文部科学省「スポーツ振興基本計画」(2000)は生涯スポーツのありようをめぐって「国民の誰もが、それぞれの体力や年齢、技術、興味・目的に応じて、いつでも、どこでも、いつまでもスポーツに親しむことができる生涯スポーツ社会」と記述している。また、先般成立した「スポーツ基本法」(2011)の前文に「全ての国民がその自発性の下に、各々の関心、適性等に応じて(中略)スポーツを楽しみ」とあるように、スポーツは個人がその自発性のもと楽しむものである。
本項においては生涯スポーツを、「国民の誰もが年齢、性別、職業、収入、居住地等の区別なく、望むならばいくつかのアプローチ(する・みる・ささえる)を通じて、各自の多様な喜び(爽快感、高揚感、達成感、一体感、感謝、感動、勝利する喜びなど)をスポーツに見出し、それを生涯にわたり感じ取り続けられること」と定義する。
スポーツ振興基本計画が「生涯スポーツ社会の実現」を掲げ打ち出した政策目標「成人の週1回以上のスポーツ実施率50%」の達成率は、2009年の内閣府「体力・スポーツに関する世論調査」によれば45.3%で、2000年の37.2%から順調に増加しており、このペースを保てば近く達成することが予想される。文部科学省はこの状況を踏まえ、「スポーツ立国戦略」(2010)において週1回以上のスポーツ実施率を65%に、週3回以上のスポーツ実施率は30%程度に目標を引き上げた。
一方、笹川スポーツ財団(SSF)「スポーツ活動に関する全国調査」(1992~2010)で種目別の運動・スポーツ実施率(過去1年に1回以上実施した種目)」をみると、2002年以降2010年まで上位3種目は「散歩(ぶらぶら歩き)」「ウォーキング」「体操(軽い体操・ラジオ体操など)」の順で変わらず、なかでもウォーキングの実施率が顕著であった。この結果を勘案すると、過去10年のスポーツ実施率の上昇がこうした個人でできる運動にささえられてきたことが推察される。
また、国が「実施率50%」達成のために必要不可欠な施策として打ち出した総合型地域スポーツクラブ(以下、総合型クラブ)の全国展開(全市区町村に少なくとも1つ以上育成)については、2010年の文部科学省調査で、全国1,750市区町村(調査時)の71.4%(3,114クラブ)で育成がなされたと報告されている。クラブの数は、調査を開始した2002年の約6倍にあたり、かなりのペースで育成が進められたことがわかる。
国が掲げた2つの目標は順調に数値を伸ばしてきたものの、今後問われるべきはその中身である。ここで問題視すべきは、「生涯スポーツ社会の実現」という目的達成のために国が必要不可欠な要素のひとつとして位置づけた総合型クラブの効果が、スポーツ振興基本計画の書きぶりから、ともすると「スポーツ実施率」や「育成数(育成率)」という画一的な数値目標で測られるかのごとき印象を与えている点である。
スポーツ基本法の基本理念には「スポーツは、これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利であることに鑑み、国民が生涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所において(中略)行うことができるようにすることを旨として、推進されなければならない」と明記されている。今後、国民が真にスポーツを通じて幸福な生活を営むことのできる生涯スポーツ社会の実現を目指す上では、スポーツ実施率やクラブの育成数、育成率などの数値のみならず、理想の実現に向けた施策(原因)がいかにして成果(結果)につながったのかを示していくことが重要と考える。また、運動・スポーツ実施率の増加の裏側で、非実施者は何を理由に実施しなかったのか、できなかったのかを探り、その理由の究明と必要な解決策としての施策を講じる必要がある。
SSF「スポーツ活動に関する全国調査」(2008)では、国民の運動・スポーツへの取り組み方について尋ねており、以下の結果が得られている。
図表3-2 現在の運動・スポーツの取り組みについて
43.6%と最も回答の多かった「行いたいと思うができない」について、その理由をみると、「時間がないから」が53.8%で圧倒的に多く、次いで「機会がないから」(27.8%)、「病気のため、体調不良だから」(20.3%)、「生活の中で自然に身体を動かしている」(18.4%)などと続く(複数回答)。
スポーツ基本法にある「国民が生涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所においてスポーツを行うことができるようにする」の実現を目指すにあたっては、この全体の約4割を占める層を縮減させ「満足している」と答える層を増やすことこそが重要課題といえよう。生涯スポーツをテーマとする本項では、運動・スポーツを行わない理由で上位を占める「時間がない」「機会がない」に応えるスポーツ環境の整備に向けた3点の施策を提言する。