今日、スポーツを取り巻く環境は激変のうねりの中にある。新たなルールやスタイルで行う競技や身体活動が相次いで誕生し、伝統的な競技も現代的な様相へと変化を重ね、パラスポーツや高齢者スポーツ、女性スポーツにおける取り組みはバリアフリー社会の構築やダイバーシティーマネジメントの象徴ともなっている。
本企画は、ゴールデン・スポーツイヤーズ後に起こるであろうスポーツの未来を語り、わが国のスポーツ振興に何が求められるのかを示す。
今日、スポーツを取り巻く環境は激変のうねりの中にある。新たなルールやスタイルで行う競技や身体活動が相次いで誕生し、伝統的な競技も現代的な様相へと変化を重ね、パラスポーツや高齢者スポーツ、女性スポーツにおける取り組みはバリアフリー社会の構築やダイバーシティーマネジメントの象徴ともなっている。
本企画は、ゴールデン・スポーツイヤーズ後に起こるであろうスポーツの未来を語り、わが国のスポーツ振興に何が求められるのかを示す。
前列・左:田口 亜希 氏、右:田中ウルヴェ 京 氏
後列・左:稲垣 康介 氏、中央:鈴木 大地 氏、右:渡辺 守成 氏
稲垣 2019年は日本国内がラグビーワールドカップで非常に盛り上がりました。まずは、この大会を振り返っての感想と2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けてふくらむ期待などを、それぞれのお立場からお聞かせください。
鈴木 19年、20年と続く大きな国際大会は非常に盛り上がると期待しています。しかしながら日常とのギャップがどうしても出てしまうのではないでしょうか。それをこれからいかに平準化していくか。イベントはイベントで盛り上げつつ、日常の生活の中でいかにスポーツに参画していただけるか、それがやはり大切だろうと思っています。
田中 私は、今回のラグビーワールドカップで国際大会のビフォーアフターをメディアの仕事を通して、肌で感じることができました。自国開催をしたことによって、みんなが運動に関心をもったのなら、それはよいことだなと思います。
田口 単にパラリンピックをやってますではなく、いろいろな冊子を配ってルールを覚えてもらったり、会場でもMCの人がルールや試合について説明したり、ただ勝敗だけじゃなく、実際に何が起こっていてどういう頭脳戦があったとか、そういう見方ができるような工夫が必要だと思います。そして実際に会場で楽しんでもらって、またパラスポーツをみに行こうよ、と思ってもらいたい。ラグビーワールドカップをみていてそんな思いを強くしました。
渡辺 これから始まるオリンピックにしても、ラグビーにしても、日本におけるスポーツの位置づけがはっきりしないと結局はただのエンタテインメントとして終わってしまう危険性があると思います。そこの戦略をしっかりしないといけない。
稲垣 投資するのだから、リターンがあったほうがいい。スポーツでは投資に対するリターンという単純な話ではないと思いますが、実際にIOCの中で動かれていて、そこはどのように感じていらっしゃいますか。
渡辺 オリンピックを開催したことによるレガシーは数字化するのも難しい。そうであっても、オリンピックを開催したことで高齢者がスポーツをやるようになり、社会保障費がこれだけ下がりましたとか、しっかり算出した数字で表す必要があると思います。そうやって国民の支持を広く得ていく必要があるのではないでしょうか。
稲垣 パラリンピックも報道が増えて、その時は盛り上がると思いますけど、一過性に終わる懸念もあります。そうした中でパラスポーツが社会に根付いていくように田口さんが取り組んでいらっしゃることはありますか。
田口 障害のある人のスポーツ実施率は健常者と比べるとグンと下がるという現実があります。もちろんスポーツを好んでない障害のある人もいますが、やりたくてもできない人もたくさんいるのではないかと。そういう状況も、2020年のパラリンピックが開催されることによってスポーツ施設のバリアフリー化が進展すると、改善が期待できる。こうしたことが実現すれば2020年に自国開催した意義になるのではないかと思います。
バリアフリーは障害のある人たちだけのものではなく、これから高齢化社会が進むと絶対必要になってくるものです。
稲垣 オリンピックの組織委員会は大会が終わって1年後には解散してしまいます。そうなるとその先はこれまで以上にスポーツ庁が果たす役割が大きい。鈴木長官は積極的に地域のスポーツ現場にも赴かれていて、どのように感じておられるでしょうか。
鈴木 スポーツは国民の健康増進に加え、これからビジネスとしての可能性も大きく、地方を活性化するという効果も期待できる。
近年、いわゆる先進国で開催されたオリンピック・パラリンピックで、大会が終わってスポーツをする人が増えたというエビデンスはなかなか見つかりません。だからこそ2020年はオリンピック・パラリンピックの前後で、国民のスポーツ実施率が上がるとか、国民が健康になるんだということを示していきたい。
稲垣 田中さんは、日本だけでなく、たとえばフランスやイタリア、アメリカでもコーチを経験されています。他国におけるスポーツの取り組み方に接して、どのようなことを感じたでしょうか。
田中 ひとつは、「使役動詞は使わない」ということ。何事も「誰かにやらされている」と感じてしまった瞬間に、自分で自分の行動をコントロールできないことになり、実力が発揮できなくなってしまう。こういったマインドセット(考え方)は頭で理解するものではないので、オリンピックのような大きなイベントを通して「考え方を体感する」というようなことがあるといいなと思っています。
もうひとつはオーバー・ジェネラリゼーション(過度の一般化)をしないということです。オリンピックを自国開催することによって、たくさんの異文化にふれ、「過度な一般化」の考えではなく多様な価値観で視野を広げられるようになることはオリンピックの価値のひとつであると思います。
稲垣 IOCを取材する中で、その素晴らしい理念が実体を伴っていないと感じる時もあります。昨今では大会に立候補する都市も少なくなっていますが、オリンピックやパラリンピックがもつ力というのは今でも有効なのか、あるいは持続可能なのでしょうか。
渡辺 今でもオリンピックのもっているパワーはすごいと思います。平和に貢献するとか、人類が直面しているさまざまな問題を解決するアクションができる団体でもあります。スポーツ、運動は人生の中の大きな柱なんです。もともと日本では、企業の中で運動会があったし、ラジオ体操もみんなでやって、スポーツが生活において大事なものであるという文化はありました。この東京オリンピックを機に、そうした姿を取り戻したい。
稲垣 スポーツ庁ができて4年になります。厚生労働省や国土交通省に関連するスポーツ政策に横ぐしを刺し、スムーズで効果的なスポーツ行政を進めることがスポーツ庁設立の意義でした。4年間での収穫や、今取り組んでいらっしゃることがあれば教えてください。
鈴木 2018年から厚労省と連携会議を設け、スマートライフプロジェクトなどとの連携に取り組んでいます。
また、トップアスリートの皆さんにも「スポーツをしよう」などの積極的な発信をお願いしています。アスリートが社会貢献、社会還元してはじめて国民の理解、強化に公金を投じていることへの理解が得られる。そうすれば社会課題の解決の為にスポーツ予算もいただけると考えています。
もうひとつ、2015年からスポーツ庁が障害者スポーツを所管させていただいていますが、以前は厚労省の所管でした。その時期はパラリンピックを目指す選手などがナショナルトレーニングセンターを使えなかったんです。2016年に私が発表した競技力強化のための支援方針では「オリ・パラ一体化」を掲げ、そこに差を設けないことを謳っています。
稲垣 スポーツの価値をより積極的にアピールすることが大事ですね。予算の話でいえば、オリンピックが終わったらスポーツの強化はもういいんじゃないか、という声も当然出てくると思います。
鈴木 20年度と21年度以降はやはり強化に対する支援に多少は温度差が出ると思います。そういったことを見据えて団体の経営力を強化する取り組みを進めたり、選手の発掘や競技転向を促進する「J-STARプロジェクト」を2017年から始めたりしてきました。21年度以降も、競技団体が公金のみに依存しない運営や、効果的・効率的な競技力向上ができるように、引き続き進めていきたいと考えています。
稲垣 先ほどスポーツは人生の基盤になりうる、それをちゃんと意識することが大事だというお話がありました。オリンピック以降、スポーツはどのように変化していくのでしょうか。
渡辺 日本のスポーツ界の上下関係、ヒエラルキーが嫌で辞めていく人が多い。だからライフスタイルの中にスポーツが根付いていかない。
その中でアーバンスポーツと呼ばれるものはフラットなんです。すごく気楽に始められます。サーフィンやスケートボードなどは引退がなく、高齢になってもやっている人がたくさんいます。こういった現実をトラディショナル(伝統的)なスポーツの関係者は真剣に考えなくてはいけないと思います。
稲垣 オリンピックでは東京大会でもスポーツクライミングなどが、パリ大会からはブレイクダンスが入りましたが、スポーツ庁としても若い人たちにアピールしてスポーツ人口を増やすことは大きなテーマとなりますね。
鈴木 楽しい遊びのようなスポーツ、障害者でも高齢者でも楽しめるスポーツをもっと提供していかないといけないと思っています。スポーツ庁では「スポーツ・イン・ライフ」といってますが、1人でも多くの方がスポーツを楽しみ、スポーツを行うことが生活習慣の一部となる、そのような社会を提案しています。
競技スポーツに関しても、その取り組み方を変えていく時期に来ています。一時期に燃え尽きたり、けがをしてしまったりするのではなく、生涯にわたって長くスポーツをしてもらいましょうと。
稲垣 シンクロ(シンクロナイズドスイミング;現在はアーティスティックスイミング)は1984年のロサンゼルス五輪で採用された新しい競技でしたが、田中さんは最近の新しいスポーツで若年層を取り込もうという流れをどのように考えてらっしゃいますか。
田中 多様な選択ができるために多様なスポーツがあることが大切であるという意味では、トラディショナルなスポーツが残ることも当然大切だということですよね。厳しい規律の中で伝統的なスポーツをしたいという人は当然います。強制的に厳しくされるのではなく、主体的に厳しくしてほしい、と選択してくる人はいるわけです。
鈴木 ただ、今の時代、安心・安全を第一に、適切な指導を専門性の高い指導者から受け、やらされるのではなく自ら楽しくスポーツに親しむことは重要です。2019年には「スポーツ団体ガバナンスコード」を策定しましたが、そのあたりを一生懸命、時代に合わせて変えていこうとしています。
稲垣 パラスポーツでは、東京大会でパラバドミントンとテコンドーが入りますが、何か、いろんな人をインクルード(包括)できるパラスポーツの新しい流れなどはありますか。
田口 大会に来ていただいて、パラアスリートたちの素晴らしさをみてほしい。そこを伝えていきたいと思っています。
もうひとつは、スポーツって小さい頃からじゃなくても、途中からでも始められるということです。パラスポーツの世界では障害をもってからがんばって登り詰めた人がいっぱいいます。年齢に関係なく、自分に合っているスポーツは見つけられると思います。
稲垣 従来のスポーツのありかたとは一線を画し、スポーツをより楽しむ方向になっているという話がありましたが、トラディショナルな競技が時代に合わせて変わっていくことの難しさ、また新しいスポーツの可能性についてどのように考えておられるでしょうか。
渡辺 パラスポーツは確実に伸びるという実感があります。今回のパラリンピックを通して、多くの方がパラスポーツに理解を示してくれると思います。高齢化社会が進むという意味でもパラスポーツに注目が集まるでしょう。
トラディショナルなスポーツに関しては少子化という社会背景がありますし、先ほど指摘したヒエラルキーを壊せないという課題を抱えています。
稲垣 そうした中でもトラディショナルな競技がオリンピック種目から外れる危機に直面し、少しずつ内容を変化させる流れがあると思います。さらにドラスティックに変わっていくのでしょうか。
渡辺 衰退を食い止めるためには、各競技団体がさまざまなアイデアを出して変わっていくしかありません。日本で最も先進的な取り組みをしているのは太田雄貴氏が会長を務める日本フェンシング協会でしょう。エンタテインメント化を進めて、よりみてもらえる、楽しんでもらえるスポーツに変えていこうとしています。すると選手はもっとがんばろうという気持ちになり、がんばっている姿がファンを増やし、ファンが増えるとお金も入る。お金が入ればさらに競技の魅力を高めるための資金に回せる。そういう理想的なサイクルをつくろうとしています。
稲垣 努力する競技団体が生き残っていくということですが、IOCマーケティング委員のお立場で、マーケティング的に変わろうという話題は出たりするものでしょうか。
田中 最近のマーケティング委員会ではeスポーツの話、そしてIOC自体のマーケティングにどうやってICTを入れていくか、という話題が多くなりました。ビッグデータをどのように管理していくかという話もあります。
稲垣 鈴木長官は水泳という花形競技の金メダリストで、日本水泳連盟の会長も経験された中で、トラディショナルなスポーツの難しさを感じているのか、それとも健康増進という面を含めて、親御さんの理解を得ていると感じていますか。
鈴木 水泳は子どもの習い事の中では結構人気のある方です。陸上と水泳はオリンピックからなくならない。そう思っている関係者は多いのですが、やはり変化していかなければ水泳といえども没落していく可能性は十分あるでしょう。
稲垣 アメリカなら秋はアメフトかサッカー、冬はレスリングかバスケット、春になると野球かテニスというように、シーズンごとにいろいろなスポーツを楽しめる国もあります。日本ではこれがなかなかうまくいきません。
田中 自分でいろいろ選べるというのはいいですよね。しかも、海外では同じ競技でもコーチを変えたければ変えられる、ということもあります。日本だったら競技によってはコーチを変えにくい。海外はそのあたりはすごくフレキシブルです。
稲垣 日本の場合は指導者を変えられない。一方で学校では部活の顧問のなり手がないケースも増えています。学校の先生も自分の子どもをほったらかしにして、休日返上で土日に部活動の指導はできにくくなっている。そこで地域のスポーツクラブ、外部指導員に部活を指導する役割を担ってもらおうという動きがあります。
鈴木 部活動は、学校と地域が共に協働・融合しながらスポーツ環境を整える、そういう時代にきていると思います。
現在の部活動の長所の一つとして、無料に近い形でスポーツ活動ができるということがあります。いい指導者にお金を払ってスポーツができるという社会になると、スポーツの経済格差が生まれて、お金持ちだけがスポーツを楽しめることになる。でもそれは困る。
競技団体にとって部活動が選手の供給源になっているのも事実です。
部活動の改革はステークホルダーが多く、なかなか簡単にはいかないのですが、現場の声に耳を傾けながら少しずつ前に進めていこうと思っています。
稲垣 渡辺さんは先ほどトラディショナルなスポーツが衰退していくというお話をされましたが、たとえば部活から地域クラブへと受け皿を変えることによって状況を打開できるとお考えですか。
渡辺 新しいスポーツが発展していくと、当然トラディショナルなスポーツの方は焦りが出てくると思います。そうすると自然にヒエラルキーが壊れていくという流れになっていくのかなと思います。
稲垣 田中さん、欧米での指導はどのような感じでしたか。
田中 コーチは選手たちに楽しく効果的な練習をさせる方法を知らなくてはいけない。評価シートにもそのように書かれてしまう。選手は「カスタマー=サービスを受ける側」という感覚です。そしてコーチは能力によって査定されてお金をちゃんと貰います。
海外ではCSR(企業の社会的責任)をしっかり果たしている会社の株価は上がりますよね。CSRの価値を認めたお客さんがその会社の商品を買う。そうやってスポーツにお金が落ちる。ヨーロッパだとそういうことが成り立っています。
稲垣 新しいスポーツの究極がeスポーツです。IOCも一時期は距離を置く慎重な姿勢でしたが、2017年に行われた五輪サミットで、再びeスポーツに関して積極的な提言を出しました。IOCは現在、eスポーツをどのように考えているのでしょうか。
渡辺 翌年の2018年の五輪サミットで出てきたのは、スポーツへの入り口としてeスポーツはいいのではないのかというレベルの話で、そこから先、それをスポーツとして認めるかどうかというのは、まだまだ議論としては十分じゃないという認識です。バッハ会長がかつていっていたのは、スポーツは透明性、公明性が原理原則であると。それをeスポーツでどうやって担保するのか、という問題はまだまだ議論しなければいけません。
鈴木 われわれがお墨付きを与えるのはまだ早いんじゃないか、少し事態を見守ろうという議論になっています。でも中身は非常におもしろい。実際に体を動かすこととテクノロジーがうまくつながれば、入り口としては最高だし、発展性もその意義も認めます。
稲垣 インクルーシブという意味では、健常者の方でもパラスポーツの方でもeスポーツのほうが親しみやすい、ということはあるのでしょうか。
田口 重度身体障害者の人で、親指しか動かない人がいます。パラスポーツはできなくてもeスポーツならできる人もいるでしょう。
鈴木 障害のある人にとってはeスポーツが運動になる場合が十分あるし、高齢者にしてみたら脳を活性化させる効果があるかもしれない。ですから「人による」というところは押さえておかないといけません。ただし、四肢が動く人であれば、普通にある機能を使って運動をしてほしいという気持ちはあります。今、日本学術会議にeスポーツはスポーツなのかというテーマを学術的見地から検討してもらうなど、判断材料を集めているところです。
稲垣 インクルージョンの観点で、最近は混合種目がオリンピックで流行っています。多様性ということを含めて、最近のそういった流れをどのようにお考えでしょうか。
田中 女性がスポーツをしてもいい世界になってきたのはとてもよいことだなと思います。ただし、宗教的・文化的な問題でいうと、世界中には女性がスポーツをさせてもらえない、スポーツウェアを着させてもらえない、という国・地域がまだまだたくさんあります。
シンクロでは、近年ようやく世界水泳選手権で男子が出場する正式種目ができました。男性であろうと女性であろうとやりたいスポーツをやれるということは大事だと思います。
稲垣 2020年東京大会ははじめて出場選手の男女比が同じくらいになる大会というのがIOCの売りでもありますが、IOCの取り組みを含めて少しお聞かせください。
渡辺 IOCは男女平等を推進していて「アジェンダ2020」でも触れていますし、必ず男女平等に近づくでしょう。男女平等は当たり前の話だし、今の流れでは女性の発言力がだんだん強くなってきています。IOC内に、「スポーツにおける女性委員会」があります。そこでは、女性だからという理由でスポーツのできない国が世界には多いため、対応策もいろいろ話し合わないといけない。いつも活発な議論が行われています。
田中 私は車いすバスケに長く携わっていますが、車いすバスケは障害の程度の違う選手たちがうまく役割分担してプレーし、シュートを決めるスポーツです。それぞれ得意、不得意があって、みんなで協力してメダルを目指しています。それと一緒で男女を混合することで新たな魅力が生まれると思います。それをトラディショナルなスポーツでやることはイノベイティブな発見にもつながると思います。
稲垣 車いすラグビーだと、障害の違う人がひとつのチームになっています。そういった意味では、パラスポーツは混合的なものの先駆けといえるかもしれませんね。
田口 そこがパラスポーツのイクオリティ(公平)の部分だと思います。
あとはパラスポーツも今、男女の人数を同じにしていこうとしていますけど、無理やり女性を出させようとするとレベルが低くなってしまう恐れがあって難しいところです。
稲垣 渡辺さんから「パラスポーツには可能性がある」というお話がありましたが、企業はなぜパラスポーツを応援しようと考えるのでしょうか。
渡辺 まずひとつは日本が超高齢化社会を迎えるということです。今後のマーケットの対象は主に高齢者になるわけです。企業は基本的には利益を追求するわけですから、高齢者と関連が深いパラスポーツに可能性を感じるのでしょう。あとは多様性ということでいうとパラリンピックのほうがオリンピックよりわかりやすいということはあるでしょう。
稲垣 今、スポーツ産業を盛り上げていこうということで、国は市場規模で15兆円という野心的なターゲットを掲げてますが、その将来性、見通しはどうでしょうか。
鈴木 2012年時点でのスポーツ産業の規模は、およそ5.5兆円ですが、私自身はものすごく可能性を感じています。スポーツは健康・保険・教育・観光・ファッションなど多くの他産業とリンクしていますし、同時にスポーツの価値を高めるための映像コンテンツやデータ・AIの活用、AR・VRなど科学技術もかなりの勢いで進歩しています。これらを効果的に組み合わせれば、健康の増進や持続可能な社会などの「社会課題の解決」にもつながると考えています。
高齢化社会で車いすになる人が増える一方で、100歳、120歳まで元気な姿で生きられる可能性も高まっていくでしょう。そういう意味で、車いすになった人たちなどのための障害者スポーツの推進も大切ですし、120歳までの余暇としてのスポーツというものを考えると、ビジネスとしてもさらに伸びていくのだろうと思っています。
稲垣 官だけではなく、民も一緒に盛り上げなくてはいけないと思うのですが、スポーツ産業は今後どのようになっていくのでしょうか。
渡辺 民間事業者は自然とスポーツ産業に関わっていくと思います。それぞれの業界も変わってきています。高齢化社会対策で、モノではなく、コトにシフトしていくしかないでしょう。コトとは何かといえば、スポーツとかヘルスケアだと思うんですよね。
稲垣 鈴木長官はスポーツの価値をものすごく感じながらも、国を動かすのはなかなか大変だと感じた4年間を過ごしたと想像します。そうしたこれまでの経緯を踏まえて、任期中にこれだけはやっておきたい、ということはありますでしょうか。
鈴木 スポーツは健康の増進につながる、医療費の抑制にも貢献する、ビジネスのコンテンツにもなる、地域の活性化にも使える、スポーツで国際交流もできる、そして国連が設定するSDGsなど社会課題の解決も図ることができる。そういったさまざまな価値を認識していただくことに、任期の最後まで力を注ぎたいと思います。
ただし、スポーツ庁がどんなに頑張っても限界が当然あります。われわれの予算は350億円程度ですが、健康行政をつかさどる厚労省は31兆円という規模です。国民の健康はその国の発展の基盤となるものですから、将来的にはスポーツと保健、スポーツと健康が一体となった行政になると、スポーツがより大きな役割を果たせるのではないでしょうか。
稲垣 日本のスポーツ産業で一旗揚げようという人はあまりいないように思います。優秀な人たちがスポーツ産業になかなか入ってこないという印象もあります。現状はいかがでしょうか。
田中 スポーツの世界に飛び込みたいと考える有能な人はたくさんいると思います、ただし、スポーツの世界は閉鎖的な側面があり、その競技出身じゃないとだめだとか、出身校による学閥などが障壁になっているのは事実でしょう。海外で勉強し能力を培ってきた人が日本でその専門性を発揮できないという問題もあります。海外で勉強しても日本で使ってもらえないとなると、そうした人材は日本には戻らず海外でキャリアを積んでいこうということになってしまいますね。
稲垣 日本のスポーツ界でもさまざまな取り組みをしていますが、世界のスポーツ関係者と交流をもつ中で、世界がポスト2020の日本に期待していることは何でしょうか。
渡辺 残念ながら世界のスポーツ界からすると、何で日本は東京でオリンピックをやりたいのかが、はっきりとはみえないんです。ロンドンだったら街の再開発をやって活性化しましょうという明確なビジョンがあった。カタールは国としての歴史は浅いですけど、どこに行っても「Sports for Life」という合言葉があります。日本ならテクノロジーを活用した次世代のヘルスケアとスポーツのありかたのようなものがテーマになるべきだったのかもしれませんが、情報発信力が足りなかったのか、あまりみえてこないというのが現状です。
今後、大会が行われるパリとロサンゼルスに関しては、ビジョンは非常にあると思います。特に、2028年のロサンゼルス大会でオリンピックの形は大きく変わるのではないでしょうか。そうした流れに乗って日本のスポーツ界も変わっていくと思います。トラディショナルなスポーツが変化していくし、新しいスポーツもパラスポーツも台頭していく。大きな潮流になっていくのではないかなと思います。
鈴木 各国が興味をもっているのは、スポーツが社会にどのようなよい影響を及ぼすのか、スポーツがどう社会課題を解決するのか、というところです。少子高齢化社会の先頭を切る日本がどのように社会課題を解決していくのか、すごく注目されています。
だからそのリターンとして、オリンピック・パラリンピックを開催すると、その国の人たちはスポーツをするようになる、健康になる、医療費も抑制できるんだという実例を示したい。
田口 障害のある人が適切に使える施設づくり、施設にアクセスするための交通機関が必要ですし、それが実現できれば障害者だけでなくみんなが使える「Sports for Everyone」になると思います。あと、2020年を開催することによって、今、パラアスリートを雇用したいという企業が多くあります。それによって障害のある人でも、施設など環境さえ整っていれば働けるということがわかってもらえると、パラアスリートだけでなく障害者の雇用につながっていくのではないかと期待します。障害者が雇用されると、彼らが納税者にもなります。このような変化は必要なのかなと思っています。
健康という部分でいうと、今、保険の関係で、自立すらできないまま病院を出される、リハビリが最後まで終わらずに、ベッドから車いすに移れるようになっただけで病院から出されてしまう人たちがいます。そうしたケースで十分なリハビリができず、その後もじょくそう(床ずれ)に悩まされているパラアスリートもいます。こういったところは、スポーツ庁と厚労省が手を携えて、しっかりした仕組みを整えてもらえたらと思います。
2020年がその後にしっかり続いていってほしいと思います。パラアスリートをみて、障害をもつ子どもたち、人生の途中で障害をもった人たちが何かを始めるきっかけになったら嬉しいです。
田中 今から何ができるかを考えた時に、2030年までの間に「当たり前に使われている言葉の意味をちゃんと知ること」が大切だと考えます。
たとえば「スポーツは心と体によい」。それを知るために、たとえば「スポーツは心と体によい」と体感できる階段があってもいいでしょう。運動って「身体で感じること」ですから。ここは交感神経が優位になる階段ですとか、ラグビー選手の動きが体感できる階段ですとか、そういう小さなアイデアで人が楽しさを感じて、体を動かすことで心動かされる体験ができれば素晴らしいと思っています。