2023年11月22日
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2023年11月22日
身体活動が人々の健康状態に与える影響はこれまで多く知られている1)。たとえば、厚生労働省が展開している「健康日本21」によると、身体活動量が多い者、もしくは運動をよく行っている者は、総死亡、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満などの罹患率や死亡率が低く、また身体活動や運動に取り組むことでメンタルヘルスや生活の質の改善にも繋がると認められている2)。このような効果により、国の健康増進政策における検討には身体活動の増加が欠かせない3)。
しかし、人々が身体を動かす場面は仕事中や通勤中、散歩中などさまざまであり、スポーツ以外の場面における身体活動が健康増進効果に結びつくかはまだ明らかにされていない4)。たとえば、製造業や建設業のように肉体労働に従事する人は仕事中に行う身体活動量が比較的多いものの、過度な活動によって健康に悪影響があるかもしれない。
こうした疑問をもとに考えると、関連政策を講じるにあたって、身体活動のそれぞれの場面と人々の健康状態との関係を検討する必要がある。世界保健機関(WHO)は人々の身体活動量を「仕事」「移動」「余暇」の3領域に分けて把握しており、身体活動と関連が深く健康に影響を与える生活習慣として「座位時間」も提示している5)。「仕事」には仕事やボランティア、学業、家事、農作業、漁業などが含まれ、「移動」には通勤や通学、買い物や送り迎えなどが、「余暇」には運動やスポーツなどが含まれる。「座位時間」は座ったり寝転んだりする時間を示し、睡眠時間は含めない(この4領域に関する詳しい説明は「日本人の身体活動のいま-GPAQの結果から読み解く-」の図1を参照されたい)。「スポーツライフ・データ2022」ではWHOが提示した4領域に関する質問項目の「世界標準化身体活動質問票(Global Physical Activity Questionnaire: GPAQ)」6)を用いてわが国の人々における身体活動量を調査している7)。そこで本稿では、この質問項目を用いて、現在自分が健康だと思う回答者、つまり「主観的健康群」の身体活動量を把握し、それに基づく健康増進政策を検討する。
WHOは18歳以上の成人における身体活動量の基準として「中強度の身体活動を週に150分、または高強度の身体活動を週に75分、またはこれらと同等の組み合わせ(GPAQにおける600メッツ・分/週に相当)」を行うことを推奨している5)。この基準を達成している群(以下、「WHO基準達成者」と略す)と達成していない群(以下、「WHO基準未達成者」と略す)に分けて各群における主観的健康群の割合を比較した。主観的健康群は「あなたは、現在健康であると思いますか」との設問に「非常に健康だと思う」もしくは「健康な方だと思う」と回答した人と定義した。
20歳以上の回答者を対象として分析した結果、主観的健康群は「WHO基準達成者」では74.9%と、「WHO基準未達成者」の68.6%に比べて多いことがわかった(図1)。この結果から、WHOの基準以上に身体活動を行っている群はそうでない群に比べてより健康に思っている者が多いことが確認できた。さらに年代別に分析すると、比較的高い年代においてこの割合の差が大きい傾向がある。
次に、主観的健康群の4領域それぞれの身体活動時間を提示した。提示には現在健康ではないと思う回答者、つまり「主観的不健康群」の身体活動時間との比較を用いた。「仕事」と「余暇」の場合、高強度と中強度に分けて身体活動時間が調査されている。そのためこれらの領域においては、各強度に行われた時間(分)を合計して身体活動時間を表した。
まず、仕事の身体活動時間を比較した。全体において、主観的健康群は週208.0分、主観的不健康群は週310.1分実施しており、主観的不健康群の方がより多く仕事中に体を動かしている(約100分/週)ことがわかった(図2)。また、このような傾向は仕事に多く従事している年代(20~50歳代)でより顕著であり、仕事の身体活動時間が長いほど自分が健康だと思う可能性が高いわけではないといえる。
次に、移動の身体活動時間を分析した。主観的健康群は週97.3分、主観的不健康群は週94.6分とほとんど同様の活動時間を示した(図3)。年代別にみても、多少の差分はあったものの移動の身体活動時間と健康状態に一定の関係はみられなかった。
主観的健康感による余暇の身体活動時間を分析した。主観的健康群(91.7分/週)は主観的不健康群(63.3分/週)に比べて週30分程度多く余暇時間に体を動かしていた(図4)。また、年代別にみると、40歳代を除いた年代において全体と同様の傾向がみられ、特に60歳以上の比較的高い年代において身体活動時間の大きな差が確認できた。この結果に対して2つの原因が考えられる。まず1つ目は、加齢によって筋肉量や筋力、身体機能などが低下するため、健康な状態への回復に向けて運動の機会を増やすなど余暇時間をより積極的に活用している高齢者が多いことである3)。このような健康状態の維持に対する意識が60歳以上の結果に表れたと推測される。2つ目は、加齢によって既に健康状態の悪化が進んでおり(つまり、主観的不健康群)、身体活動を制限され、それによって余暇の身体活動が減ってしまった高齢者も多いことが想定される。
最後に、座位時間を比較した。全体では、主観的不健康群の方(366.3分/日)が1日に45分程度座ったり横になったりして過ごす時間が長かった(図5)。また、この傾向は全年代において同様に確認できた。これらの結果から、主観的健康群の方が座位時間は短いことが把握できる。
本稿では、主観的健康群は4領域のうちどの場面で身体活動が多いのかを明らかにした。その結果、WHOの身体活動量基準以上に身体活動を行っている群はそうでない群に比べてより多く健康だと思っていることがわかったものの(図1参照)、領域別にみると主観的健康群は主観的不健康群に比べて余暇の身体活動時間が長く、仕事の身体活動時間と座位時間は短いことが示された(図2~5参照)。この結果からのポイントは、身体活動自体が健康な状態につながるというより、活動の場面がその健康状態に大きく影響することである。下記にて具体的な政策について検討する。
まず、1点目は余暇の身体活動を引き起こす要因を把握してそれに基づいた施策の展開である。University College Londonが開発したCOM-Bモデルによると、人間の行動(Behaviour)は、能力(Capability)、機会(Opportunity)、モチベーション(Motivation)の3つの相互作用によって引き起こされる(図6参照)8)。このモデルは行動変容を促す方法を考える際に多く使われており9, 10)、イングランドでは身体活動の要因分析にも活用されている11)。「能力」は特定の行動を行う身体的・心的能力を指し(知識や体力など)、「機会」は特定の行動を可能にする要因を(時間や資金など)、「モチベーション」は感情や必要性といった内発的要因と行動を促す外発的要因のことをいう。能力と機会は行動に直接影響を与えるが、モチベーションにも影響を与える。また、行動により能力・機会・モチベーションが高まることもある。
このモデルに基づいて余暇の身体活動の推進策を考えると、たとえば、働き盛り世代は忙しく「機会」の確保が難しいため、「能力」要因に働きかけてモチベーションをあげることが望まれる。余暇時間に行う身体活動は他の身体活動に比べて楽しみや健康などの目的や意図を持った能動的な動きであるため、リフレッシュの効果が大きく、抑うつの予防やストレスの軽減に良いといわれている12)。この「余暇」の観点から得られるベネフィットを認識していない人にはこれを紹介し(たとえば、ウォーキングをすることで気分転換や食欲増進、美肌効果が期待される)、一方認識している人にはその効果が短時間で気軽な実施でも得られる具体的な場面と必要な体力を紹介すると(たとえば、食事後近所にある川沿いを中強度で歩くと約20分かかる)、「能力」に必要な知識が高まり、運動実施に向けた「モチベーション」も向上すると考えられる。このように、余暇の身体活動を引き起こす要因を能力と機会、モチベーションに分けてそれぞれの層における課題の分析は人々の健康増進に向けた政策策定に必要な観点だと考える。
2点目は、座位時間の短縮に取り組む政策の必要性についてである。(公財)健康・体力づくり事業財団は「運動で未来をつくる!健康寿命を伸ばすために」という冊子にて、働く合間や日常生活の中で体を動かせる機会を提示している。たとえば、仕事の休憩時間やテレビを見ながらなど、30分に1回は立ち上がって軽くストレッチすることを推奨している13)。仕事中にストレッチが難しい場合はスタンディングデスクを活用することもすすめられている14)。また、身体活動・運動の習慣化および座りすぎ是正対策に関する研究に取り組んでいる早稲田大学スポーツ科学学術院岡浩一朗教授は、どうしても長時間座らざるを得ない時にはつま先を床に固定したままかかとをゆっくり上げ下げしたり、ヒザを伸ばして足を上げた状態でつま先をまっすぐ伸ばしたりなど、座ったまま足を動かす運動を推奨している15)。明治安田ライフスタイル研究では、余暇の座位行動を30分減らして低強度の身体活動にあてることで総合的な健診結果が13%程度改善すると報告されている16)。長時間の座りっぱなしは健康に悪影響を与えるため、低強度でもこまめに実施できる活動の推進を充実していくことが国の健康増進政策に必要と考えられる。
3点目は、仕事中の身体活動時間が高い人の環境改善に向けた政策の検討である。肉体労働に従事する労働者や宅配便配達員などは仕事中の身体活動量が多く、場合によっては過度な活動量に至っている。ある程度の身体活動は健康に良いといわれているものの、長時間にわたる過度な身体活動は身体的・精神的健康に望ましくないことが指摘されている17)。仕事中にリフレッシュできる時間をこまめに作れるような環境づくりに対する国の指針が求められると考える。
引用・参考文献
1) Cunningham, G. B. (2021). Physical activity and its relationship with COVID-19 cases and deaths: Analysis of US counties. Journal of Sport & Health Science, 10(5), 570-576. https://doi.org/10.1016/j.jshs.2021.03.008
2) 厚生労働省. 健康日本21. https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b2.html#A21(最終アクセス日:2023年7月18日)
3) 厚生労働省. 健康づくりのための身体活動基準2013. https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002xple.html(最終アクセス日:2023年7月18日)
4) White, R. L., Babic, M. J., Parker, P. D., Lubans, D. R., Astell-Burt, T., & Lonsdale, C. (2017). Domain-specific physical activity and mental health: A meta-analysis. American Journal of Preventive Medicine, 52(5), 653-666. https://doi.org/10.1016/j.amepre.2016.12.008
5) World Health Organization. (2020). WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour. Geneva: WHO. Available from: https://www.who.int/publications/i/item/9789240015128
6) 身体活動研究プラットフォーム. 世界標準化身体活動質問票(第2版 日本語版). http://paplatform.umin.jp/questionnaire.html(最終アクセス日:2023年7月18日)
7) 笹川スポーツ財団. スポーツライフ・データ2022.
8) Social Change. (2019). A guide on the COM-B Model of Behaviour. London, UK: Social Change. Available from: https://social-change.co.uk/files/02.09.19_COM-B_and_changing_behaviour_.pdf
9) West, R., & Michie, S. (2020). A brief introduction to the COM-B Model of behaviour and the PRIME Theory of motivation. Qeios, 1-6. https://doi.org/10.32388/WW04E6.2
10) 一般財団法人自治体国際化協会ロンドン事務所. 英国の自治体におけるナッジの導入背景と活用事例. https://www.clair.or.jp/j/forum/pub/docs/523.pdf(最終アクセス日:2023年10月2日)
11) Sport England. (2023). Active Lives Adult Survey November 2021-22 Report. London, UK: Sport England. Available from: https://www.sportengland.org/research-and-data/data/active-lives
12) 甲斐裕子・永松俊哉・山口幸生・徳島了(2011)余暇身体活動および通勤時の歩行が勤労者の抑うつに及ぼす影響. 体力研究, 109, 1-8. https://doi.org/10.20793/tairyokukenkyu.109.0_1
13) 公益財団法人健康・体力づくり事業財団. 運動で未来をつくる!健康寿命を伸ばすために. https://www.health-net.or.jp/syuppan/leaflet/pdf/undou_mirai.pdf(最終アクセス日:2023年8月3日)
14) 鎌田真光. 日本人の身体活動のいま-GPAQの結果から読み解く:その2-WHO推奨基準の達成率と座位時間. https://www.ssf.or.jp/thinktank/sports_life/gpaq/02.html(最終アクセス日:2023年8月3日)
15) スターバックスコーヒージャパン健康保険組合. あなたの日常は大丈夫?実は怖い、「座りすぎ」の話。.https://www.starbucks-kenpo.or.jp/my_wellness/fitness/list15.php)(最終アクセス日:2023年10月2日)
16) 公益財団法人明治安田厚生事業団体力医学研究所. 明治安田ライフスタイル研究. https://www.atpress.ne.jp/news/310157(最終アクセス日:2023年10月2日)
17) Shimura, A., Masuya, J., Yokoi, K., Morishita, C., Kikkawa, M., Nakajima, K., Chen, C., Nakagawa, S., & Inoue, T. (2023). Too much is too little: Estimating the optimal physical activity level for a healthy mental state. Frontiers in Psychology, 13, 1044988. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.1044988
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