通常1995年以前生まれ |
40名がフューチャーセレクトA1プログラムに参加 | 44-55名がセレクトA1代表チームプログラムに参加 | 12名がアメリカ代表ユースチームに召集 | 12名がアメリカ代表ジュニアチームに召集 | 12-24名がアメリカ代表チームに召集 |
32名がフューチャーセレクトA1プログラムに参加 | 22名がユースコンチネンタルチームプログラムに参加 | 44名がユースA1代表チームプログラムに参加 | 19名がジュニアA2代表チームプログラムに参加 | |
27名がセレクトA2プログラムに参加 | 22名がユースコンチネンタルチームプログラムに参加 | |||
72名がセレクトA3トレーニングプログラムに参加 | 27名がユースA2招待プログラムに参加 | |||
72名がA3トレーニングプログラムに参加 |
資料:米国バレーボール協会
冒頭で紹介した通り、中学高校年代の男子プレーヤー(ジュニア男子)の米国バレーボール協会の会員構成比はたった4%にしか満たない。この弊害として、各プレーヤーが地元で所属するクラブや中学高校のチームで競技をする場合、競技レベルに大きな差があるプレーヤーとチームをともにしたり、実力差が大きいチームと対戦するというケースがしばしば見受けられる。底上げという面では大きな利点があるが、ある一定の競技レベルにあるプレーヤーにとっては、自身の競技力を向上する上で十分な効果が期待できない。
そこで、ハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムでほぼ同等の競技レベルのプレーヤーとトレーニングを行い、チームを編成して国際トーナメントに出場することは、ジュニア男子にとって集中的に競技力向上を図る格好の機会になっているのである。ユース年代やジュニア年代の男子代表チームに選考されて、FIVB世界選手権あるいは北中米大陸カリブ海連盟選手権に出場する者は、事前トレーニングキャンプとそれらの大会出場を含め約3-4週間チームとともに行動する。また、A1またはコンチネンタルプログラムに選ばれた場合には5日間のトレーニングキャンプと5日間のハイパフォーマンス選手権大会出場を含め、全10日間のトレーニングプログラムに参加する。A2またはA3プログラムに選ばれた場合には4-5日のトレーニングキャンプに参加する。どの競技レベルに選ばれたとしても、短期間ではあるが、自身のレベルに応じた質の高い集中的なトレーニングプログラムによって、競技力を高めることができるのである。
また、米国バレーボール協会が主催するハイパフォーマンス選手権は、トライアウトで選出された将来アメリカ代表チームで活躍する可能性がある若いプレーヤー達に、国際レベルでの競技経験を積ませることと、世界および大陸選手権大会の運営フォーマットに慣れ親しませることを開催の目的としている。
よって、ハイパフォーマンス選手権大会では、海外の協会から派遣された各国の代表チームを積極的に受け入れて競技レベルを国際レベルに維持している上、全てFIVBの規則とルールに則った大会運営を行っている。これまで、ブラジル、チリ、中国、ドミニカ共和国、イタリア、メキシコ、ニュージーランド、オーストラリア、プエルトリコがユースおよびセレクト年代の代表チームを同選手権に派遣している(USA Volleyball, 2015a)。ユースやジュニア年代の代表チームに選考されなかったとしても、国際競技フォーマットで海外のチームと対戦をする機会を持つことができる。
米国バレーボール協会では今年1月時点で男女合わせて311名にも及ぶアメリカ国籍を有するバレーボールプレーヤーを海外のプロリーグへ移籍させている。女子プレーヤーが208名、男子プレーヤーが103名である(USA Volleyball, 2015b)。男子プレーヤーは女子プレーヤーの数に劣るものの、この移籍数は他の国と比べて圧倒的に高い。アメリカ国内には正式なプロリーグが存在しないこともあるが、ジュニア男子の競技人口が極めて少ない中、大学バレーボールを経てシニア年代でこれだけの選手層を維持できているのは、やはり米国バレーボール協会のハイパフォーマンス・パイプライン・プログラムの功績といえる。そして、アメリカ代表チーム選手それぞれの海外のトップリーグでの競技経験が、代表チームの強さに貢献していることは言うまでもない。この好循環が現在のアメリカ男子バレーボールの強さを維持しているのである。
レポート執筆者
内藤 拓也 (2014年10月~2015年5月)
海外研究員
Coordinator of Special Projects, USA Volleyball
Correspondent, Sasakawa Sports Foundation