わが国の競技スポーツの発展と歴史を考えるとき、その基盤を築いてきた大きな要素は学校の運動部活動と企業スポーツである。職場における円滑な人間関係の構築や福利厚生を目的として誕生した職場スポーツは、戦後、レクリエーションの要素を取り入れ、民主的交流のシンボルとして発展した。1960年代以降、企業スポーツは、企業戦略の宣伝媒体として、企業イメージにおいて非常に重要な位置を占めるようになり、企業間競争の激化に伴い、従業員である競技者の実質的なプロ化が進行、完全に専門化されたアスリートが企業スポーツを担うようになった。そうした企業のサポートによりプレーを保障されたアスリートがオリンピックや世界選手権などで活躍するという形が近年の日本の競技スポーツを発展させてきた。1990年代のバブル経済崩壊後、企業スポーツを取り巻く経済状況は一変し、多くの企業チームが休・廃部に追い込まれ、アスリートのスポーツ環境にも大きな影響を与えた。「スポーツを一生懸命やって結果を残せばなんとかなる」、「メダリストにさえなれば、その後の人生は安泰だ」という風潮は幻想と化した。
そうした状況の中、2010年8月に文部科学省が発表した「スポーツ立国戦略」の重点戦略において「トップアスリートが安心して競技に専念できる環境の整備」として「ジュニア期から引退後までのキャリア形成支援と社会貢献の推進」が掲げられ、また、「スポーツ基本法」(2011)においても、「優秀なスポーツ選手の育成等」(第25条)、「企業、大学等によるスポーツへの支援」(第28条)など、アスリートの競技環境の整備を重視する国の姿勢が打ち出された。これらの戦略や条文には、アスリートが安心して競技に打ち込み、最高のパフォーマンスを発揮できるよう国がバックアップするとのメッセージがうかがえる。
今まさに、アスリートが自己のキャリア形成において、スポーツをどのように位置づけるかが問われており、それは同時に、アスリートをささえる中央競技団体などが、いかにして少年期から何度も訪れるキャリアトランジションの場面で、将来の不安を取り除き、スポーツへの道を選択できる環境整備に努めるべきかを問うことにもつながる。また、企業がスポーツチームを所有することが社会貢献という時代は終焉を迎え、企業が所有するスポーツチームでいかに社会貢献を行うべきかを常に意識しなければならなくなった。そうした時代の変遷を踏まえた競技スポーツの振興策が今求められており、競技スポーツを楽しむ国民がそこに幸福を見出せる社会の形成を目的とした施策が必要である。
本項では、スポーツ立国戦略でいう「トップアスリート」から一歩踏み込んで、以下のように細分する。プロ、アマチュアを問わず、競技性を追及してスポーツする者を「アスリート」、日本を代表して、国際的に活躍する日本の顔となるアスリートを「トップアスリート」と定義づけたうえで、アスリートが豊かなスポーツライフを過ごすことができる環境構築について、以下2点の提言を行う。