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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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大会組織委員会の運営総括

【2020年東京オリンピック・パラリンピック】

2022.06.30

 2013年9月にブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会(IOC)総会で、2020年オリンピック・パラリンピックの東京での開催が決定してから約8年。日本で2度目の夏季オリンピック開催の準備は、不祥事や想定外のトラブルに次々と見舞われ、さながら暴風雨の中を懸命に前に進んでいるようだった。

 新型コロナウイルスの世界的大流行によってオリンピック史上初めて1年延期となるなど不可抗力の出来事もあったが、それを差し引いても不手際による混乱が続発した。なぜこんな状況に陥ったのか。今後の教訓とするためにもしっかりと検証する必要がある。

 どんなトラブルがあったのか、主なものをふり返ってみよう。

  • 20157月ザハ・ハディド氏のデザインによる新国立競技場の建設計画が総工費の膨張が止まらず白紙見直し
  • 20159月発表した大会エンブレムがデザイン盗用の疑惑で使用中止・20191月大会招致に絡むIOC委員らへの買収疑惑で竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長が辞任
  • 201910月マラソン・競歩の会場が、東京の猛暑を危惧したIOCの意向で突然札幌へ変更
  • 20203月新型コロナウイルスのパンデミックにより大会の1年延期が決定
  • 20212月大会組織委員会の森喜朗会長が女性を蔑視したとされる発言で辞任
  • 20213月開閉会式の演出責任者がタレントの容姿を侮蔑する不適切な企画案を提案したことが発覚して辞任
  • 20217月開会式の直前になって開会式の楽曲制作の担当者が辞任、開閉会式のショー演出担当者は解任

 このほかにも細かなトラブルまで数え上げたらきりがない。招致段階の7000億円から結局16440億円まで膨れ上がった開催経費の予算や、コロナの感染が拡大する中で強行した国内の聖火リレーなど十分な説明もなく開催を前提に前のめりに準備を進める姿勢も世論の猛批判を浴びた。

 オリンピック・パラリンピックの開催を準備、運営する責任があるのは開催都市とその国のオリンピック委員会(NOC)で設立する大会組織委員会である。だが、ここまで混乱が続き批判された責任が組織委だけにあるわけではない。新国立競技場の建設は国の事業だし、コロナ禍での開催の是非を判断できたのも国だった。2016年のリオデジャネイロ大会の閉会式で次回開催地として東京が紹介されるときに当時の安倍晋三首相が「安倍マリオ」として登場したように、東京大会は国の関与が大きく、「国家プロジェクト」として強く意識されていた。

 その結果として組織委と東京都、国の責任の所在と役割分担があいまいになり、政治家たちの支持率アップや人気取りの道具として大会が利用され、都民や国民への説明や情報提供が決定的に不足した印象は否めない。オリンピックの意義をアピールする立場でありながら、ほとんど存在感を発揮できなかったJOCの責任も大きい。

オリンピック開会式で聖火台に点火した大坂なおみ

オリンピック開会式で聖火台に点火した大坂なおみ

 大会に向けた動きを取材していて強く感じたのは、1964年東京大会の成功体験をもう1度という意識だった。「1964年大会の呪縛」と呼んでもいいかもしれない。例えば新国立競技場の計画に聖火台の設置がないことが批判されたが、昨今のオリンピックではメーン会場に常設の聖火台などない。聖火を点火する演出は本番まで隠される。ところが、多くの日本人には聖火といえば1964年大会の国立競技場の階段を駆け上がって青空の下で点火されたイメージを抱く。聖火台がなければ「?」となる。困ったことに、取材するメディアまでもがそんな感覚を引きずっていた。

 大会の準備を進める組織委も1964年大会と同様に民間ではなく官主導の運営。この国の未来のためにダイバーシティー(多様性)の実現を目指す大会のかじ取りをする組織とは思えないほど旧態依然とした体質を残していた。森喜朗前会長が女性蔑視とされる発言をした時の「わきまえていらっしゃる」という言葉がそれを象徴している。批判されたのはジェンダー差別だけではない。「会議で発言するのはいけないこと」と受け取られた。重要な物事は偉いわれわれが既に決定しているから「部外者」は発言すべきではないということか──。

 組織委からオリンピック・パラリンピックに関するニュースが発信されるたびに、多くの人が自分が「部外者」の立場に置かれていることを感じ、鬱憤を膨らませていったのではないだろうか。かくして、国民的な祝祭のイベントを目指したはずの2度目の東京オリンピックは、一部の限られた人々のための大会となり、不満や批判をぶつける対象となっていった。

パラリンピック閉会式で挨拶する大会組織委員会橋本聖子会長(右)。 左は国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長

パラリンピック閉会式で挨拶する大会組織委員会橋本聖子会長(右)。 左は国際パラリンピック委員会(IPC)のアンドリュー・パーソンズ会長

 組織委のために強調しておくべきこともある。コロナ禍での開催を前提にしていると批判を浴びたが、組織委のその姿勢は当たり前である。組織委の仕事は大会を開催するか否かを判断することではない。開催するための準備を進め、実際に大会を運営して無事に閉幕を迎えることだ。その意味ではミッションは見事に達成された。特に、東京などが緊急事態宣言下という最悪の条件にもかかわらず、開幕後にさらなる感染拡大を引き起こすこともなく、破綻なく全競技をやり遂げたことは称賛に値する。現場の努力には敬意を表すべきだと思う。

 ただし、大会を歓迎するムードを醸成するのも組織委の重要な役割である。それどころか嫌悪さえする社会の雰囲気を作ってしまった責任は重い。大会エンブレムのデザイン盗用疑惑をはじめ次々と不手際が発生した背景にも、組織の不透明な運営とガバナンスの不全があった。民主的な体裁を整えてはいても、組織の意思決定について、その過程や理由がまるで見えてこなかった。

オリンピック開会式では「ドラゴンクエスト『ロトのテーマ』」とともに選手が入場した

オリンピック開会式では「ドラゴンクエスト『ロトのテーマ』」とともに選手が入場した

 開閉会式の演出チームをめぐるトラブル続出の原因を検証するとよく分かる。演出チームは201712月に日本の代表的なクリエーター8人で結成された。総合統括は狂言師の野村萬斎氏、五輪の演出責任者は映画監督の山崎貴氏、パラリンピックは電通出身のクリエーティブディレクター、佐々木宏氏という態勢だったが、途中から五輪の実質的な責任者は振付師のMIKIKO氏に交代していた。そして202012月、大会延期に伴う簡素化を図るという理由でチームは解散。佐々木氏が全体の責任者になった。

 ところが、チームの結成と解散についてはおざなりな発表をしても、担当の交代やその事情などについては一切公表されなかった。開閉会式は大会の理念や意義などのメッセージを発信する重要な舞台だが、組織として業務執行の決定や重要な使用人を選任する理事会で、詳しい説明や議論があった様子もない。

 そしてオリンピック開幕の4カ月前、週刊誌の報道で佐々木氏が1年以上前のチーム内でのメールのやりとりでタレントの容姿を侮蔑する演出案を披露していたことが発覚、辞任に追い込まれた。「内部告発」があったのは間違いない。重要な人事を説明や議論もなく一部の思惑だけで決定してきた弊害といえる。

 組織委は演出チームを再編成する必要に迫られ、詳しいメンバーを開幕9日前に発表したが、この時も選考の理由や説明はなかった。そして開会式の担当者は過去のインタビューで語った障害者へのいじめが批判されて開会式の4日前に辞任。ショーの演出担当者は過去にユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)を揶揄するコントを扱っていたことで、開会式前日に解任する事態となった。情報を共有してチェック機能が働くガバナンスがしっかりした組織ならありえない失態である。

 組織委は理事会を開催してしばらくすると議事録を公開する。その内容を読むと力が抜ける。具体的な意見や議論はほぼ記載がない。「満場一致で原案どおり承認可決された」の表現ばかりが目立つ。結局、案件ごとに数人の幹部だけで意思決定がなされていたということだろう。何の目的で議事録を作成し、公開しているのか理解に苦しむ。

 詳細な議事録の作成は後の歴史的検証のためには不可欠である。直接の開催経費だけで16440億円と試算されたビッグイベントの準備を進めるさまざまな局面において、どんな課題があって、どのような検討や議論の末にそれぞれの決定がなされたのか。理事会の議事録だけではない。IOCや各国際競技団体(IF)との交渉ではどんな要求があり、どんなやりとりがあったのか。開催経費が膨らんでいった理由を明らかにすることにもつながる。

 東京都やJOC、そして国についても同様だ。コロナ禍での開催に踏み切る経緯についても、どんなデータや対策が報告され、どんな意見があり、最終的に誰が決断したのか。うやむやにしてはいけないテーマである。

 今からでも遅くはない。組織委を中心に大会を総括した詳細な報告書を残してほしい。それは、必ず将来に生かされる。今回のオリンピック・パラリンピックが残す未来に向けての貴重なレガシーとなるはずだ。

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スポーツ歴史の検証
  • 北川 和徳 日本経済新聞社 編集委員
    1960年生まれ。1984年日本経済新聞社入社。1993年から運動部で一貫して日本オリンピック委員会(JOC)、日本スポーツ協会などスポーツ行政を中心に担当。オリンピックは1996年アトランタ大会、1998年長野冬季大会、2006年トリノ冬季大会どを取材。新潟支局長、地方部長、編集局次長兼運動部長を経て、2015年4月から現職。現在は日経本紙朝刊と電子版で毎週水曜日にコラム「スポーツの力」を連載。