2021.01.12
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2021.01.12
中国・武漢から出た新型コロナの世界的蔓延の影響で、2020年7~9月に開催予定であった東京オリンピック・パラリンピック大会は、丸1年先送りとなった。1896年から始まった近代オリンピックで開催時期が一年先送りになった例は初めてである。
1年の延期にかかる追加費用は3,000億円とも言われてきたが、コロナ感染が世界的にも収束するかどうか見通せない状況で、2021年夏の開催も本当に実現するのかどうかについては今なお懐疑的な見方もあり、予断を許さない。産業能率大学スポーツマネジメント研究所が2020年7月にスポーツファンを対象に実施したアンケートでは、84.8%が「現実問題として、来年の東京オリンピック・パラリンピック大会の開催も難しいと思う」と回答した、というニュースも2020年10月下旬に話題となった。
開催国である日本も、開催都市である東京も、主催者である国際オリンピック委員会(IOC)も、なんとかして2021年夏の開催を実現しようということで、大会関係者の参加人数を10~15%程度抑制するなど、様々な知恵を絞っている。
現在の世界をとりまく状況を鑑みるに、選手・関係者はもちろん、多くの観客が世界中から東京に来てオリンピック・パラリンピックを観戦したり、選手を応援したりするという、当初想定していた形での大会開催は絶望的だろう。開催するにしても、観戦者数の制限は確実であろうし、声援を送ることや会場内での飲食が制限される可能性も小さくないだろう。それでいて、チケット収入はもちろん、インバウンド消費も期待できないのに、コロナ対策費用がかさむという状況が想定される。
そのような状況にあっても、延期してでもオリンピックを開催しようと努力していることに関して、日本国民はどちらかといえば肯定的であると言えよう。野村総合研究所が大崎企業スポーツ事業研究助成財団から受託して2020年6月に全国2,000人の生活者を対象に実施したアンケートでは、コストが増加しなければ賛成という意見も含めれば、約6割が延期開催賛成派である。さすがに3,000億円以上の追加費用がかかっても延期して開催すべきという意見の人は15.5%に留まっているものの、3,000億円程度のコスト負担もやむを得ないという意見も含めれば、コスト増でも開催に積極的な国民は全体の約4割にのぼっている。
では、なぜ延期開催に賛成であるのか。その理由を見ると、「オリンピック・パラリンピックを開催することで落ち込んだ経済を活性化させられるため」(54.6%)や、「オリンピック・パラリンピックを開催しなければ大きな経済損失となってしまうため」(43.4%)という、オリンピック・パラリンピック開催による経済効果を期待した意見が比較的多く、「開催しなければ選手がかわいそう」(37.7%)や、自身が「日本で開催されるオリンピック・パラリンピックを観たい」(32.4%)といった意見は相対的に少ない。
ところが、立ち止まって考えたいのは、コロナ禍により様々な制約があるなかで開催されるオリンピック・パラリンピックには大した経済効果は期待できないこと、そして、オリンピック・パラリンピックに関わる経済効果は相当程度すでに出てしまっていること、である。
東京都が2017年4月に算出した東京オリンピック・パラリンピックの経済波及効果32兆円の内訳をみると、2兆円の直接的効果のうち、家計消費支出(2,910億円)は確かにオリンピック・パラリンピックを開催することではじめて期待できる経済効果であろうが、大会参加者・観戦者の消費支出(2,079億円)は規模を縮小した大会では当初予定したほどの効果を期待できない。また、施設整備費(3,500億円)はすでに支出済みだし、大会運営費(1兆600億円)や国際映像制作・伝送費(335億円)、企業マーケティング活動費(366億円)も大半とまでは言わなくともこれまでに相当な割合が支出済みであることから、これから先、大会を開催しようがしまいが、経済効果の多くはすでに発現済みと言えよう。
さらに言えば、12.2兆円とされるレガシー効果についても、うち9.2兆円を占める「経済の活性化・最先端技術の活用」が典型例だが、「観光需要の拡大」や「国際ビジネス拠点の形成」など、オリンピック・パラリンピックを機に訪日した外国人を通して拡大が期待される割合が大きく、観客や関係者が世界中から大勢やって来ることを期待できない大会を開催しても、残念ながらさほどの効果は期待できない。
注)上記の需要増加額(14.2兆円)に間接波及効果を加えた経済波及効果(生産誘発額)を、全国で32兆円と試算している。
出所)「東京2020大会開催に伴う経済波及効果」(平成29年4月、東京都オリンピック・パラリンピック準備局)
そう考えると、多くの日本人が「経済効果を期待して」延期開催を支持している2021年夏のオリンピック・パラリンピックは、実のところ、開催根拠が弱いと言わざるを得ないのではないだろうか。
むしろ、経済効果以外に、2021年夏のオリンピック・パラリンピックを開催する大義を国民、とりわけ東京都民に示し、理解を得る必要がある。その経済効果以外の大義の候補としては、日本が東日本大震災からの復活を遂げつつあるだけでなく、世界がコロナ禍を克服したというメッセージを東京発で世界に発信することと、コロナ禍に併せて実現するコンパクトな大会をレガシーとして後世の開催都市に残すこと、であろう。そういった世界や人類にとっての価値を、日本・東京が中心となってつくり上げていくことに国民・都民が共感し支持してもらえることこそが、我が国におけるオリンピズムの浸透・定着であると言えるのではないだろうか。