主な講義内容
子どもを成長させる大人になるために その1
「自分の成育歴を整理する」ことが重要
子どもを成長させる大人になるために、指導者も保護者もまずは自分の成育歴を整理してほしい。どのように育てられたかということは、その人の子育てや指導に大きな影響を及ぼす。
事前質問の中に「過保護や暴言等が目立つ保護者に対して、指導者や周囲の保護者ができる工夫はあるか」という問いがあった。皆さんには、暴言が目立つ人、過保護になっている人の背景に注目してほしい。指導者がその保護者を頭ごなしに否定してしまうと、そこには対立の構図しか生まれない。できれば「僕もそういう時期があったよ」「私もそうだったよ」という共感から始めて、「あなたはなぜそういう振る舞いをしてしまうのか」ということを傾聴してほしい。
子どもを成長させる大人になるために その2
「子育ての軸」「育成の軸」をつくる
次に「家族やチームをどのように育てたいか」「自分たちはどのように運営していくか」を考える。その際に「子育ての軸」「育成の軸」を作ることが重要で、譲れないものを決めたらぶれない強さをもつ。
本日は最低限の軸として3点を紹介したい。1つめは早寝早起きである。成田奈緒子氏は、「からだの脳(生きるための脳)」「おりこうさんの脳(人間らしさの脳)」「こころの脳(社会の脳)」を順に育てることが重要と説く。からだの脳を作るのに不可欠なのが「早寝早起き朝ご飯」である。からだの脳を作っていないうちに無理にスポーツをさせると、最終的にこころの脳が育つ思春期にアンバランスな状態になってしまう。
出典:『高学歴親という病』(成田奈緒子著/講談社+α新書)
2つめは心理的安全である。私たちの脳には、意欲をコントロールする「線条体」がある。子どもの線条体は、リラックスしている時、尊ばれている時、安心していられる時に活発に動き、反対に大人からけなされた時、否定された時、嫌なことを言われた時、理不尽なことをされた時には動かなくなる。
3つめは主体性である。サッカー指導者の池上正氏が中学生を指導していた時のエピソードがある。大差で負けていた試合中に、選手の父親が後ろで金網をぐらぐらと揺らしながら「池上さん、負けているのですよ。ちゃんと言ってくださいよ」と叫んだ。池上氏はその父親に「甘やかしているわけではないですよ。私は、もしかしたら日本一厳しいコーチかもしれないですよ」と言った。なぜ厳しいかというと、子どもたちが今、どのような状況になっているのか自分たちで気づく必要があるからである。池上氏の指導は、子どもたちが自分で気づき判断することを追求している。
子どもを成長させる大人になるために その3
「怒らないスキル」を方法論ではなく原論で
子どもの能力を解放するには、子どもが自分で判断できる環境が必要であり、そのためには子どもたちに任せなければならない。勝つために大人が命令していると、状態が悪い時には子どもたちが集中していないようにみえ、結局は根性論で怒ってしまう。その結果、子どもたちは自分で判断ができなくなる。
スポーツの指導者の中では「自分で考えさせる」ことがトレンドになっていて、コーチたちは怒りながらも一方では「考えろ」と言ってしまい、矛盾している。「怒ることは子どもの成長を妨げる」という原論を理解すると、大人は怒る以外の方法を探すようになる。指導スタイルを変えて成功体験を積み重ねると、怒る必要がなくなる。教育や子育ては単純ではなく、怒るか褒めるかという二者択一ではない点にぜひ気づいてほしい。
子どもを成長させる大人になるために その4
何かを決めるときこそ「放牧」せよ
たとえばサッカーのセレクションなど、何かを決めるときに大人たちがいかに子どもたちに任せられるかが大事である。私はどのセミナーでも、「子どもが何かを決めるときこそ『放牧』しましょう」と話している。放牧とは、もちろん一緒に考えたり聞かれたことに意見を言ったりはするが、世話を焼かないで、子どもたちに決めさせることである。
この時、特に保護者はダブルバインド(=「二重拘束」、2つの違う価値観を持つこと)の状態が起きやすい。普段は「楽しんだらいいよ」と言う一方で、進学や何かを決める際には急に「勝て」「頑張れ」と言い出すダブルバインドになった時に、子どもは最も混乱する。
子どもを成長させる大人になるために その5
空は果てしない「問うスキル」は方法論ではなく哲学
日本サッカー界に多大なる貢献をしたイビチャ・オシム氏は、指導の中で「俺はこう思うけど、おまえはどう思う?」と選手にいつも問いかけていた。「空は果てしないぞ。おまえはもっと上に行けるはずだよ。上に行くにはどうしたらいいのか?」という言葉もある注1)。
オシム氏はそのように問いかけながら、わざとチームにカオスをつくり出し、選手が自分たちで切り替え、考えてコントロールするようにしていた。これは私が先ほどお話しした主体性がないとできないことである。
今は暴言やハラスメント、体罰などに対しては明確にNGが出されるものの、保護者や指導者の望ましい姿やスタイルが提示されていない。保護者であれば家庭で、指導者であればクラブで、教員であれば学校で、スタイルを変えることをぜひ考えてもらいたい。伸ばす大人の行動は、「問いかける」「傾聴する」「楽しませる」「考えさせる」「余裕を持たせる」と「自ら学ぶ」という、5つの他動詞と1つの自動詞がポイントになる。
注1) オシム氏の具体的なエピソードについては、以下を参照。
島沢優子,2023,『オシムの遺産―彼らに授けたもうひとつの言葉』竹書房.
参考文献
成田奈緒子,2023,『高学歴親という病』講談社+α新書.