黒岩祐治氏(当日のインタビュー風景)
―― 「誰かが踏み出さなければ」という思いというのは、黒岩知事ご自身がニュースキャスターから政治家への転身をする際の思いでもあったのでしょうか。
私が政治家を志したのは、実は小学校の低学年の頃でした。私自身は兵庫県神戸市の出身ですが、父親は鹿児島県出身でして、幼少時代から「オマエは薩摩隼人の人間なんだぞ」と言われて育ったんです。「薩摩隼人」とはどういうことかというと、私利私欲のためではなく、世のため人のために生きる人。父にとってはそういう意味だったんですね。それをずっと聞いて育ったものですから、そういう考えが私のベースにはありました。
ですから小学生の時にはすでに政治家を志していまして、大学に入ったころまではその考えは変わりませんでした。
ところが、徐々に生々しい政治の現実が見えてきまして、大学卒業の頃にはすっかり考えは変わっていました。政治家同士の権力闘争に、自分は向いていないなと思ったんです。しかし「世のため、人のため」という考えは変わらずありましたので、メディアだったらそういうことができるんじゃないかと。何か問題が起きた時に、その事実を伝えることで、状況を変えたり問題解決の糸口になるのではないかと思ったんです。それが、私がフジテレビに入社した一番の動機でした。
実際入社後に伝えられたことはたくさんありました。なかでも大きかったのは、救急医療体制の現実です。急患が出た場合、救急車で病院に運ばれるわけですが、その救急車には消防士だけで医師が乗っていません。そのために、運ばれる途中で亡くなるケースが少なくなかったんです。もっとプレホスピタルケア(病院前処置)が適切になされていたら助かったいのちもあったのに、というのが従来の日本の現状でした。一方、アメリカでは救急車には必ず高度な医療技術を持ち、適切な応急処置ができるエマージェンシー・メディカル・テクニシャン(EMT)が乗っていて、病院に到着する前に救急車の中でも医療行為ができる体制をしいています。EMTには三段階あり、パラメディックと呼ばれる上級救急隊は、心電図判読や薬剤投与などのトレーニングも受けています。こうした知られざる救急車の中の現実を伝えたいと、フジテレビで2年間で100回を超える救急医療キャンペーン報道を展開しました。そうしたところ、行政や国会も動き出し、「医師以外は医療行為をしてはいけない」という医師法第17条の壁を越えて、1991年に「救急救命士制度」ができました。そうした体験がありましたので、就職してからは政治家になろうとは一度も思っていませんでした。実は選挙があるたびに、さまざまな政治家から口説かれてはいたんです。しかし、「政治家にならなくても、メディアでも世のため、人のためになること、世の中を変えることができる」と思って、すべてお断りをしていました。
神奈川県知事に初当選し初登庁(2011年4月)
―― その黒岩さんが、2011年の神奈川県知事の選挙に立候補されたきっかけは何だったのでしょうか 。
知事選挙が始まる3週間前に、突然ある人から電話がかかってきまして、「神奈川県知事の選挙に出ていただけませんか?」と言われたんです。当時現職だった松沢成文前知事の三選が確実視されていたのですが、ご本人が急に東京都の知事選挙に立候補する意思を固めたと。それで私に白羽の矢が立ったわけですが、政治家になるつもりはまったくありませんでしたから、最初はずっとお断りしていました。
しかし、「ちょっと待てよ、今まで頼まれていたのは国会議員だけれど、今回は県知事。少し今までと違うか」なんてことを考えていたところに起きたのが、2011年3月11日の「東日本大震災」でした。未曽有の大災害を目の当たりにして、私の考えはガラリと変わりました。「"いのち"という言葉を大切にしてきた自分が、こうして今、約900万人の神奈川県民のいのちを預かる立場である知事になってほしいと声がかけられている。これは天命ではないだろうか」と。それで立候補する決心を固めました。
東京オリンピック・パラリンピック開催は将来の日本の力に
2020東京オリンピックセーリング競技江の島開催決定(2015年6月))
―― いのちを大切にされる知事だからこそ伺いたいのですが、東京オリンピック・パラリンピックを開催するにあたっては、どのようなことが重要だとお考えでしょうか。
まずは、何よりも「安全・安心」であることですよね。10月、横浜スタジアムで実施した技術実証は、まさにそのためのものです。球場内に設置された高精細カメラは、今回の実証ではマスクの装着率を分析することが狙いだったわけですが、危険人物を割り出し、テロなどの事件を未然に防ぐということにも活用することができます。今回の実証は、東京オリンピック・パラリンピックの開催実施に向けての第一歩というふうに考えています。
今回実証してみてわかったことの一つとして、高度なテクノロジーを駆使するだけでなく、それに人の行動をリンクさせることが重要だということです。たとえば、高精細カメラでマスクを装着していない人がすぐにわかるわけですが、それで終わってしまっては何もなりません。警備員がすぐにかけつけて、マスクの装着を促すなどして、マスクの装着率を高める行動があって初めて高精細カメラ設置の成果と言えるわけです。そのためには、警備員の数や配置も重要になります。
また「三密」にならないための人の流れも重要な課題となりますが、今回横浜スタジアムでの実証でうまくいったなと感じられたのは、うまく人の流れをコントロールできたという点です。ふだんでしたら試合終了時にはJR関内駅(横浜スタジアムの最寄り駅)は人ごみができてしまうのですが、球場内のバックスクリーンやアナウンスで混雑具合を示すことで、お客さんがタイミングをずらして密にならないようにして退場することができました。また試合中も、LINE Beacon(自分がいる場所と連動した情報をLINEで受け取ることができるサービス)を活用してトイレや売店などの混雑度がわかるようになっていましたので、「密をつくらない」という課題をしっかりとクリアすることができました。東京オリンピック・パラリンピックでも活かすことができると思います。11月7、8日には東京ドームでも同じような技術実証が行われましたので、それとすり合わせながら、東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、一歩一歩、進んでいくことが大事だと思います。
―― 東京オリンピック・パラリンピックを「安全・安心」に開催するために、どんな意識を持つことが必要でしょうか。
もう一度生活スタイルを見直すことが大切だと思います。これまで習慣や常識とされてきたことを変えることは簡単ではありませんが、これ以上新型コロナウイルスの感染を拡大させない、そして平和な日常生活を取り戻し、東京オリンピック・パラリンピックをはじめとしたエンターテインメントを楽しむことができるようにするためには、新しい生活スタイルを受け入れなければなりません。
たとえば、会食をするときにもマスクを付けることを当たり前にすること。感染拡大の大きな原因の一つとして、複数人での会食があることは明らかです。特に酒席では、より会話が弾み、大きな声になったりしますよね。そうすると、飛沫感染のリスクが高まってしまう。ですから、私自身が実際にやっていることをお勧めしたいのですが、自分が食べ物や飲み物を口にするときだけマスクを外して、それ以外はマスクを付けて会話をするんです。やってみると、意外と難しいことでも面倒なことでもありません。私のやり方を政府の分科会でお披露目したところ、尾身茂会長も「それはいいですね」と、その後の記者会見で紹介していただいたことがありますが、食べる時、飲む時には片方の耳からマスクの紐を外し、口に運んだらすぐにまた耳にかける。これだけで会食の場での感染リスクを抑えられるはずです。こうした細かいことを徹底的に実践していくことで、感染防止と経済活動の両立は可能だと思いますし、その延長線上に東京オリンピック・パラリンピックの開催があるのだと思います。
横浜国際総合競技場(日産スタジアム)で行われたラグビー ワールドカップの決勝(2019年11月)
―― このコロナ禍においても、なお東京オリンピック・パラリンピックを開催する意義とは、どうお考えでしょうか。
4年に一度開催されるオリンピック・パラリンピックというのは、開催国・都市にとっては、歴史の1ページとなる一大イベント。国民の心を一つにすることのできるものだと思います。
その開催の権利を、日本は東京都が代表になって勝ち取ったわけです。2019年には日本はラグビーワールドカップを大成功させました。神奈川県も横浜市の協力を得て、横浜国際総合競技場(日産スタジアム)で素晴らしい決勝戦等を行うことができました。
ワールドラグビーのサー・ビル・ボーモント会長からも「過去最高のワールドカップとして記憶されるだろう」というお言葉がありましたが、世界に向けて「日本はやっぱりすごい国だな、すばらしい国だな」ということを発信することができたと思います。
そのラグビーワールドカップに続いて、今度は東京オリンピック・パラリンピックを素晴らしい大会にすることは、日本の存在を世界にさらにアピールする最大のチャンスだと考えています。しかも世界中が苦しんでいる厳しい状況の中で、日本はしっかりと安全・安心に開催し、感動を届けてくれたとなれば、国家としての信頼が高まります。コロナ禍である今こそ、日本の力を示す時だと思いますし、それが政治的にも経済的にも、将来の日本にとって非常に大きな力になると思います。