JTL会長就任にこめられた"繰り返してはいけない過去"への思い
JTL川淵新会長のあいさつ(2015年) ©日本トップリーグ連携機構
―― 日本バスケットボール界をまとめられ、2015年には「日本トップリーグ連携機構」(JTL)の会長にも就任されました。
そもそもの話として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の森喜朗さん(元首相で日本ラグビー協会名誉会長)と、副総理兼財務大臣の麻生太郎さんとの話の中で、日本のボールゲームが世界で活躍できない現状では2020年東京オリンピックは盛り上がりに欠けてしまうと。日本の団体球技を強化するためには、各リーグの強化が必要だ、ということで、JTLが創設されました。実は設立当初、僕はJTLの副会長を頼まれたのですがその話は引き受けず、Jリーグも参加させなかったんです。というのも、当時のJTLは縦割りの組織構造で、各競技団体同士での連携がうまくいっていなかったので、それでは何の意味もなさないだろうと。
しかし、森さんと麻生さんのお力添えで、徐々に連携も生まれてくるようになってきました。その一方で、各競技団体のガバナンスに対して誰も口出しできないというところもありました。僕にすれば、JOCにも問題があると思っていたんです。強化費は出すけれども、各競技団体がどういうふうに運営しているか、ガバナンスの部分をまったく精査もしなければ干渉もしない。そういうことが日本スポーツ界にとってマイナスになっていました。
クラマーコーチとサッカー日本代表(東京オリンピック選手村、1964年)
そういう中で、JTL初代会長を務めた森さんが2014年に2020東京大会組織委員会会長に就任して多忙を極められるようになり、後任の話をいただきました。
なぜ会長就任を引き受けたかと言うと、繰り返してはいけない過去があったからです。僕は現役時代、日本代表として1964年東京オリンピックに出場しました。僕たちは後に「日本サッカーの父」と呼ばれたドイツ人コーチのデットマール・クラマーの指導の下、4年をかけて強化を図り、東京オリンピックで強豪アルゼンチンを破るという快挙を成し遂げてベスト8進出を果たしました。日本は次の1968年メキシコオリンピックで銅メダルを獲得しましたが、これは東京オリンピックの遺産があったから。実際、出場メンバーは東京オリンピックとほぼ同じでした。結局、日本サッカー界は東京オリンピック以降、選手の育成・強化をまったく行ってはいなかったんです。そのためにサッカー日本代表はメキシコオリンピック以降、28年間、オリンピックに出場することができないという事態に陥りました。
2020年東京オリンピックでは、同じ轍を踏んではならないと思ったんです。今は東京オリンピックのために強化費がつぎ込まれているわけですが、東京オリンピックのことだけではなく、それ以降も成長し続けられるように、今のうちに土台を築いていく必要がある。そういう組織をつくっていかなければならないと思ってJTLの会長就任のお話を引き受けました。日本スポーツ界が少しでも良くなるのであれば、文句を言われて嫌な思いをしてでも、僕は遠慮なく口出ししていくつもりです。
―― 日本スポーツ界には厳しいことを言わないという風潮があります。しかし、組織を育てていくためには、嫌われてでも言うべきことは言い、川淵さんが重要視されているガバナンスを大事にしていかなければならないと思います。
日本スポーツ界は、そのことがわかっていない人が多いような気がしますね。各競技の普及促進、発展、代表の強化という点において、どこの競技団体も短期、中期、長期と計画を立てていると思います。しかし、それが経営的視点にのっとって実行に移せているのかどうか。最も大きい課題は、人材の確保。優秀な人材がいて初めて運営に対する企画立案ができるわけです。しかし、優秀な人材を確保するには、やはり資金も必要です。ところが現在、競技団体は資金難というところが少なくありません。だから優秀な人材が集まらず、ガバナンスが成り立たないという負のスパイラルに陥っています。この負のスパイラルから抜け出すには、その競技のことに精通しているかどうかというよりも、スポーツビジネスとしてその競技をどう捉えていくのかという視点を持った人材が必要です。これなくしては競技の普及・発展はありません。ビジネス感覚を持った人が組織のトップに立って運営していくだけで、日本スポーツ界は良い方向へと変わっていくはずです。
J1ヴィッセル神戸でプレーするイニエスタ選手(2018年)
―― そうしたことを先行して行ってきたのが、Jリーグではないでしょうか。
はい、そうです。しかし、一方でJリーグのクラブを見ると、これまでは出資企業の役員がトップに就くことが多く、本当にスポーツをビジネスとしてとらえられている人はほとんどいませんでした。そんな中で三木谷浩史さん(楽天会長兼社長)がヴィッセル神戸の会長に就き、元スペイン代表のアンドレス・イニエスタを引き抜いたり、世界最強クラブの一つバルセロナ(スペイン)と連携を図るなど手腕を発揮しています。
さらに大手通販販売会社「ジャパネットたかた」の創業者である高田明さんが代表取締役社長に就任した(2019年11月3日、2020年1月1日で退任することを発表)V・ファーレン長崎では、「長崎スタジアムシティプロジェクト」が動き始めていて、2023年の開業を目指しています。これは商業施設やオフィスなどを併設し、「試合のない日にも人が集まる次世代スタジアム」をつくり、そのスタジアムを中心にして広がるスポーツ・地域創生事業で、非常に注目されています。Jリーグのクラブにも、そういうビジネス感覚に優れたトップが出てきましたので、「これから日本のサッカー界は変わっていくな」と非常に大きな期待を寄せているんです。
―― 今後、スポーツビジネスの感覚を持った優れた人材を育成するためには、どのようなことが必要でしょうか。
アメリカには学部として「スポーツビジネス」を設置している大学があります。しかし、日本にはほとんどありません。 早稲田大学に「スポーツ科学部」がありますが、スポーツビジネスを専門とする学部ではありませんので、やはりアメリカの大学とは規模が違います。ぜひ日本の大学にも「スポーツビジネス学部」を創設してもらって、そこを卒業した若い人たちを優秀な人材として各競技団体が採用していくような"人材供給の場"をつくるべきだと思います。
川淵 三郎氏(インタビュー風景)
―― 日本スポーツ界全体の課題についてはいかがでしょうか?
非常にたくさんあると思いますが、一つは子どもたちのスポーツ環境です。かねがね僕が提言してきたのは、アメリカのようなシーズン制の導入。春から夏にかけてはベースボールをやって、秋から冬にかけてはバスケットボールをやるといったような、1年に複数のスポーツを経験する環境があり、有望なこどもはその中から選び抜いた道でプロを目指すことが必要だと思います。ただ、そのためにも指導者の育成が第一に不可欠です。日本人には頭ごなしに叱ることを良しとする指導者があまりにも多い。
まずは、子どもたちがスポーツを好きになること。これなくして日本スポーツ界の発展はないわけですから、スポーツ好きの子どもたちを増やしていくために指導者を養成していかなければなりません。トップアスリートの育成ばかりに躍起になっていては日本スポーツ界は衰退していきます。スポーツは「する」人、「見る」人、「支える」人がいて成り立つわけですが、トップアスリートは「する」人のごく一部でしかないわけです。そういう視点におけるスポーツ政策こそ、スポーツ庁の役割だと思います。
ウィルチェアラグビー(リオデジャネイロパラリンピック、2016年)
―― 来年には2回目の東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。特にパラリンピックが成功してこそ、ということが言われていますが、パラ教育に関してはどのように考えられていますか?
障がい者だけでなく、健常者も楽しめるゆるスポーツ競技(年齢や性別、運動神経や運動経験、障害の有無にかかわらず、誰もが楽しめるように考え出されたスポーツ)は、これからどんどん愛好者が増えていくと思いますね。ただ、日本スポーツ界の問題の一つは、スポーツが心から好きで、生活の一部にとり入れていくような文化がまだ醸成されていない。
東京オリンピック・パラリンピックを見て、「自分もやってみたい」と思う人は多いと思うんです。そうした時に、実際にやれる場をどういうふうに提供していくかが大切で、それこそが普及促進に大きく結びついていくと思います。特にパラリンピック競技においては、これまでは車いすバスケットボールや車いすラグビーなどでは使用禁止 とする体育館も少なくありませんでした。都内のある体育館で調査したところ、車いす競技で、体育館に大きなダメージを及ぼすようなことはないんです。そういう事実をもっと広め、パラリンピック競技にもスポーツ施設はオープンにすることが常識化されるような働きかけをしていかなければなりません。東京オリンピック・パラリンピックを見て「面白かったね」で終わらせずに、その後の普及促進に結びつけるという意識を各競技団体の関係者が持つことが重要です。
JTLのイベント「ボールで遊ぼう」(2019年)
©日本トップリーグ連携機構
―― 最後に、未来の日本スポーツ界に託したい思いを教えてください。
自宅を一歩出たら、誰でもしたい時に気軽に集まってスポーツが楽しめるような場が増えていくといいなと思います。理想は、たくさんの高層マンションが立ち並んでいるところに、スポーツの競技施設がいくつもあって、週末にはさまざまなスポーツのリーグ戦を部屋の窓から楽しめるような、それくらい街にスポーツがあふれるようになるといいなと。
すべての人にとって日常生活の中にスポーツがあって、気軽に、心の底から楽しめるような日本の社会になってくれると嬉しいですね。