SSFは、障害者が身近な地域で運動・スポーツに親しめる環境を整備するための効果的な施策や取り組みを検討するために、公益社団法人 東京都障害者スポーツ協会(東京都新宿区 会長:延與 桂)、社会福祉法人 北九州市福祉事業団(福岡県北九州市 理事長:永富 秀樹)と共同研究を実施しました。
本共同研究では、地域の障害者スポーツの拠点となる障害者スポーツセンター、および一般の公共スポーツ施設、地域の社会資源の役割と備えるべき機能について、2022年度の東京都の事例研究に加え、北九州市内の施設を対象に実態を明らかにしました。
また、地域の障害者スポーツをささえる人材の確保とその活用についての整理、および施設トランジッション(移行)の事例ヒアリングを実施しました。
<先行研究>
SSFでは「障害者スポーツ推進には、地域の障害者専用スポーツ施設が拠点(ハブ施設)となり、近隣の公共スポーツ施設(サテライト施設)や地域のその他社会資源とのネットワーク化を進め、スポーツ参加の受け皿を増やすべき」(以下、施設ネットワーク)と政策提言しました。
- ハブ施設:都道府県単位で障害者スポーツの拠点(ハブ)として機能する障害者スポーツセンター
- サテライト施設:地域の障害者専用・優先スポーツ施設や公共スポーツ施設
- 地域のその他社会資源:ハブ・サテライト施設以外で、公民館や福祉施設など障害者のスポーツの場となる施設
・対象施設(北九州市)
北九州市障害者スポーツセンター・アレアス(以下、アレアス)をハブ施設と定義。アレアスにおけるサテライト施設は90施設、地域のその他社会資源は237施設。
主な結果
①地域の障害者スポーツをささえる人材の確保とその活用
日本パラスポーツ協会(JPSA)公認パラスポーツ指導員は、2023 年12月31日現在、初級2万1,699人、中級4,332人、上級900人と、合計2万6,931人が登録されている。都道府県では、有資格指導者の人材バンクとしてパラスポーツ指導者協議会が組織されるほか、自治体や都道府県・政令市のパラスポーツ協会、障害者専用・優先スポーツ施設が独自に養成・管理する障害者スポーツボランティア組織などもある。
東京2020パラリンピック大会を契機に障害者スポーツにかかわる人材が増えた一方で、講習会を受講してボランティア登録はしたものの、活動する機会がなく活動に繋がらない人も少なからずいる。地域の障害者スポーツをささえるボランティアに課題があるなか、福岡県北九州市の障害者スポーツボランティア組織・SKETでインタビューを実施した。
■北九州市障害者スポーツボランティア組織・SKET
北九州市は、パラスポーツ指導員の資格保有者や指導者養成講習会受講者に加えて、資格の有無にかかわらず障害者へのスポーツ支援に意欲や理解のある人を対象に、2003年に障害者スポーツボランティア組織「SKET(Sports Know-how Enjoy Tie upの頭文字をとった名称)」を設立した。アレアスが統括しており、登録者は90名である(2023年度)。
本研究では、インタビュー調査、座談会、年次報告会への出席を通じて活動の実態をまとめた。会員の約3分の2はJPSA公認パラスポーツ指導員の資格保有者であり、障害者のスポーツ大会やスポーツ教室等における審判員、補助員、講師などで活躍している。
施設ネットワークの実現に向けた人材の活用
施設ネットワークを効果的に機能させるためには、ハブ施設の有給スタッフだけでは十分とは言えない。多様な事業を展開している東京都障害者総合スポーツセンターや多摩障害者スポーツセンターでも不十分であったが、アレアスでも十分でないことが確認された。
それらの解決策として、障害者スポーツボランティアの活用が重要となる。SKETを例に、ボランティア活動の一例を整理したが、当事者と一緒にスポーツを楽しんだり、施設が開催する教室の運営支援や大会への付き添い、活動歴が長い会員は教室のメイン指導者としてかかわる場合もあり、活動の幅は広い。
JPSA「令和4年度国庫補助事業 公認障がい者スポーツ指導員実態調査報告書」において、指導員として日常的に活動していくためには、資格取得後2年以内に活動機会を得て、月1回の定期的な活動を継続することが重要とされている。これは、障害者スポーツボランティアでも同様と考える。講習会や研修会を受講後、定期的な活動機会を設けていくことがボランティア活動の定着に繋がるだろう。多様な人材が障害者スポーツの環境整備にかかわることが充実に繋がることは言うまでもない。
なお、ここで示したモデルは人材の多様性を概念化したものであり、専門職のなかにもボランティアとして専門性の高い指導をしている人がいることを追記しておく。
②施設トランジッション(移行)の事例ヒアリング
ハブ施設、サテライト施設、地域のその他社会資源の施設ネットワークは、年代やライフステージにより変わりゆく障害者のニーズや健康状態に対応し、利用するスポーツ施設のトランジッション(移行)を可能にする。施設のネットワーク化の進展により「地域移行」「加齢等による障害の重度化」「専門性・競技性の向上」の3つの面から、障害者のスポーツ活動の幅が広がると考える。
ハブ施設で卓球バレーに出会い、サテライト施設での日常的活動に繋げる
■A氏(60歳代/左上下肢機能障害/中途障害)
脳梗塞を発症して左半身麻痺となる。2年間自宅に引きこもるも、行政の障害福祉課の担当者、ケアマネジャー、ヘルパーに散歩に出かけることを提案され、徐々に外に出るようになる。訪問リハビリテーションの理学療法士や作業療法士に障害者スポーツセンター【ハブ施設】を紹介され、卓球バレークラブに参加するようになった。身近な地域で日常的に卓球バレーをしたいと考え、居住地域の公共スポーツ施設【サテライト施設】の施設担当者に相談し、必要な配慮について館長と意見交換を行った。卓球バレーの競技特性を確認したうえで、活動場所として会議室を月2回借りられることになり、同様の障害を持つ同世代の仲間と楽しんでいる。
ハブ施設から地域移行するも受入体制不十分でハブ施設に戻る
■B氏(10歳以下/上肢機能障害・体幹機能障害・知的障害/先天性障害)〈車椅子利用者〉
※当事者は発語が困難なため、インタビューには保護者が対応した。
幼少期に通っていた療育センターでは、プールは近隣の障害者スポーツセンター【ハブ施設】を借りていた。近隣の公共スポーツ施設のプール【サテライト施設A】も利用していたが、シャワールームにベンチが無いなどのバリアが多く、日常利用に繋がらなかった。別の公共スポーツ施設のプール【サテライト施設B】を利用した際、更衣室はバリアフリーだったが、プールの水深が深く穏やかに過ごすには適していなかった。民間スポーツクラブのプール【地域のその他社会資源A】では、更衣室とプールの階数が異なり、バギーでの移動が必要だったため都度ストレスが発生。民間スイミングクラブ【地域のその他社会資源B】では、水温・室温ともに低く、体温調整が難しい当事者には参加が困難だった。現在は、親子で障害者スポーツセンター【ハブ施設】のプールを個人利用。保護者の気分転換にもなり子どもの笑顔も見られる。
アーチェリーの競技特性を活かし、ハブ施設、サテライト施設、NTCを併用する
■C氏(30歳代/両上肢機能障害・両下肢機能障害/中途障害)〈車椅子利用者〉
受傷後、入院、リハビリテーションを経て、社会復帰に向けた準備を進める。就職後、競い合えるスポーツがしたいと障害者スポーツセンター【ハブ施設】のアーチェリー教室に参加した。日常的に行うには各アーチェリー場で個人利用認定証が必要となるため、認定証取得後にハブ施設のアーチェリークラブに所属。ハブ施設が改修工事で利用できない間、公共スポーツ施設【サテライト施設A】を週末の練習場所として利用するようになった。加えて、勤務先から近い公共スポーツ施設【サテライト施設B】を見つけ、平日の練習場所として利用している。アーチェリー日本代表に選出され、ハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)施設であるナショナルトレーニングセンター(NTC)も利用する。競技特性上、公共スポーツ施設のアーチェリー場を利用できることが多く、現在は、平日夜はサテライト施設B、週末はサテライト施設A、ハブ施設、NTCを時期や目的によって使い分けている。
施設トランジッション(移行)のまとめと課題
インタビューを通して、2022年度調査時に想定していた施設トランジッション(移行)に新たな視点を2点加えた。
①競技力向上を目指す場合、必ずしもハブ施設の練習環境が最善とは限らないことが確認された。C氏のように、アーチェリーの競技特性上、射場の認定証が取得できれば、障害の有無にかかわらず利用できるケースが判明したが、利用施設までの動線(陸上トラック、射場、更衣室、入口など)のバリアフリーが確保できれば、サテライト施設でも障害者の競技力向上に貢献できることが分かった。そのため、トランジッション(移行)の方向として、【ハブ施設】→【サテライト施設】を追加した。
②日本代表クラスのアスリートはハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)を利用している。HPSCは、国立スポーツ科学センター(JISS)とナショナルトレーニングセンター(NTC)が持つスポーツ医・科学、情報等による研究、支援及び高度な科学的トレーニング環境を提供し、ハイパフォーマンススポーツの強化に貢献する施設である。トランジッション(移行)の方向としては、ハブ施設やサテライト施設で練習を積んで移行する可能性が考えられるため、【ハブ施設】→【HPSC】、【サテライト施設】→【HPSC】を追加した。
障害者の施設トランジッション(移行)イメージ(2023年度)
施設トランジッション(移行)の事例からみえてきたのは、ハブ施設、サテライト施設、地域のその他社会資源が、施設同士でネットワークを構築し場を確保した実態ではなく、利用者自身が個別に活動場所を探し、継続的な活動機会を得ている実態であった。利用者がトランジッション(移行)のための施設を見つける負担を減らし、日常的な活動の場を広げていくためには、施設ネットワークの構築が重要になる。
これまでの知見から、地域移行については、長年使用して慣れ親しんだハブ施設から、身近な地域のサテライト施設や地域のその他社会資源に移ることに抵抗を持つ利用者もいるが、事例から地域移行が必ずしもうまくいっているわけではないことは明らかである。一方、本研究の事例から実態は明らかにならなかったが、一度地域移行した利用者が障害の重度化に伴い、専門職が常駐するハブ施設に戻って来るケースもある。その場合、地域移行により解消されていた自宅からハブ施設までのアクセシビリティの問題が再び浮かび上がってくる。こうした課題を解消するためにも、施設ネットワークにおける各施設の役割や取り組みを明らかにして、地域全体で補完していく仕組みが必要となる。