2023年6月14日
松本 泰介 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授・博士/弁護士)
- 調査・研究
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2023年6月14日
松本 泰介 (早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授・博士/弁護士)
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会をめぐる収賄事件、談合事件は、東京地方検察庁特別捜査部から起訴にいたる事態になっています。ただ、これらの事件に限らず、日本のスポーツ関連の公益法人で数々の不祥事が続いていることは、多くの方がご存知と思われます。今回は、このような日本のスポーツ関連団体の不祥事に関して、法人法組織法の観点から検討させていただきます。
日本のスポーツ関連団体のうち、特に中央競技団体の多くが、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(通称一般法人法)に基づく財団法人という法人格を選択しています。このうち、財団法人とはどのようなチェックアンドバランスを図ることが想定された法人なのでしょうか。
財団法人とは、財産の集まりに対する法人格であり、財産の維持、運用を行うものです。その機関設計としては、法人の意思決定を委任された理事会、法人を代表し、業務執行を委任された代表理事がいます。一方で、理事会には、代表理事などの業務執行を監視する責任があり、また、監事も理事の職務執行を監督する責任があります。また、評議員は、理事・監事の選解任などを通じて、法人運営が適正に行われているか監視する責任を負っています。この委任と監督が機能することによって、法人運営のガバナンスとして、チェックアンドバランスが図られています(下図参照)。
内閣府「公益法人の各機関の役割と責任」より引用
これらの理事や監事・評議員は、法人との間で委任関係があり、民法第644条により、法人に対して、善管注意義務(善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務)を負っています。したがって、代表理事の業務執行や、理事会の意思決定における理事の判断だけでなく、理事の職務執行に対する理事会や監事の監督などが、この善管注意義務に違反する場合、理事や監事・評議員は、法人に対して損害賠償義務を負うことになります。
また、財団法人の大きな特徴として、設立者に剰余金又は残余財産の分配を受ける権利を付与することはできません(一般法人法第153条3項2号)。したがって、財団法人の設立者が財団法人の会議体の構成員となったとしても、剰余金又は残余財産の分配を受けることができません。加えて、社団法人は、組織の構成員としての社員が存在しますが、財団法人は組織の構成員が想定されていないという点にも大きな特徴があります。
日本のスポーツ界において、財団法人のチェックアンドバランスを機能させることを難しくしている1つの理由が、財団法人のチェックアンドバランスが「人」に依存していることです。
本来、財団法人は、財産の維持、運用に関して執行者と監視者という二者の牽制関係によって適正な運営を目指すものですが、その牽制関係は、執行者や監視者になる「人」の能力に大きく影響してしまいます。株式会社などの営利法人の場合は、剰余金の分配が可能なため、その経済的利益を求める株主と取締役の間に、経済的な牽制関係が生まれますが、財団法人では、剰余金の分配などの経済関係はなく、このような牽制関係がありません。また、社団法人には法律上社員という構成員がいますが、財団法人には想定されておらず、組織と構成員という関係の牽制関係もありません。となると、財団法人の理事監事間、あるいは評議員との間には「人」としての牽制関係しかありません。
また、日本のスポーツ界において、財団法人のガバナンスを機能させることを難しくしているのが、理事・監事などの法的責任の理解が乏しいことがあげられます。前述のとおり、財団法人のチェックアンドバランスは「人」に依存しており、理事・監事などの法的責任の理解が伴わないと、十分なチェックアンドバランスが果たせません。日本のスポーツ関連団体では、財団法人の理事・監事は様々な法的責任を負っていますが、仮にその法的責任の追及が必要になった場合であっても、そもそも理事会を構成するメンバーに法的責任の理解が乏しく責任追及がなされないことも多々あります。日本のスポーツ界における人間関係や先輩後輩関係もこのような法的責任の追及を困難にしています。
このような課題がある中で、日本のスポーツ関連団体向けの新しい法人格を求める声もあります。なかなか新しい法人格を認める法律の制定のハードルは高いのですが、今後、財団法人のチェックアンドバランスを機能させるうえで、考えられる方向性を検討してみたいと思います。
「人」によるチェックアンドバランスを機能させるためには、執行者や監視者になる人間の能力に一定の要件を設ける方法が考えられます。既にスポーツ団体ガバナンスコードなどでも、専門資格を有する有識者を外部理事・外部評議員として導入することなどが求められるようになっていますが、一部の理事や評議員を有識者にしたとしても効果は薄いでしょう。むしろこのような法的責任の理解のある者を過半数以上にすることや、既に一部の企業で導入されているような、外部理事を議長とする理事会運営など、チェックアンドバランスを果たすべき会議体の運営を法的責任の理解のある者に委ねる方法も考えられます。
社団法人は、社団法人の構成員である社員が、理事や監事の責任追及の訴え(代表訴訟)を提起できます(一般法人法第278条)。財団法人は、前述のとおり構成員というものを想定していませんので、同様の代表訴訟制度はなかなか考えにくい面はあります。
もっとも、財団法人内の理事や監事・評議員のチェックアンドバランスを機能させるためには、外部の第三者からの理事や監事・評議員への責任追及の方法を検討していく必要はあるでしょう。外部の第三者を一般国民まで広げることは非常に広範になってしまいますが、日本のスポーツ関連団体の利害関係者を考えるのは一つの方向性と思われます。
先ほど財団法人には構成員はいない、ということを述べましたが、日本のスポーツ関連団体では本当にそうでしょうか。社団法人は法律上の社員はいますが、実は社団法人の社員は社団法人で自由に設定ができてしまう中で、スポーツ関連団体の実質的構成員は誰になるでしょうか。
スポーツ関連団体が制定する規則・規程の影響をもっとも大きく受けるのは、スポーツ関連団体に登録する競技者になります。このような競技者こそがスポーツ界の実質的構成員でしょう。このような実質的構成員とスポーツ団体の機関との牽制関係を考えることで、理事や監事・評議員との間でチェックアンドバランスを機能させることができます。欧米の中央競技団体などでは、このような競技者の民主的意思決定手続きが担保されることで、法人運営のチェックアンドバランスを機能させています。日本のスポーツ関連団体でも導入を検討しなければならない視点でしょう。
【参考文献】
奥島孝康「スポーツ団体の自立・自律とガバナンスをめぐる法的考え方」、日本スポーツ法学会年報第18号、2011年
川井圭司「スポーツ界におけるこれからの意思決定 : 国際的動向にみる「民主的」決定とグッドガバナンスの本質」、同志社政策科学研究22巻2号、27頁、2021年
川井圭司「東京オリパラ組織委員会会長交代劇にみるグッドガバナンスの本質」、2021年3月1日
公益法人制度改革に関する有識者会議第13回議事概要、 2004年6月2日
内閣府「公益法人の各機関の役割と責任」
日本スポーツ仲裁機構「ポスト2020におけるスポーツガバナンス 理事その他役職員のためのガバナンスハンドブック」、2019年
文部科学省 平成23年度 スポーツ政策調査研究(ガバナンスに関する調査研究)