Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

プロスポーツチームのない地方都市のスポーツ事情

2018.03.30

プロスポーツチームのない地方都市のスポーツ事情

米国のスポーツビジネスに関して、どのような印象があるだろうか?筆者は、スポーツビジネスの最先端を行き、スタジアムは最新でエンターテイメント満載、MLBやNBAの会場は満員というイメージをもっていた。実際に、このイメージのとおり、スタジアムは試合以外にも、観客を楽しませる仕掛けが多くある。しかし、都市によってスポーツ環境が大きく異なることも事実である。米国の大きさを考えれば、プロスポーツチームが必ずしも身近にあるとは限らない。では、プロスポーツチームのない都市のスポーツ事情はどうなっているのか、筆者の体験を元にレポートする。

米国中西部の地方都市

米国中西部にあるウィスコンシン州の州都マディソン市は、人口25万2,551人 (U.S. Census Bureau, 2016)の街である。日本では東京都港区、山形県山形市に匹敵する人口規模である (総務省統計局, 2017)。ウィスコンシン州はAmerican's Dairyland (アメリカの酪農地帯)というニックネームをもち、チーズやバターなどの生産が有名であるが、マディソン市にはウィスコンシン大学マディソン校があり、大学の街として発展している。学部・大学院の総学生数は4万3,820人、教員・スタッフは2万人以上であり(University of Wisconsin-Madison, n.d.)、その家族などを含めれば、市民の大半が大学関係者と言っても過言ではない。

マディソン市のスポーツ

ウィスコンシン州全体のスポーツ環境を見ると、以下の3つのプロスポーツチームがある。

  • 野球:Milwaukee Brewers (ミルウォーキー・ブルワーズ)
  • バスケットボール:Milwaukee Bucks (ミルウォーキー・バックス)
    ※両チームとも本拠地はミルウォーキー市で、マディソン市から車で1時間半
  • アメリカンフットボール:Green Bay Packers (グリーンベイ・パッカーズ)
    ※本拠地はグリーンベイ市で、マディソン市から車で2時間半

この中で、やはりアメリカンフットボールのグリーンベイ・パッカーズの人気は高い。グリーンベイ・パッカーズはアメリカのプロスポーツチームの中で唯一、非営利で、一般市民が100%株式をもつチームであり、現在36万760人の一般市民が株式を有している (Green Bay Packers, n.d.)。この特徴的なチーム形態も、人気の要因のひとつと考えられる。

マディソン市を見てみると、上記のとおり、マディソンを本拠地とするプロスポーツチームはない。市民はミルウォーキーやグリーンベイのプロスポーツを観戦することもできるが、ウィスコンシン大学マディソン校のスポーツチームBadgers (バジャーズ)や、5月から8月まで開催される大学のトップ野球選手がプレーするNorthwoods League (ノースウッドリーグ)に所属しているMallards(マラーズ)も人気である。

市民のスポーツ実施という観点から見ると、ウィスコンシン州でも、また、マディソン市でも、スポーツ政策は公衆衛生の一環として位置づけられており、環境整備や教育に重きが置かれている。実際のスポーツ実施率を見ると、18歳以上を対象とした2015年に行われた調査では、「過去1ヶ月間に何らかの身体活動を行ったか」という問いに対して、ウィスコンシン州全体では78.4%の住民が「行った」と回答している。一見、スポーツ実施率が高いように思えるが、2008 Physical Activity Guidelines for Americansに見合った強度でスポーツを実施している人は、20.1%である。マディソン市のみでは、2014年の調査で、過去1ヶ月間に何らかの身体活動を行った人は82.1%であり、州全体の統計と同様の傾向を示している (Centers for Disease Control and Prevention, 2015)。

地方都市における大学スポーツの人気

昨今、日本でも大学スポーツの産業化が議論されており、米国での人気の高さも話題に上っている。本稿では、米国のプロスポーツチームがない地方都市において、どのように大学スポーツが存在しているのか、日本のスポーツ振興への応用という観点から論じる。

ウィスコンシン大学マディソン校のBadgersは全米大学体育協会 (National College Athletic Association、以下NCAA)のディビジョン1、ビッグ10カンファレンスに所属している。2015-2016シーズンの総収入は1億3,300万ドル (約139億6,500万円)であり、NCAA所属大学中11番目に収入規模が大きい。中でも収入が多いのは、アメリカンフットボール、男子バスケットボール、男子アイスホッケーである。アメリカンフットボールのスタジアムは、人口25万人に対して、8万人のキャパシティを有しており、全米の大学が所有するスタジアムで最も大きい。また、男子アイスホッケーチームのヘッドコーチは、平昌オリンピックでアイスホッケー米国代表のヘッドコーチを務めており、選手のみならずスタッフも含めて、Badgersおよびウィスコンシン大学のブランドを高める要素となっている。

実際に大学スポーツがどのような様相で行われているのか。現在、シーズン中の男子バスケットボールを例にすると、平日の夜に開催される試合でも、会場の観客席は80%近くが埋まっている(2017-2018シーズン平均観客数1万7,272人)。タイムアウトやハーフタイムには、チアリーダーのパフォーマンスはもちろんのこと、ある試合ではマジックショーがあったり、別の機会にはウィスコンシン大学の卒業生で現役NBAプレーヤーが来場し、イベントが行われたりする。またプロスポーツチーム同様に、ダンスカムと呼ばれる観客をスクリーンに映し出し、映し出された人は即興でダンスをするなど、観客を巻き込んだ演出も行われている。現役NBAプレーヤーの卒業生が来場した際には、彼のスピーチを観客総立ちで聞き入っており、観客の選手、チーム、大学に対する愛着と誇りを感じ取れる。試合後は、格上相手との試合に勝利すれば、あたかも優勝したかのごとく、観客がバスケットボールコートの中になだれ込み、アリーナ全体が祝賀ムードになる。

男子バスケットボールの試合のスターティングメンバー発表 (筆者撮影)

男子バスケットボールの試合のスターティングメンバー発表 (筆者撮影)

男子バスケットボールの試合後に勝利を祝う観客 (筆者撮影)

男子バスケットボールの試合後に勝利を祝う観客 (筆者撮影)

日本のスポーツ振興への考察

こうした大学スポーツの盛り上がりは、多くの記事で既出のことかもしれないが、地方都市における大学スポーツの在り方から、日本のスポーツ振興に応用できることは何だろうか。

スマートスタジアム

2014年にオープンしたカリフォルニア州にあるリーバイススタジアムは、スマートスタジアムの事例として取り上げられることがある。ではどこの街にもこうした最新のスポーツ施設があるか?ウィスコンシン大学のバスケットボールアリーナは1998年にオープンし、2012年にアリーナ内のリノベーションが行われた。アリーナ内はWi-fiが完備されていたり、2017年には新しいビデオボードが導入されたり、観客がチーム情報や試合データなどを入手できる携帯用アプリケーションなども提供されている (Wisconsin Athletics, n.d.)。しかし、リーバイススタジアムような、座席までの導線案内やアプリケーションを用いた食事の注文、座席までのデリバリーサービスなどは提供されていない。ハーフタイム中は食事や飲み物を買うための列が売店前にでき、試合後は混雑した中、出口まで向かうことになる。つまり、人気スポーツチームでも、アリーナ、スタジアム環境はさまざまである。

日本でも、多くのスタジアムでご当地グルメが提供されているように、そこで何が売られているのかを見ながら、食べ歩くという行為も、ひとつのスタジアムでの楽しみになるであろう。最短ルートで出入口までたどり着くことができれば、混雑を避けられるが、アリーナ、スタジアム内を歩くからこそ見えるもの、例えば、スポンサー広告、チームの歴史、スタジアム内で開催されているイベントなどもある。スマートスタジアム化することで、観客はより便利になり、チームはマーケティングデータを手に入れられるなどの利点はあるが、ウィスコンシン大学の例に見るように、それがスポーツの人気を左右するものではないのではないか。もちろん、アリーナ、スタジアム環境の改善は重要であるが、マディソンのような日本の地方都市のプロスポーツチームや、今後産業化が目論まれている大学スポーツにおいて、どの程度の施設がそのチームに必要なのか、ということはよく議論されるべきではないか。

街の中心地のスタジアム

近年、スタジアムを中心とした街づくりも注目されており、スタジアムを郊外に作るよりも、市街地に近い場所に建設されることも議論されている。ウィスコンシン大学のスポーツ施設は、マディソン市の中心から徒歩圏内にあるが、では、平日の夜の試合後、観客はどのような帰路を辿るかと言うと、多くの人が車に乗り、家に帰っていく姿を目にする。なぜならば、この街には電車がないからである。他の事例として、2018年にスーパーボウルが開催された注目されたミネソタ州ミネアポリスは、マディソンよりも人口が多く、4大プロスポーツチームもある。アリーナ、スタジアムはいずれも街の商業施設の一角に位置している。しかし、野球、バスケットボールの試合は、試合開始直前、スターティングメンバーが発表された後でも、また通りすがりにでも、チケットを購入することができる。地域活性化やスポーツ施設の有効活用の観点から考えると、スポーツ施設が街の中心にあることは、大きなメリットがあるだろう。しかし、スポーツ振興の観点から見た時に、集客力がなければ、街中にスタジアムやアリーナがあることが解決策にはならないこともあるだろう。

なぜマディソン市で?

人口25万人のマディソン市で、8万人のアメリカンフットボールスタジアムがなぜ満員になるのだろうか?これまでに述べたとおり、アリーナ、スタジアムの利便性によるものだけではないと感じる。スポーツビジネスの中で従来から言われていることの繰り返しとなるが、ウィスコンシン大学Badgersのブランド力、観戦によって得られる充足感、コミュニティと関わりを持てているとの感情ではないかと感じる。筆者は、ウィスコンシン大学に在学・卒業しているわけではいないため、大学に対するアイデンティティは低い。しかし、地域住民として、チームを応援する街の雰囲気や、アリーナ、スタジアムに入った時の熱狂的な雰囲気によって「何をしているのか気になる」「また観に行ってみたい」との思いをもつことができる。さらに、ウィスコンシン大学アイスホッケーチームのヘッドコーチが率いる米国代表アイスホッケーチームは、オリンピックでどのような活躍を見せるのか、興味も沸いてくる。このようにひとつの観戦体験が相乗効果を生み、さらには自身のスポーツ実施へと繋がる可能性もある。これは、チームの強さにも依存しない。なぜなら、今シーズン、ウィスコンシン大学バスケットボールチームの成績は芳しくなく、筆者が観戦した試合は半分が負け試合であった。また、これは大学スポーツに限ったことではなく、プロスポーツでも同じことであろう。

日本でも、プロスポーツチームのない街は存在し、最新テクノロジーを用いたスポーツ施設を建設、改修する余裕のないチームや街もある。米国でも大都市圏と地方都市ではスポーツ事情は大きく異なる。こうした米国の地方都市におけるスポーツ事情を鑑みることで、日本の地方都市のスポーツ振興に応用できることは少なくないのではないか。

※文中、1ドル=105円で換算

参考文献

レポート執筆者

相澤 くるみ

相澤 くるみ

Visiting Scholar, Research Institute for Sport Knowledge, Waseda University Visiting Scholar, School of Kinesiology, University of Minnesota Correspondent, Sasakawa Sports Foundation