Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

オリンピックレガシー: 東京1964年オリンピック大会がスポーツ参加に与えた影響 Vol.3

2017.01.20

オリンピックレガシー:
東京1964年オリンピック大会がスポーツ参加に与えた影響 Vol.3

東京2020オリンピック・パラリンピックに向けて(Vol.2より続く)

この研究結果を受け、今後重要なことは、東京2020がどのようなレガシーが残せるかを考えることである。2020年と1964年では、社会情勢が大きく異なるが、Aizawaらの研究から、大規模スポーツイベントが残すレガシーを考える上で重要な3つの視点が挙げられる。

1.「コホート効果」を考慮した政策や取り組みの必要性

まず、コホート効果を考慮し、各コホートに応じたレガシープランの検討である。研究結果では、オリンピックコホートのスポーツ実施率が他のコホートより高いことが明らかになった。これは、オリンピックコホートは他のコホートとは異なるスポーツに対する意識やニーズを持っていることを示している。つまり、同じ年齢であっても、オリンピックコホート(現在の60代、70代)と、5年後の60代の人(現在の50代)では、その世代が持つ特徴やニーズが違うということである。これまで多くのスポーツ関連研究では横断的なデータを用いており、スポーツ政策においても年齢区分別でスポーツ振興を行っていることが散見される。コホート毎に特徴が異なることを考慮すれば、今後は「コホート」を軸にし、スポーツ振興を行うことが効率的である。東京2020のレガシーについても、各コホートが経験してきた社会背景、それによって形成された特徴を理解し、各コホートに応じたレガシープランを作成することで、より効果的にレガシーを残すことができるであろう。

2.大規模スポーツイベントによる子ども・青少年へのスポーツ参加の推進

次に、子ども・青少年に焦点を当てた取り組みの重要性である。Aizawaらの研究で焦点が当てられたオリンピックコホートは、10代、20代の感受性の強い時期にオリンピックの自国開催を経験した。スポーツイベントの開催が成人よりも子供のスポーツ実施に対してより強い影響を与えることは、他の研究でも実証されており(Frawley & Cush, 2011; Weed et al., 2015)、IOCも青少年にオリンピックの価値を伝え、スポーツを推進することの重要性を唱えている。ユースオリンピック(IOCが4年に一度開催する15歳から18歳までのアスリートを対象とした競技大会)の開催はその一例である。またロンドンオリンピック組織委員会会長を務めたSebastian Coeも、12歳の時にメキシコシティ1968オリンピックをテレビで見たことが、自身のその後のスポーツ人生に影響を与えたと話している(Veal, Toohey, & Frawley, 2012)。実際にロンドン2012では、「Inspire a generation(世代を超えたインスピレーション)」をスローガンとして、青少年を対象とした取り組みが実施されていた。また、東京1964では、1962年にスポーツ少年団が形成され、全国的に青少年がスポーツを実施する環境が整えられていった。
このように、子ども・青少年がオリンピックを観て、スポーツ選手に憧れを抱くことや、オリンピックの迫力を目の当たりにすることは、その後のスポーツ参加行動に重要な影響を与える。同時に、子ども・青少年がスポーツをしたいと感じた時に、身近にスポーツを行える環境、受け入れられる環境を整備することで、その影響力はさらに大きくなるであろう。奇しくも、近年、日本では、子どもの体力低下が問題視されている。オリンピック開催を契機とし、東京のみならず、日本全国の子ども・青少年に向けた取り組みを実施することは重要である。

3.長期的なスポーツレガシーの重要性

3つ目に、長期的な視点でスポーツレガシーを考えることの重要性である。オリンピックの開催に伴う経済効果や雇用創出といった短期的なレガシーについては、多くの研究者が議論をしているが、オリンピックレガシーの定義を考えると、オリンピック開催後も長期的に残るレガシーの形成は不可欠である。東京1964の開催が、50年後の現在もスポーツ参加に影響を与えていることは、偶発的なレガシーであったかもしれない。しかし、Aizawaらが示したメカニズムが示すように、スポーツ施設の建設・活用や社会におけるスポーツ文化の醸成などが、東京1964の社会的インパクトを最大化し、長期的なレガシーの形成に繋がった可能性がある。Chalip (2004; 2006)は、「イベント・レバレッジ(イベントの最大活用)」という言葉を用いて、スポーツイベント開催の効果を最大化するために、施設のみならず、スポーツイベント開催に付随する他のイベントの活用、雰囲気づくりなども重要であると指摘している。例えば、オリンピック開催に向けて展開されるカルチュラル・オリンピアード(文化オリンピック)によってオリンピック開催への気運を高めることができる。ロンドン2020では、北京2008終了後からの4年間、イギリス各地でコンサートや展示会といった芸術・文化的なイベントが開催され、2012年にはロンドンフェスティバルとして、約3か月間、12,000ものイベントを開催し、25,000人のアーティストが参加していた。また、ロゴやテーマカラーといったスポーツイベントのシンボルを活用することで、開催に向けた祝賀ムードを作ったり、イベントの意義を伝えたりすることも有効である。従って、短期的なレガシープログラムを実施するだけではなく、長期的な視点の下、日本における今後のスポーツの在り方、社会システム等も検討し、社会全体としてスポーツへの関心を高められるレガシープランが必要であろう。

Aizawaらの研究では、スポーツ実施に着目していた内容であるが、そのメカニズムが示すように、スポーツ施設の活用やスポーツ組織、社会的なサポートなど、社会環境が複雑に絡み合って、オリンピックは人々の行動に影響を与えている。上記3つの視点は、東京2020レガシープランの「スポーツ・健康」分野のみならず、「街づくり・持続可能性」「文化・教育」「経済・テクノロジー」「復興・オールジャパン・世界への発信」の分野においても重要な視点である。東京2020を意義ある大会とするためには、5つの分野を複合的に捉えた長期的な視点でのレガシープランの検討が求められる。

※本レポートは、米国のミネソタ大学に所属するDr. Yuhei Inoue, Ji Wuとジェームズ・マディソン大学に所属するDr. Mikihiro Satoの共同研究による報告である。

参考文献・リンク

  1. Aizawa, K., Wu, J., Inoue, Y., & Sato, M. (2016). A cohort effect on sport participation: A case of the Tokyo 1964 Olympic Games. 2016 North American Society for Sport Management Conference, Orlando, Florida. 239-240.
  2. Breuer, C., & Wicker, P. (2008). Demographic and economic factors influencing inclusion in the German sport system: A microanalysis of the years 1985 to 2005. European Journal for Sport and Society, 5(1), 33-42. doi:10.1080/16138171.2008.11687807
  3. Chalip, L. (2004). Beyond impact: A general model for sport event leverage. In B. W. Ritchie, & D. Adair (Eds.), Sport tourism: Interrelationships, impacts and issues (pp. 226-252). Clevedon: Channel View Publications.
  4. Chalip, L. (2006). Towards social leverage of sport events. Journal of Sport & Tourism, 11(2), 109-127. doi:10.1080/14775080601155126
  5. Frawley, S., & Cush, A. (2011). Major sport events and participation legacy: The case of the 2003 Rugby World Cup. Managing Leisure, 16(1), 65-76.
  6. Gratton, C., & Preuss, H. (2008). Maximizing Olympic impacts by building up legacies. The International Journal of the History of Sport, 25(14), 1922-1938. doi:10.1080/09523360802439023
  7. Hovemann, G., & Wicker, P. (2009). Determinants of sport participation in the European Union. European Journal for Sport and Society, 6(1), 51-59. doi:10.1080/16138171.2009.11687827
  8. Hovland, C. I., & Weiss, W. (1951). The influence of source credibility on communication effectiveness. Public Opinion Quarterly, 15(4), 635-650.
  9. International Olympic Committee. (2015). Olympic charter. Lausanne, Switzerland: International Olympic Committee.
  10. Mark McDonald. (2012, 7/12). ‘Ruin porn’ — The aftermath of the Beijing Olympics. New York Times Retrieved from http://rendezvous.blogs.nytimes.com/2012/07/15/ruin-porn-the-aftermath-of-the-beijing-olympics/
  11. Sallis, J. F., Cervero, R. B., Ascher, W., Henderson, K. A., Kraft, M. K., & Kerr, J. (2006). An ecological approach to creating active living communities. Annual Review of Public Health, 27, 297-322. doi:10.1146/annurev.publhealth.27.021405.102100
  12. 笹川スポーツ財団. (2014). スポーツライフ・データ2014. 東京: 笹川スポーツ財団.東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会. (2016). 東京2020アクション&レガシープラン2016
  13. Veal, A. J., Toohey, K., & Frawley, S. (2012). The sport participation legacy of the Sydney 2000 Olympic Games and other international sporting events hosted in Australia. Journal of Policy Research in Tourism, Leisure and Events, 4(2), 155-184. doi:10.1080/19407963.2012.662619
  14. Weed, M. (2009). The potential of the demonstration effect to grow and sustain participation in sport: Review paper for sport England. Canterbury Christ Church University.
  15. Weed, M., Coren, E., Fiore, J., Wellard, I., Chatziefstathiou, D., Mansfield, L., & Dowse, S. (2015). The Olympic Games and raising sport participation: A systematic review of evidence and an interrogation of policy for a demonstration effect. European Sport Management Quarterly, 15(2), 195-226.doi:10.1080/16184742.2014.998695

レポート執筆者

相澤 くるみ

相澤 くるみ

Visiting Scholar, Research Institute for Sport Knowledge, Waseda University Visiting Scholar, School of Kinesiology, University of Minnesota Correspondent, Sasakawa Sports Foundation