2023年8月10日
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2023年8月10日
スポーツライフ・データは,2020年調査より世界保健機関(World Health Organization: WHO)「世界標準化身体活動質問票(Global Physical Activity Questionnaire: GPAQ)」1)を追加し,2022年も継続して調査された.GPAQでは,仕事・移動・余暇という領域別の身体活動量を聴取している.これらを合算して生活全体における総身体活動量を算出できるだけでなく,「生活における場面(仕事・移動・余暇)ごとにどれぐらい身体活動を行っているのか」という実態を把握できる点がGPAQの強みといえよう.こうした強みを踏まえ,過去のスポーツライフ・データ2) や既報コラム3) では,日本人の領域別身体活動の特徴を検討している.
本稿では,新たな分析から明らかとなった日本人の領域別身体活動の特徴を紹介しつつ,健康増進施策を考える上でのポイントを考えていきたい.本稿の主要なメッセージは,以下の通りである.
主要なメッセージ
① 各領域の身体活動の実態を捉えるには,平均だけでなく分布を確認することも重要である
② 領域別身体活動の視点から身体活動量全体を捉え,健康増進施策を検討する必要がある
はじめに,過去のスポーツライフ・データを用いた分析結果2)3)からも明らかにされた,日本人の領域別身体活動の特徴を再確認したい.図1は改めて最新のスポーツライフ・データ2022を用い,性・年代別に仕事・移動・余暇の身体活動量の平均を算出し,これらの平均を1本の棒グラフとして積み上げた上で総身体活動量の平均も併記したグラフである.一見してわかるように,日本人の身体活動に関する特徴の一つとして「20歳代以上の若年~中年層において,仕事の身体活動量が多い(特に男性において顕著)」という点が挙げられる.
注1)小数点以下の値を省略して記載しているため,仕事・移動・余暇の身体活動量を合計しても総身体活動量と合致しない場合がある.
注2)上記グラフの単位は「メッツ・分/週」であるが,既報コラム3)やスポーツライフ・データ2)4)では「メッツ・時/週」(メッツ・分/週の数値を60分で割ったもの)を扱っている.そのため,過去の結果2)-4)とは数値が大きく異なるが,結果の解釈に大きな違いはない.
笹川スポーツ財団(2022)「スポーツライフ・データ2022」より作成
図1のメリットは,「平均」というわかりやすい指標で,どの領域の身体活動量が多いのかを視覚的にすぐ理解できる点にある.一方で,各領域の身体活動が極端に多い(または少ない)人が含まれる点は注意が必要である.調査データを扱う際に「平均」を使用するデメリットとして,極端に高い数値(異常値)の影響を受けやすい点がある.また,図1の作成に使用したサンプルには,各領域の身体活動量が0だった人も含まれるのだが,そうした人がどれほど存在しているのかも,図1からはわからない.よって,仮に仕事の身体活動量が極端に高い人がデータに含まれていたとすれば,仕事の身体活動をまったく行っていない人が多数いたとしてもその平均は高い方へと引き上げられてしまい,その数値をもってデータを解釈してしまう可能性がある.
そこで,こうしたデメリットに考慮すべく,領域別身体活動量の「平均」に加えて「分布」も確認してみたい.図2は,横軸に示す各領域の身体活動量に応じて,人数の多寡を縦軸にて表した分布である.併記した記述統計量が示すように非常に散らばりが大きいため,通常のヒストグラムのような形にはせず,便宜的に範囲を区切って度数を示している.
笹川スポーツ財団(2022)「スポーツライフ・データ2022」より作成
図2の分布および併記した記述統計量から,各領域において身体活動量0(まったく行っていない人)が最も多いことがわかる.ただし,領域間で特徴を比較すると,仕事は身体活動量0の人が最も多い上に,最大値と標準偏差の値が示すように横軸の散らばりが大きい.一方,移動は身体活動量0の人が最も少なく散らばりも最も小さい.余暇は,上述した仕事と移動の特徴の中間のような形である.つまり,「仕事での身体活動を行っていない人は非常に多い一方で,仕事で身体を動かしている人の中には極端に活動量が多い(仕事でかなり身体を動かしている)人がいる」ということである.逆に「移動による身体活動を行っている人は多いものの,その身体活動量自体が多い人は少ない」ということになる.
前章では,図1を解釈する際に,平均だけでは結果を誤認する可能性があることを述べてきた.ここでもう一つ注意すべき点として,図1は仕事・移動・余暇それぞれの身体活動の厳密な構成比を表しているのではないことにも触れておきたい.図1は各領域の身体活動量の平均を便宜的に1本の棒に積み上げている.よって,例えば図1の全体であれば「総身体活動量2,073メッツ・分/週のうち,仕事は60.2%,移動は18.6%,余暇は21.2%という構成比である」という考え方も可能ではあるが,実際は図1を作成するために使用したサンプルの中には「仕事の身体活動だけを行っている人」「仕事と移動の身体活動を行っている人」「仕事・移動・余暇すべての身体活動を行っている人」「いずれの領域の身体活動も行っていない人」といった,各領域の身体活動をさまざまな組み合わせで実施している人々が混在している.
そこで,各領域の身体活動を実施しているか・していないかにより8パターンに分け,どの実施パターンが多いかを図3に示した.どの実施パターンが多いか視覚的に判断できるよう,ベン図の円とその重なりの大きさは実際の%と対応している.
笹川スポーツ財団(2022)「スポーツライフ・データ2022」より作成
図2の説明でも述べた「仕事での身体活動を行っていない人は非常に多く,他方で移動による身体活動を行っている人は多い」という特徴は,図3の仕事と移動の円の大きさからも判断しやすいだろう.図3からわかるように,各領域の身体活動の実施パターンとしては「移動のみ」(21.6%)が最も多く,次いで「移動と余暇」(14.0%),「余暇のみ」(11.9%)となっている.
ちなみに図3で示した各領域の身体活動の実施パターン別に,推奨される身体活動量の達成状況を検討し,図4に示した.ここでの推奨身体活動量は,WHO(世界保健機関)による「中強度の身体活動を週に150分,または高強度の身体活動を週に75分,これらと同等の組み合わせ(GPAQにおける600メッツ・分/週に相当)」を使用している.
注1) WHO(世界保健機関)が示す身体活動量の基準は「中強度の身体活動を週に150分,または高強度の身体活動を週に75分,またはこれらと同等の組み合わせ(GPAQにおける600メッツ・分/週に相当)」を指す.
笹川スポーツ財団(2022)「スポーツライフ・データ2022」より作成
図4を概観すると,複数領域の身体活動を実施している人は,WHOが推奨する身体活動量基準を満たしている人が多いといえる.もちろん,複数領域の身体活動を実施している人の中には,特定領域の身体活動に偏っている人や,比重が大きい領域の身体活動だけで基準値を満たす人(例えば仕事は600メッツ・分/週,移動は50メッツ・分/週行っているケースなど)も含まれる.よって,「複数領域を『バランスよく』実施しているから,身体活動量基準を満たしている」というわけではない点には留意すべきだが,なかなか興味深い結果である.他方で,1領域のみの身体活動を行っている場合は,「仕事のみ」は9割近くがWHO基準を満たしているが,「余暇のみ」「移動のみ」だと約半数~6割弱と低くなっている.
本稿のまとめとして,冒頭に示した主要メッセージを振り返りつつ,図1~4の結果を踏まえ,今後,健康増進施策を考える際のポイントを説明する.
主要なメッセージ(再掲)
① 各領域の身体活動の実態を捉えるには,平均だけでなく分布を確認することも重要である
② 領域別身体活動の視点から身体活動量全体を捉え,健康増進施策を検討する必要がある
まず,メッセージ①「各領域の身体活動の実態を捉えるには,平均だけでなく分布を確認すること」は,身体活動量0の人が多い(少ない),あるいは身体活動量が極端に高い人が多い(少ない)領域があるため重要なポイントである.このポイントを押さえておかないと,有効な身体活動増進施策とならないこともありうる.
例えば,図1では総身体活動量に占める仕事の身体活動量の割合が大きいように見え,さらに図4では仕事の身体活動を行っている人はWHOの身体活動量基準を満たす者の割合が高いので「身体活動量基準を満たす方策を考える上で,仕事での身体活動は日常生活で取り入れやすく有効では」と考える人がいるかもしれないが,それは早計である.図2・3から,仕事は身体活動を行っていない人が最も多い領域であると分かるからだ.
一方,移動に関しては図1から活動量の少なさがうかがえるが,「実施しているか・いないか」という点では実施している人が最も多い領域でもある.移動は日々の生活でも取り入れやすい行動なので,身体活動増進のアプローチとして適しているとも考えられる.しかし移動に関する身体活動増進施策を取り入れる際の難しさは,図4から示唆されたように,移動の身体活動だけが増えたとしてもWHOが推奨する身体活動量まで達しない人も多数出てくるかもしれない点にある.そこで,移動そのものを増やすだけでなく,他の領域に関連した身体活動も増やして,トータルでの身体活動量を増やそうといった取り組みも考えられる.ここから,「領域別身体活動の視点から身体活動量全体を捉え,健康増進施策を検討する必要がある」というメッセージ②の重要性を理解してもらえるだろう.
総身体活動量は各領域の身体活動を組み合わせて構成されるので,総身体活動量を増やすには「どの領域の身体活動を増やすのか」という考えが必要になってくる.そうなると,ターゲットにおける領域ごとの身体活動の実施やその活動量の大小により,施策は大きく異なってくる.このような視点での身体活動量の捕捉が重要であり,それこそがGPAQの強みでもある.「日本人の身体活動のいま」を知るために,GPAQを積極的に活用しない手はない.今後も,健康増進に向けた多方面からのGPAQの活用を期待したい.
スポーツライフ・データ
2023年度