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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

始めよう!スポーツ研究:スポーツライフ・データはどう「使える」のか?

2024年9月10日

スポーツライフ・データはどう「使える」のか?

はじめに

 はじめまして。今回、初めてこちらのコラムを書かせていただきます、東京女子体育大学の笹生と申します。過去のコラムでは、過去や直近の「スポーツライフ・データ(以下「SLD」)」の中身をまとめているものがほとんどと思います。ですが、今回はそうしたコラムとは異なり、そもそも笹川スポーツ財団が実施している各種調査、特にSLDの元となる「スポーツライフに関する調査(以下「SL調査」)」の結果はどのように「使える」のかについて、スポーツに関する研究者の立場から解説したいと思います。これからスポーツに関する研究を始めてみようという人に読んでいただけると幸いです。

1.スポーツに関する統計調査

 日本における各種スポーツ関連政策を企画・立案するうえで、基礎的な資料として用いられてきたのが、政府が実施している「スポーツの実施状況等に関する世論調査」等の世論調査である。これらは、時代ごとに担当省庁等が変化しながらも、60年近く継続的に行われてきた重要な調査である。例えばスポーツ基本計画では、直近の世論調査の結果を踏まえ、成人のスポーツ実施率等の数値目標が定められている。 

 一方、こうした公式な統計ではないものの、SL調査も1992年から30年以上継続的に実施されている、きわめて重要な調査である。上記の世論調査と質問項目が重なる面も多いが、世論調査はどちらかというと「する」面に焦点を当てることが多いのに対して、例えば「好きなスポーツ選手」など、「みる」「ささえる」などの面に対する詳細な質問を行っている点が、SL調査の大きな特徴である。 

2.母集団とサンプリング

 アンケート調査で一番重要なことは、ある母集団を策定し、その母集団から適切にサンプルを抜き出して調査を実施することである。これが適切に行われない場合、その調査結果は歪んだものとなってしまう。

 母集団とは、調査の結果、傾向を明らかにしたいと考える人間の集団全体のことである。例えば、「日本人の○○に関する意識を明らかにしたい」といったテーマを構想した場合、1億人以上の日本人(あるいは日本に在住する人)全員にアンケート調査を実施することは現実的でない。

 そこで必要とされるのが、サンプリングである。これは、上記の例で言えば1億人以上の日本人(日本在住者)の中から一部を抜き出し、その人たちのみに調査を行うという方法である。例えば、内閣支持率調査などで「たった数百人にしか調査していないのに、日本人(日本在住者)全体の正しい結果と言えるのか」と疑問に思う人も多いだろう。しかし、居住地、性別、年齢などの様々な条件に偏りがないようにサンプルを取り出せば、母集団全体の一部に対して調査を行うだけで、母集団全体の傾向を「正しく」描くことができる。

全数調査

全数調査は、調査の手間や費用が膨大になるがデータは正確。
例:国勢調査、経済センサス

標本調査

標本調査は、全数調査にデータの正確性は劣るが、手間や費用負担は軽い。 偏りがないようにサンプルを選べば全体の傾向を「正しく」把握できる。
例:SL調査、労働力調査、家計調査など

 SL調査の場合、母集団は「全国の市区町村に居住する満18歳以上の男女」で、様々な条件に偏りが出ないように「割当法」という方法で3,000人のサンプルを抽出している。そして、この3,000人にただ調査票を送りつけるだけではなく、調査員が実際に世帯を訪問して調査票を配布・回収する「訪問留置法」という方法を採っている。過去のSLDを見ても、30年間以上ほぼ同じ方法で調査を続けている[1] 。このことは、SL調査のきわめて重要な特徴である。

 一方、世論調査のほうはというと、1972年調査以来、母集団は「全国20歳以上の者」で、「層化二段無作為抽出法」で抽出された3,000のサンプルに対して「質問票による個別面接聴取法」を採っており、これはSL調査とほぼ同様の方法であった[2]。しかし、2016年から調査方法が大幅に変更された。特に大きな変更点は、「調査対象の人口構成比に準拠した割付」に準拠して、登録モニターの中から20,000人~40,000人をサンプルとしたインターネット調査を行うようになったことである。一見、サンプル数が大幅に増えてより「正確」な結果を導けるように見えるかもしれないが、登録モニターの中からサンプルを選ぶ方法は、母集団を歪ませてしまう危険性がある。なぜなら、インターネットを通じたモニター登録の場合、インターネットをあまり使わない人が除外されてしまうからである。そのため、スポーツ実施率などを時系列で示したグラフがあったとしても、2016年調査前後の結果を同じ調査の結果として見なすことはできない[3]。また、ここでは詳述しないが、「スポーツ実施率」というきわめて重要な指標を測るための質問項目が、根拠なく変更されたこともあった[4]

 インターネット調査に比べ、訪問留置法ははるかに手間とお金がかかる。政府が低コストな方向に舵を切る中、調査の一貫性を保ち続けるSL調査は、統計としての信頼性に優れていると言えよう。

3.量的調査にできること/できないこと

 以上のように、スポーツに関する日本在住者の統計を取ろうと思えば、SL調査や世論調査の結果を活用すればよい。とはいえ、これらの調査が万能というわけでもない。以下では、主にスポーツに関する卒業論文や修士論文のテーマに悩む学生たちを想定し、これらの調査の限界と可能性を示したい。

1)自分が本当に知りたいことは何か

 ここまで見てきたSL調査や世論調査は、主に結果が数値で(例えば「過去1ヶ月のスポーツ実施率は○%」といった形で)表される調査である。一般的に「調査」と言えばこうした数値で結果が示される調査(量的調査)が想起されやすいし、その結果は客観的で説得力のあるデータに見えるが、そこにはいくつかの限界もある。

 一番の限界は、このデータを活用しようとする人の興味関心に沿った調査項目が設定されていることはあまりないということである。例えば「大谷翔平選手の魅力とは」といった関心に沿った調査項目は設定されていない。また、量的調査は「スポーツを行った回数」や「年齢」など、数字でかちっと決まるデータを収集するのは得意だが、曖昧な意見をデータに落とし込むことは苦手である。例えば、「人はなぜスポーツをするのか」はスポーツ研究の根源的な問いだと思うが、残念ながら現在のSL調査にこうした質問項目はない。それは、動機のような人間の感情を、数値できれいに表すことが難しいからと考えられる[5]。例えば私自身、健康の維持のために週2回は近所のジムで汗を流すように心がけているが、身体を動かすうちに楽しくなってくることも多い。数値で表すなら「健康70%、楽しみ30%」といったところだが、質問票では大抵1つしか動機を答えられないし、その日の気分によってこの数値が変化することもあるだろう。

 こういった、調査対象者の主観や複雑な感情を聞き出すなら、量的調査よりもインタビュー調査や観察調査など、調査結果を文字で示す調査(質的調査)のほうが適している。その場合、SLDなどの結果は「参考」として受け取り、他の方法をもって自分で調査を行うしかないだろう。

2)より意味のあるデータとは何か

 量的調査の結果として公表されるデータの多くは単純集計であり、そこに多くの意味を見出しにくいことがある。単純集計とは、簡単に言えば1つの質問の結果をまとめただけのデータのことである。例えば「過去1年間の直接のスポーツ観戦経験率は19.3%」といったデータである。もちろん、こうした単純集計の結果に意味がないとは言わないものの、率直に言って、私の場合には「そうか…」以上の感想を持たないことが多い。

 しかし、ちょっとした工夫によって、こうした単純集計の結果に大きな意味を与えることができる。一番分かりやすいのは、時系列による変化を示すことである。すなわち、「前回調査に比べてスポーツ参加率が○ポイント上がった」とか「道路でスポーツをする人の割合が増えている」とか、こういった傾向には重要な意味がある。こうしたデータから、例えば「新型コロナウイルスによって、オープンドアな環境でスポーツをする人が増えたのかもしれない」などの解釈の余地が生まれるからである。

 また、複数の質問の結果を組み合わせることも非常に重要である。例えば「女性のスポーツ参加率は○%だが、男性は×%だった」とか「世帯年収が高いほうがスポーツ観戦率が高い」といった、基本的に「○○な人ほど××だ」といった具合のデータのまとめ方である(実は上記の時系列の変化も、「○年の結果」と「×年の結果」を組み合わせた結果と言える)。こうした複数の質問項目を組み合わせた集計こそ、より意味のあるデータと言える。

・時系列の変化を示したデータ

時系列の変化を示したデータ

・複数の質問項目を組み合わせたデータ

複数の質問項目を組み合わせたデータ

 しかし、ここで重要な問題がある。こうした複数の質問項目を組み合わせた分析は、調査結果の生のデータ、すなわち実際に11人調査を行った結果を一覧表にまとめたデータ(生データ)を手に入れないかぎり行うことができないのである。

 そして実は、世論調査は長年、生データを公開していなかった(2016年調査から公開)。私はかつて、1950年代から70年代に実施された世論調査を用いて、人々がどのような種別の施設を用いてスポーツを行っているのかを年齢別や性別に組み合わせて再分析(二次分析)したいと考え、生データの提供を申請したが、あえなく却下されたことがある。それに対してSL調査は、申請を行えば1992年の第1回調査以降、どの年代のデータでも無償で提供してくれるという「神対応」をしてくれる。残念ながら1950年代から70年代にはSL調査が実施されていなかったため、上記の研究にその成果を活かすことはできなかったが、より現代的なテーマについて生データ取得し、二次分析をした結果、様々な発見をすることができた[6]

4.SL調査の結果を有効活用しよう

 今からスポーツを題材に卒業論文や修士論文を執筆しようと思っている人は、このようなSL調査の生データを積極的に利用すべきである。まずは図書館でSLDを手に取り、その内容(特に質問票の質問項目)に目を通してみよう。今このコラムを読んでいるなら、まずはSLDのポイントを簡単にまとめたページを見るだけでもいい。もしそこに自身の関心に沿った質問がなされているなら、しめたもの。とりあえず、ウェブサイトからデータの使用申請をしよう。もちろんデータ使用料は無料である。

 また、私はこの数年間、笹川スポーツ財団が後援しているスポーツ政策学生会議(Sport Policy for Japan)の審査員を務めている。このイベントは、大学生たちがスポーツ政策に関するテーマを設定し、調査を実施し、その結果を分析した上で、何らかの政策提言を行うという政策提言コンペである。このイベントでは、多くのチームが自分たち自身でアンケート調査を実施する。もちろんそれは素晴らしいが、上述のように母集団をしっかり踏まえたアンケート調査を実施するには実に様々なコストがかかるし、「周りの学生50人に聞いてみました」のような母集団やサンプリングという概念を踏まえない調査に終始してしまう発表も散見される。自分たちで苦労してサンプル数の少ないアンケート調査を実施するくらいなら、SL調査の生データを取り寄せ、様々な質問項目を組み合わせて二次分析したほうが意味のある提言ができる場合もあるだろう。

 ここまで述べてきたように、SLDはスポーツを研究する者にとっての「宝の山」である。これを活用しない手はない。さあ、まずは図書館でSLDを手に取り、読んでみよう。スポーツに関する知の探究はそこから始まる。

<参考文献>

[1] 母集団とサンプリングの方法が少し変更されている。変更の詳細とその経緯は、以下を参照のこと。笹川スポーツ財団スポーツ政策研究所 (2018) スポーツライフ・データとは?:調査の概要と特徴https://www.ssf.or.jp/thinktank/sports_life/column/20181003.html (最終アクセス日:2024820)

[2] 1962年調査の母集団は「全国の満18才~59才の男女個人」、続く1965年調査の母集団は「全国の20歳以上の者」であった。

[3] 実際、スポーツ実施率の推移を示す線グラフでは、2015年と2016年の間は破線となっている(https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/houdou/jsa_00167.htmlなど)。

[4] 熊谷哲 (2022) 階段昇降はスポーツなのか:エビデンスとして生かされるスポーツ実施状況調査に向けてhttps://www.ssf.or.jp/knowledge/sport_topics/20220119.html (最終アクセス日:2024820)

[5] 過去のSL調査では「あなたが運動・スポーツを行っている目的は何ですか」という質問項目も存在したが、2014年以降の調査ではこうした質問はなくなっている。

[6] 笹生心太 (2020) ポスト福祉国家におけるスポーツ施設の整備とその利用:公私ミックスの観点から. 棚山研・市井吉興・山下高行編著, 変容するスポーツ政策の分析と対抗点:新自由主義国家とスポーツ. 創文企画, 67-95.

  • 笹生心太 笹生 心太   Sasao Shinta, Ph.D. 東京女子体育大学・東京女子体育短期大学 准教授 専門分野:スポーツ社会学、余暇社会学。
    主要業績:『ボウリングの社会学:<スポーツ>と<レジャー>の狭間で』(青弓社)、『「復興五輪」とはなんだったのか:被災地から問い直す』(大修館書店)など。
    東京大学教育学部、一橋大学大学院社会学研究科修士課程および博士後期課程を経て、博士号(社会学)を取得。仙台大学体育学部講師を経て、2015年4月より現職。
    スポーツとナショナリズムの研究およびスポーツとまちづくりの研究に従事している。前者については主にサッカー専門誌に見られる「日本人らしさ」言説についての研究を、後者についてはボウリング場における人々のつながりの形成や、東京オリパラ時に展開されたホストタウンに関する研究を、それぞれ行っている。研究成果はhttps://researchmap.jp/7000011327を参照のこと。
データの使用申請

最新の調査をはじめ、過去のスポーツライフ・データのローデータ(クロス集計結果を含む)を提供しています。

活用例

  1. 政策立案:所属自治体と全国の比較や調査設計に活用(年齢や性別、地域ごとの特徴を把握)
  2. 研究:研究の導入部分の資料や仮説を立てる際に活用(現状の把握、問題提起、仮説、序論)
  3. ビジネス:商品企画や営業の場面で活用(市場調査、データの裏付け、潜在的なニーズの発見)
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