躍進する自衛隊体育学校
自衛隊体育学校校長時代
―― 話は戻りますが、ミュンヘン大会が終わったあと、三宅さんは引退されたのですね。その後は自衛隊体育学校で後進の指導にあたられた。
はい、法政大学を卒業した1962年、東京オリンピックを目指しトレーニング時間を確保したいと考えていたところ、自衛隊体育学校の中にオリンピック選手育成部門ができるということで入隊しました。現役を引退するときに、その自衛隊を辞めるかどうするか悩んだ時期がありました。でも私は、ウエイトリフティング 以外に能がない。女房にも、「あなたには好きなこの道しかないでしょ」と言われました。そこで、自分の能力を、世のため、人のため、社会のために活かしていこうと、自衛隊体育学校の教官として、自分のノウ ハウを後輩たちに伝えることにしたのです。
―― 1993年3月には校長になられたのですね。今年のロンドンオリンピックでは、自衛隊体育学校所属の選手が活躍しました。レスリングの小原日登美選手と米満達弘選手が金メダル、ボクシングの清水聡選手とレスリングの湯元進一選手が銅メダルを獲得しました。
私は「花を咲かせるのは皆さんです。」と言って、1997年3月に退きました。ロンドンでは、その花を全部 咲かせてくれました。夢をかなえてくれた選手の皆さんに、心から御礼を申し上げたい。今は「NPO法人ゴ ールドメダリストを育てる会」を設立し、トップアスリート・ジュニアの国際競技力向上と、スポーツ普及 ・振興のための活動をしています。
ドーピングには厳罰を
―― オリンピックのたびに、ドーピングが問題になるのは悲しいことですね。
オリンピックは本来、聖なる神に捧げるために行われていたものです。本当に強い選手が集まり、優れた技能を競うべきものなのに、薬に頼るなんてとんでもない。人間対人間が体を張って競い合うところが、真のオリンピックではないでしょうか。そういうルール違反は恥ずべきものだと考えます。ですから、違反をした人、違反をした国に対してもっと厳しいペナルティーを科すべきです。IOC、コーチ、選手、一般の人などが幅広く意見を出し合い、どうしたら良いかを考えるべきだと思います。
今でも毎日トレーニング
トレーニング中の三宅選手
―― 三宅さんは、今でもバーベルを挙げられますか。
少しずつですが、練習はしていますよ。といっても、パワーリフティングです。これは3種類の挙げ方があ り、ベンチに横たわって挙げるベンチプレス、床に置いたバーベルを引き上げながら上体を起こしていくデッドリフト、バーベルを肩の後ろなどで支えた姿勢で膝の曲げ伸ばしをするスクワットです。毎日、30分程度、お風呂で体を温めてから、バーベルを握るというスタイルでやっています。
―― ほう、体は大丈夫ですか。
足腰は痛いですよ。でも夢は持ち続けたいので、75歳になったらマスターズ大会に出ようと思っています。 それと、選手を指導するのにバーベルをつかむ必要があるからね。
早くスポーツ省(スポーツ庁)を
―― 次のリオ大会のウエイトリフティングも期待していいでしょうか。
リオ大会では、女子の48キロ、58キロ級あたりがメダルを狙えると思っています。そして男子もメダルに届く可能性があります。しかし、ウエイトリフティングはまだマイナースポーツです。大学時代はいいのですが、やはり卒業後の選手を抱えられる企業がなかなかない。そのあたり、日本オリンピック委員会(JOC) に、ジュニアの時代からなんらかの方策をうっていただけたらと思いますね。オリンピックには二つの大きな意義があるんですよ。一つはオリンピック競技大会で勝つことです。もう一つはスポーツを通じて道徳的 な教育・啓蒙という側面もあります。電車に乗ると、今は若者が我先にと座席に腰を掛ける。シルバーシートにも平気で座る。私たちの時代は、空いていても滅多に座らなかったものです。そういう道徳的な教育というのは時間がかかることですし、今の文部科学省ではなかなか現場の指導までは難しいのではないかと感じています。だからスポーツを通じて、清く、正しく、明るく、責任感を持った人生を過ごす。そして国民の体力向上のためには、スポーツ省、あるいはスポーツ庁が必要になるだろうと考えます。
国民体育大会・インターハイの存在意義を見直す
―― 昨年、スポーツ基本法が50年ぶりに改正されました。今 後の日本のスポーツ界の在り方を考えていくと、三宅さんはまずはどこから対策を打っていくべきだと思いますか。
国民体育大会とインターハイでしょう。国体は何のためにあるのかというと、もともとは、国民の体力増強 や地方の街づくりの活性化のためという目的があったはずなのです。それが徐々に姿を変え、フェスティバル的要素が強くなってきています。少子化の時代、20年後、50年後を考えた場合に、今のままで本当にこれでいいのか、これは日本体育協会に早急に見直しを計ってもらいたい。 またこの件でもスポーツ省・庁が必要になってきます。
オリンピアンのセカンドキャリア
―― ほかには何か?
メダリストの処遇でしょうか。オリンピックのために努力をし、頑張ったアスリートは、国民の皆さんにたくさんの感動や勇気や笑顔をもたらしたはずです。でもそんなオリンピアンたちが、いざオリンピックが終 わってみると、仕事がない、職場に居場所がない、そういう事態に直面するケースがあるようです。メジャースポーツとマイナースポーツで、報酬の面などで差があるのは、寂しいことですよね。そこでスポーツ省 (スポーツ庁)があれば、オリンピアンの培ってきた経験やスキルをその後の人生でもっと活かしていける ようなプログラムを、きめ細かく整備していくこともできるのではないでしょうか。
―― なるほど。金メダリストからの意見として、非常に重みのある提言ですね。
もっと大規模なナショナルトレーニングセンターを
―― では、国際競技力の向上、セカンドキャリアを含めた人 材の養成・活用を考慮して、今後、スポーツ環境をどのように整備していくべきと考えますか。
西が丘に味の素ナショナルトレーニングセンター(味トレ)がありますが、あれよりもっと大規模のものをどーんとつくれるといいですね。今のままの味トレでは、なかなか利用しづらい競技団体があります。それ を30~40階規模にして、それこそ全競技団体の事務所もそこに入り、練習、合宿、ジュニアの育成、試合ま でできるといいと思います。一時的に資金はかかっても、長い目で見ればね。それと今は宿泊施設を使うと 、一部を協会等が負担しなければなりません。しかし、「ナショナル」とうたうのなら、国の全額負担が望ましい。そうすればもっと利用率も上がるはずです。私たちのころは、東京オリンピックの前に米軍の施設を借りて、各競技団体が合宿をしました。そこで他競技の選手とも顔なじみになることができました。 お互いに励まし合いながら、共に東京オリンピックを乗り越えたのです。
2020年東京オリンピック招致、国がもっと積極的にかかわる
―― 三宅さんの出場された東京オリンピックからかれこれ半世紀、2020年の夏季オリンピック大会に、東京が立候補しています。東京、トルコのイスタンブール、スペインのマドリードの3都市に絞られ、来年9月には決定します。
9月7日と聞いています。個人的に思うのは、オリンピックは国ではなく都市で開催するものとはいえ、やは り東京都だけではなく、国・政府がもっと積極的に名乗りをあげて政策的に取り組んでいかなければと思い ます。イスタンブールがライバルと見られていますが、オリンピック開催の支持率は、イスタンブールは85 %ぐらいだとか。
―― 日本の場合、アンケートで「まだ決められない」など曖昧な言い方をよくしますよね。思慮深い国民性を表していると思いますが、それがあの調査では、全部「NO 」の扱いになってしまう。それで47%ぐらいだったのが、ロンドン大会の盛り上がりでようやく66%まで上 がってきたようですね。
メダリストのパレードなど、大きなムーブメントがあれば国民の関心も上がるということを示していますが 、まだ66%ですよね。そこはもっと政策的に、強烈に内外にPRをしていかないと。例えば「復興のために」 というのは日本の論理ですよ。そこは、世界から見た東京オリンピック開催のメリットを考えていかなければならない。日本が誇るハイテク技術を駆使して、デジタルやITでもっと世界に貢献できるはずですよ。これはオリンピックだけの問題ではなく、経済全体に言えることですが。
―― なるほど、日本の持つ能力を広く知ってもらい、スポー ツの枠を超えて、もっと国際的に発信すべきということですね。どうもありがとうございました。