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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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第3回:国際的な健康都市認定制度「グローバル・アクティブシティ」が目指す世界

スポーツ・身体活動を通じた健康まちづくり~国内外の動向と取り組み~

本間 恵子(SSF特別研究員)

 前回は、スポーツ・身体活動を通じて住民を健康にするまちづくり「アクティブシティ戦略」を2005年に開始したリバプール市の取組をご紹介した。リバプール市は、分野横断型の連携によって、健康問題だけでなく人口減少・産業衰退・犯罪など都市が抱える様々な課題解決を実現した。その成功は他都市の参考となり、グローバルな取組「グローバル・アクティブシティ(Global Active City、以下GACと略)」へ発展した。GACプログラムは、住民の健康づくりに取り組む都市を支援し、GAC認定都市とする国際的な認定制度である。今回は、このGACプログラムの内容と、第1回認定都市の一つとなったハンブルク市の取組を紹介したい。

第1回:国内外におけるスポーツ・健康まちづくりの動向

第2回:スポーツ・身体活動でイノベーションを起こしたまちづくり

第3回:国際的な健康都市認定制度「グローバル・アクティブシティ」が目指す世界

https://www.adept.dk/project/oberbillwerder-the-connected-city

ハンブルク市 ウォーキング・サイクリング等の身体活動を優先した都市開発のイメージ図 https://www.adept.dk/project/oberbillwerder-the-connected-city より

1. グローバル・アクティブシティ(GAC)プログラムの概要

 GACプログラムは、スポーツ・身体活動を通じて住民を健康にするまちづくり「アクティブシティ(Active City)」を世界各地の都市へと広げていく取組である。運動不足によって健康が損なわれ、生活習慣病につながり、死因リスクを高めることが世界的に問題となっていたことが背景にある。また、世界の人口の半数以上が都市部に住み、今後も都市化が進むことが予想され(2030年には都市部の人口は約60%、2050年には約70%となる見込み)、都市在住者ほど運動不足の傾向が高いことから、都市を課題解決の場とする健康まちづくり「アクティブシティ」を国際的に推進している。

 GACプログラムは、先進事例であるリバプール市の取組「アクティブシティ戦略」(2005年開始)がモデルとなっている。スポーツ・身体活動を国際的に推進する団体「TAFISA(タフィサ:The Association For International Sport for All 国際スポーツ・フォー・オール協議会)」がリバプール市やリバプールジョンムーア大学と連携し、国際的なアクティブシティプログラム「3AC(トリプルAC: Active Cities, Active Communities, Active Citizens)」を2012年に開発した。このトリプルACプログラムをさらに進化させ、ISO規格に準拠したフレームワークによって都市を評価し、グローバル・アクティブシティとして認定するものとして、GACプログラムが開発された。TAFISAは、持続可能な健康を推進するスイスのNGO団体Evaleoと連携して、GACプログラムのマネジメントを行う組織「アクティブ・ウェルビーイング・イニシアチブ(AWI: Active Well-being Initiative)」を2017年に立ち上げ、このAWIがGACプログラムを主導している。

 TAFISAはトリプルACプログラムを推進していた頃から、国際オリンピック委員会(IOC)や世界保健機関(WHO)、ユネスコ等の国際的なスポーツ・健康・教育機関との関係づくりを進め、2017年10月にGACプログラムを発表した際には、こうした国際的な機関から同プログラムを支持するコメントが発表された。AWIによるGACプログラムは、IOCが2017年末に公表したレガシー戦略文書の中でも戦略的パートナーシップとして紹介され、オリンピック・パラリンピック大会やユースオリンピック大会開催のレガシーとして、開催国の都市がアクティブシティとなることが期待されている。最初のGAC認定都市は、2018年にブエノスアイレスで開催されたユースオリンピックに合わせて、開催前の「世界心臓デー(World Heart Day)」(9月29日)に認定都市名が発表され、10月5日から6日にかけて現地で開催された「オリンピズム・イン・アクション(Olympism in Action)」フォーラムの中で認定表彰式が行われた。ここには、スポーツを通じてより良い社会・平和な世界を築いていくという考え方に、大会期間中だけでなく誰でもいつでも触れてほしいというIOCの意図がある。そのため、以下の表の通り、最初のGAC認定都市はほとんどが大会開催都市だったが、開催経験の有無に関係なくどの都市でもGACプログラムに参画することができる。

<第1回GAC認定都市(2018年)>

認定都市名(国名) 概要
ハンブルク(ドイツ) 2024年夏季オリパラを招致しようとした都市(住民投票により途中で断念)
ブエノスアイレス(アルゼンチン) 2018年夏季ユースオリンピック開催都市
リッチモンド(カナダ) 2010年バンクーバー冬季オリンピックのスピードスケート競技場がある都市
リバプール(英国) 2005年からアクティブシティの取組を開始、トリプルACとGACの開発に関与
リュブリャナ(スロベニア) 国際スポーツイベントやスポーツ・身体活動に関する国際会議を誘致
リレハンメル(ノルウェー) 1994年冬季オリパラ開催都市、2016年冬季ユースオリンピック開催都市

 GACプログラムは、各都市に共通・均一の基準に達することを求めるのではなく、その都市の規模・リソースや文化的背景、抱えている課題等に応じて目標を設定し、専門家がアドバイスを行い、その目標に向かって身体活動向上のための戦略・施策を一緒に立案・実行していく。障がい者や高齢者や移民にも配慮したインクルージョンも重視している。GAC認定に向けた評価項目や要件は、国連やWHO等による国際的な目標・方針に沿っている。

(世界人口の予測については第1回の記事、GACプログラムの開発経緯の詳細については第2回の記事を参照してほしい)

2. GAC認定都市のプロセスと認定のメリット

 GAC認定都市になるには、大きく3つのプロセスがある。

  • 第1ステップ:AWIの「パートナー都市」として登録手続きを行う。パートナー都市はAWIからGACガイドラインや基準に関係する資料を受け取り、「リードオフィサー(主担当者)」を決める。
  • 第2ステップ:GAC認定に向けて活動する。AWIから専門家が都市を訪問して状況を診断し、都市の状況に応じたアドバイスを行う。都市のリードオフィサーは、AWIのワークショップ等に参加してプログラム内容を学び、実施を主導する(パートナー都市になる前に、プログラムを学ぶ目的でワークショップに参加することも可能)。専門家による訪問診断とアドバイスは複数回行われる。都市の状況に応じたKPI等の目標設定から、連携先の見極め、身体活動実施の阻害要因分析、進捗状況の確認など、AWIはエビデンスに基づく介入を行い、GAC認定に向けた基準・要件を達成できるよう都市を支援する。都市は、他のパートナー都市との情報交換によって、他都市の事例を参考にできる。
  • 第3ステップ:認定の要件に達すると、AWIとは独立した国際的な審査機関によって審査が行われ、GAC都市として認定される。パートナー都市となってから認定までの期間は、都市によって異なるが約2年とされている。

<GAC認定までのプロセスイメージ図>

 GACプログラムは、国際標準化の仕組みであるISO規格に準拠したプログラムであり、認定されるとブランドのロゴマークも使用できるため、客観的な国際評価をもって対外発信したり、ブランディングを行うのに役立つ。また、アライアンス(地域内連携)の構築やエビデンスが重視されているため、GACプログラムに参加することで、分野横断的な連携が進む可能性もある。国際的な観点かつ客観的なエビデンスを蓄積することにもつながるかもしれない。パートナー都市は、他都市における最新の好事例を入手できるため、互いに切磋琢磨できるというメリットもある。一方、日本の自治体がGACプログラムに参画するときの課題としては、英語とコストが想定される。グローバルなプログラムであるため、コミュニケーションは基本的に英語となること、登録から認定まで都市の状況に応じた費用が発生することがあげられる。住民の健康増進によって、医療費削減効果や犯罪防止、生活の質向上、健康寿命延伸、人口増加といったベネフィットもあるため、コストはベネフィットと併せて分析・検討する必要がある。

(GACプログラムの詳細な内容・費用については、笹川スポーツ財団に問い合わせいただきたい。)

3. GAC認定都市の事例:ハンブルク市

 GACプログラムが公表されたのは2017年11月で、最初のGAC認定都市は上述の通り2018年9月に発表された。認定までは通常2年かかるため、認定された6都市はいずれもプログラムが公表される前からの国際的なネットワークのもと、準備が進められていたと考えられる。そのような都市の一つであるハンブルク市(ドイツ)の事例をここで紹介する。

 ハンブルク市は、人口約180万人の特別市(州とも呼ばれる)で、ベルリンに次ぐドイツ第2の都市である。欧州の中でも、スポーツが盛んで緑が多い都市として知られている。2011年には欧州グリーン首都賞(European Green Capital)About the EU Green Capital Award (europa.eu)を受賞するほど、緑化や環境に力を入れている。この賞は継続的な取組が求められているため、受賞後も緑地の増加など環境改善の取組が実施されている。例えば、アウトバーン(高速道路)からの騒音対策として、特に周辺が住宅地となっている地域のアウトバーン3か所に広大な屋根を付けて公共公園にする計画が現在進められている(完成予定のイメージ図 Hamburg to bury the A7 motorway - as Linz did over seven years ago (livingroofs.org) )。この計画では、騒音対策だけでなく、公共公園に歩道・自転車道・緑地を整備して身体活動向上につなげることや、高速道路によって分断された地域の住民が行き来できる交流の場となることも目指している。

 ハンブルク市は、カーボンニュートラルや持続可能性をコンセプトに、2024年夏季オリンピック・パラリンピック競技大会を招致しようと準備を進めていた。環境を前面に打ち出し、気候変動税(climate levy、環境税の一つ)の導入や大会期間中に車を完全規制することも検討していた。ドイツでは、悲劇の大会といわれた1972年ミュンヘンオリンピック(開催中にテロ事件が発生)以降、40年以上オリンピック・パラリンピック大会は開催されていなかった。そのため、スポーツ関係者にとって2024年大会の招致は悲願であったが、2015年11月に行われた住民投票で賛成48.4%に対し、反対51.6%で招致を断念した(投票者数は人口の約1/3にあたる約65万人)。反対の主な理由は開催費への懸念である。この年、ドイツでは100万人の難民・移民を受け入れており、その対応に使うべきという意見もあった。また、国際スポーツ界ではFIFA汚職事件やドーピング問題が追及された年でもあった。住民投票の直前にはパリで同時多発テロも発生し、こうした様々な国際情勢も住民投票に影響を与えたのではないかと分析されている。(なお、ドイツでは、2022年ミュンヘン冬季大会招致の際も、2013年の住民投票の結果を受けて断念している)

 大会招致は断念したものの、招致に向けて進めていた計画・事業にかかったコストを無駄にせず、この経験を市民の健康とウェルビーイング向上に生かすため、ハンブルク市は2016年7月にアクティブシティ基本計画(Hamburg Active City Masterplan)を策定した。計画は2024年オリンピック・パラリンピック大会招致に向けて検討された理念・コンセプトに基づいており、当初予定されていた事業を関係者で見極めて絞り込み、計画に盛り込んだ。目標は、運動・スポーツ機会をできるだけ多く創出・拡大し、運動・スポーツに関心のある市民全てがそうした機会を享受できるようにすることである。学校やスポーツクラブにおけるスポーツ環境の向上や、市民スポーツの拡大など、誰もが運動・スポーツに参加できるような機会創出やまちづくりに関する具体的な提案が計画に示されている。事業領域として、マススポーツ(大衆スポーツ)と競技スポーツの2つの大きな柱があり、マススポーツには学校・クラブのスポーツや公共空間におけるスポーツ、スポーツ・フォー・オールの3つの領域に関する事業、競技スポーツにはジュニア育成とトップスポーツという2つの領域に関する事業が、それぞれ位置づけられている。計画には、子供・高齢者・障がい者・難民を対象とした身体活動事業も含まれる。また、医師には運動療法を患者に処方することを求めている。患者の半数以上が運動療法によって臨床的に改善したことも報告されている。主な事業の例を以下に紹介する。

サイクルネットワークの拡大 ・2025年までに移動の25%を自転車にする(2008年は12%)
・駐輪場を増やし、計28,000台収容できるようにする
・280kmの自転車道拡張整備、年間50kmの自転車道建設・修復
・埋立地をマウンテンバイクのトラックに転化
フィットネスステーションの設置 ・市内の公園や公共スペースに7つの屋外ジムを設置
・大きな公園には更衣室やシャワーを整備
・ランナーがプールのシャワーを安く利用できるようにする
スポーツ施設への投資 ・既存のスポーツ施設を競技場やプールとして改修
・新規の宅地開発に合わせてスポーツ施設を新設
・20の学校体育館を改修もしくは建替える
・車椅子に対応した体育館とビーチバレー施設を各地区に設置
アクティブシティの
ロールモデル地区造成
・Oberbillwerder地区にウォーキング・サイクリング等の身体活動を優先した都市開発を行い、2020年代に完成させる
・当該地区には約7,000戸・約2万人が住む予定で、住民は徒歩や自転車でどこにでも行けるようにする
・緊急車両等を除き、原則として車は自治体指定の共有の場所(モビリティハブ)に駐車する
 (地区全体の台数をモビリティハブの収容台数に制限し、住民1人あたりの保有台数を減らす)
・地区内に学校やスポーツ施設、商業施設を整備し、雇用を創出する
・他の地区とのアクセスも整備する
(開発事業者によるイメージ図 Oberbillwerder - ADEPT)

 ハンブルク市では、オリンピック会場や選手村が設置される予定だった港湾地区HafenCity(ハーフェンシティ)でも、欧州最大規模の再開発事業が現在進められている (開発イメージ Über die HafenCity - Überblick - Hafencity ) 。完成時には、大学・住居・店舗のほか、ウォーキング・サイクリング環境も整備される予定である。

 また、市全体を「スタジアム」としてプロモーションしようと、これまで毎年開催されていたハンブルクマラソンやワールドトライアスロンシリーズ(世界最大のトライアスロン大会シリーズ)等に加えて、様々な国際スポーツイベントを招致開催している。2017年にはアイアンマントライアスロン大会やボクシング世界選手権大会、女子ハンドボール世界選手権大会、2018年には車椅子バスケットボール世界選手権大会、2019年にはビーチバレー世界選手権大会や男子ハンドボール大会準決勝も開催するなど、今後も様々な国際スポーツ大会の招致開催を計画している。

 ハンブルク市のアクティブシティ基本計画では現状分析も行われており、人口の80%がスポーツを実施し男女の差はほとんどないこと、市内には240の競技場や120のテニスコートなど計1,600のスポーツ施設があることも報告されている。また、市のスポーツ連盟(Hamburg Sports Federation)によると、市民の約1/3にあたる596,000人がスポーツクラブ・団体に所属している。2018年第6次ハンブルクスポーツレポート(Sixth Hamburg Sports Report 2018)では、約1,000人の才能ある子供たちがオリンピック競技大会出場を目標にトレーニングを受けているという。

 同市は、このように従来よりスポーツ愛好者が多くスポーツ施設も多い都市でありながら、ライフスタイルの変化に伴う市民の運動不足・肥満といった問題や、都市化・高齢化といった課題を抱えていた。その課題解決として、アクティブシティを目指す政策を立て、国際的なGACプログラムに参画したのである(ハンブルク市はトリプルACプログラム時代から参画していた)。

4. おわりに:運動・スポーツの価値を体験しやすいまちづくりへ

 本稿の参考資料に紹介されているインタビュー記事の中で、ハンブルク市のアクティブシティ基本計画立案に関わった議員は、スポーツが持つ価値や意味が変化していると話している。

 同氏によると、20年前に市民に「スポーツがもたらす良い面は何か?」と尋ねたら、楽しさや健康になれることくらいしかあげられなかったものが、今では高齢者が社会で孤立しないように彼らのモビリティ(移動性)を維持すること、シティプロモーションや地域経済の発展もスポーツがもたらす価値として期待されているという。それぞれの立場でスポーツが持つ意味は異なり、価値も多様化している。

 一方、運動やスポーツをするよう人々を動機づける際の課題について、同氏は「ハンブルク市民は政府から言われて行動するよりも自らの意思で行動したい人が多い」と話し、「渋滞の中を車で移動するのか、徒歩や自転車で移動するのか、判断は住民に委ねられており、政府は何をすべきかを言うのではなく、機会を提供することに専念すべきだ」とも指摘している。

 アクティブシティは、まさにそうした機会を提供する環境づくりである。住民に運動・スポーツの機会を提供することは、必ずしも新たなスポーツ施設や公園等を整備することだけではない。既存の施設(スポーツ施設に限らず)や安全性を高めた道路を住民のスポーツ活動のために開放することも含まれる。運動場や公園、歩道や自転車道など、身近に日常生活の中で安心してスポーツできる環境があることで、運動・スポーツをする時間だけでなく普段の移動の中でもスポーツの価値を体験できる。このように、スポーツの意味や価値の多様性を受け入れ、様々な活動ニーズに柔軟に対応できる環境の整備を少しずつ進めていくことが、アクティブシティにつながる。特別なイベント開催時だけでなく、日常生活の中でスポーツの価値を日々感じる人が増えることで、個人の意識・行動変容から地域・社会・世界の課題解決へと、その価値が最大化されていく。スポーツが国際情勢の影響を受けることは免れないが、より多くの人が価値や意義を自ら体感・実感することがイノベーションにつながるのではないだろうか。

<主な参考情報>

  • 本間 恵子 本間 恵子 笹川スポーツ財団 特別研究員
    民間でマーケティング調査分析や政策分析等の業務に20年以上従事。スポーツ政策に焦点をあてたスポーツレガシー研究で2015年に博士取得後、独立行政法人日本スポーツ振興センターで諸外国のスポーツ政策分析を担当、2020年退職。2021年より笹川スポーツ財団特別研究員。専門は、Sport for All、スポーツ政策、スポーツを通じた健康まちづくり。