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アメリカ合衆国におけるスポーツコミッション:フロリダ州ゲインズビルの事例

2014.11.27

アメリカ合衆国におけるスポーツコミッション:フロリダ州ゲインズビルの事例

スポーツコミッションは、日本ではまだ馴染みの深い言葉ではないかもしれないが、アメリカにおいて頻繁に見られる組織形態である。筆者が在住のフロリダ州だけでも26のスポーツコミッションが存在する。本稿ではアメリカ合衆国におけるスポーツコミッションの事例としてフロリダ州ゲインズビルスポーツコミッション(以下GSC)を紹介させていただき、最後に今後の課題を提示させていただく。

フロリダ州ゲインズビルスポーツコミッションの事例

GSCは1988年に設立されたフロリダ州アラチュア郡に位置する非営利民間組織である。GSCはスポーツツーリズムの力を活用して、アラチュア郡の地域経済と住民のQOL向上をミッションに掲げ活動を展開している。歴史的な背景に少し触れると、元々アラチュア郡では、GSCが発足する前から、高校生フットボール州大会などのスポーツイベントを誘致する動きがあった。これらの活動は「ゲインズビルスポーツ企画組織」としてボランティアが主体となって70年以上も前から行われていた。GSCのジョリーン・カチアトール氏によれば、それらのスポーツイベントを誘致していた地域ボランティアの方々の目的は、自分たちがスポーツイベントを間近で観戦したいというものだったという。1988年にGSCとして組織体系を整える前から考えれば、米国内の他のスポーツコミッションと比較しても、かなり早くからスポーツイベント誘致活動を行ってきたことがわかる。GSCは組織として上手く機能していると言えるが、その背景には地域に根ざしたスポーツ文化の影響があったのかもしれない。

現在GSCは2名の常勤職員と1名の非常勤職員、そして毎年5-10名フロリダ大学から受け入れるインターン生とともに運営されている。運営費はアラチュア郡行政からの補助金で賄われている。アラチュア郡行政がスポーツイベント誘致に着目したのは、今から約20数年前のことである。元々誘致されていたスポーツイベントが、アラチュア郡の収入源となるベッド税(観光客がホテルの宿泊料に上乗せして支払う州や郡が設定した税金)に貢献しているという事実に気づいたのである。それ以降、アラチュア郡はGSCとスポーツイベント誘致のパートナーシップを結ぶようになった。GSCは年間US$110,000(おおよそ1200万円)を「スポーツイベント誘致費(ビッドプールと呼ばれる)」としてアラチュア郡から受け取り、35-45のスポーツイベントを誘致している。スポーツイベント誘致費は基本的に変わることはないが、この補助金によって地域にもたらされたインパクトが、人件費などの運営費補助に大きな影響を及ぼす。

まずスポーツイベント誘致費に関して説明させていただきたい。これほどの補助金を行政から継続して受け取るためには、当然のことながら説明責任が課される。GSCの場合、郡への提出が義務付けられる月末報告書の中で、誘致したスポーツイベントが、どれだけの経済的インパクトを地域にもたらすのか詳細に数値化して説明する必要があるだろう。GSCが継続して補助金を受け取れる理由もここにある。カチアトール氏によれば、2012-2013年度の経済的インパクトは、おおよそ20億円と見積もられている。その中でも、ホテルの稼働率に着目してみると、約43000泊(約4億円)が創り出されている。しかしながら、これらのデータはアラチュア郡行政が独自に算出した見積もりである。アラチュア郡としてはこのデータを基にステークホルダーへのヒアリング調査も行い、GSCの活動が実際にベッド税収に貢献しているかの把握に努めている。一方GSCとしては、ホテル従事者にGSCの活動に満足してもらえる仕組みを作る必要がある。GSCは頻繁にホテルに聞き取り調査を行い、彼らの独自のデータベースから、ホテル客の宿泊パターンを割り出し、どの季節・どの曜日に集客が必要なのか把握し、そのデータに応じて最適なスポーツイベントを選択、誘致活動を行っている。

このプロセスが翌年の郡からGSCに支払われる運営費補助金額に大きな影響を与える。GSCがスポーツイベントによって創り出したベッド税収は一度アラチュア郡が取りまとめる。郡はベッド税の中からGSCに最高30%を運営費として補助するわけだが、イベントを誘致しているのはGSCだけではない。音楽イベントや、アートフェスティバルなどを誘致している団体も同様の仕組みで活動している。つまりアラチュア郡において、イベント誘致の市場競争が行われているのである。GSCとしては、スポーツプロダクトの特性を良く理解し、郡外からの来訪者数を最大化し、ホテルの宿泊部屋数を増やせるイベントを、最適な時期に誘致することに努めている。

スポーツコミッション設立と今後の課題

本稿ではGSCを事例として扱いながら、主にスポーツイベントの経済的インパクトと行政との関係性についてご紹介させていただいた。しかしながら、今後のスポーツコミッションを考える際、社会的インパクトと環境的インパクトの評価を無視することはできない。スポーツを触媒として経済的な便益を地域に還元すると同時に、地域住民が地域愛やプライドなどのかけがえのない心理的収入(Psychic income)を得ることも社会的な側面から考えると必要不可欠である。社会的インパクトの数値化は容易ではないが、住民へのアンケートや聞き取り調査なども視野に入れる必要があるかもしれない。さらに環境的インパクトの評価も行う必要があるだろう。例えば、多くのスポーツ参加者・観戦者が当該地域に訪れることで、自然破壊が進んでいないかを評価することは、継続的な地域発展に不可欠である。経済的側面を含めたこれらの3つのインパクトを正確に評価・測定していくことが重要課題になっていくだろう。

インパクトを評価する際、ポジティブなインパクトを測定することが多いが、ネガティブなインパクトの測定を怠ると正確な評価ができない。例えば従来の経済効果の測定を目的としたレポートでは、来訪者の消費額やホテルの稼働率、雇用の創出などに着目して評価が行われてきた。しかしながら、多くの場合、経済効果は実際の額よりも多く見積もられていると言っても過言ではない。多くの来訪者が当該地域に訪れることによって、地域住民の消費活動は落ちていないか、創り出された雇用がスポーツイベントの終了と同時に消えてしまっていないかなども考慮する必要があるだろう。さらに、社会的な側面から考えると、地域住民の安全は脅かされていないかなども重要な評価基準である。スポーツは他のプロダクトに比べて、感情を強く刺激するプロダクトであり、時にスポーツ消費者の攻撃性を生み出すこともある。スポーツプロダクトの特性をよく理解したスポーツ専門集団であるスポーツコミッションこそが、これらの課題への対策を練っていく必要があるだろう。

レポート執筆者

佐藤 晋太郎

佐藤 晋太郎

Assistant Professor of Marketing Montclair State University Correspondent, Sasakawa Sports Foundation