2015.01.21
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2015.01.21
2007年秋、俄かに米国オリンピック委員会(USOC)がコロラドスプリングス市から他の都市へ移転する可能性を示唆する報道が目立つようになった。同年10月初めには遂にUSOCのスポークスマンがトレーニングセンターと事務局オフィスのどちらかまたは両方を移転させる検討を進めている事実を認めた。当初、インディアナ州インディアナポリス市、カリフォルニア州サンディエゴ市などが移転先の候補地に挙がっていると報じられたが、当時2016年夏季オリンピック開催都市に立候補していたイリノイ州シカゴ市が最有力であった。事実USOCのタスクフォースチームが現地を訪れ候補となるいくつかのオフィススペースを下見している(Corfman and Hinz, 2007)。
しかし、現在コロラドスプリングス市にある総面積約14万m2のトレーニングセンターと約1.2万m2のオフィススペースと同規模の広大な敷地を好立地に確保することは容易ではなく、移転先の選定に時間がかかった。実は2000年にもインディアナ州インディアポリス市がUSOCのオリンピックトレーニングセンターと事務局の受入れを申し出たが、やはり移転先となる場所が定まらず、すぐに断念した経緯がある(Corfman and Hinz, 2007)。
この情報を知ったコロラドスプリングス市は、1978年7月1日にUSOCがニューヨークから同市に移転して以来約30年にわたって“Team USA”のホームタウンとして名を売ってきた歴史があるだけに、容易に移転を受け入れる訳にはいかなかった。半年間の集中的な市議会での議論の結果、USOCがこの先30年間コロラドスプリングスに留まることを条件に、同市の中心部にオフィスビルを提供することと、オリンピックトレーニングセンターを大規模に改修することを含めた総額5,300万ドル(約63.6億円)相当の支援をコロラドスプリングス市が提示した。市民からは賛否両論があったものの、翌年(2008年)3月にUSOCと合意に至ったのである(GOMEZ, LADEN and CHACON, 2009)。
皮肉にも、2007年秋にUSOCが移転を検討し始めた段階で、米メディアNBCの記者がUSOCのコロラドスプリングス市からの移転はかなりの高い確率で実現性があるが、同市が十分な支援を提示すればUSOCは居続けるであろうと予測したシナリオ通りの展開であった(Corfman and Hinz, 2007)。
USOCオフィスビル外観
2008年3月に交わされたUSOCとコロラドスプリングス市の合意は、その後も紆余曲折あり、当初5,300万ドル(約63.6億円)相当であった支援額は2009年夏に若干改訂され4,000万ドル(約48億円)にまで引き下げられたが(Mendoza, 2013)、基本的な方針は変わることなく実行されている。コロラドスプリング市からUSOCに対する主な支援は次の通りである。
※1リース購入契約参加証書とは、米国の地方公共団体等が発行する証書で、リース購入方式を利用した資金調達方法のひとつ。調達資金を充当した施設のリース料等を償還原資としている。
コロラドスプリングス・オリンピックトレーニングセンター外観
コロラドスプリングスのオリンピックトレーニングセンターの最も特徴的な機能とされているストレングス・コンディショニングルームとスポーツメディスン・リカバリールームの大規模拡張も、今回のオリンピックトレーニングセンターの改修に含まれている。これまで、ストレングス・コンディショニングルームは、レスリングとウェイトリフティングのトレーニングルームとともにスポーツセンターⅡの1階の手狭なスペースに併設されていた。それを、スポーツメディスン・リカバリーセンターに隣接した場所に、580万ドル(約7億円)の費用をかけた3,317m2のスペースをもつ新たなビルを建設した。最新のウェイトトレーニング機器はもちろん完備されている上、敏捷性を鍛える室内トレーニングスペースと室内から屋外に伸びかつ傾斜がつけられた短距離コース、2階には室内のランニングトラックと有酸素運動の機器が設置された。そして入口周辺にはビジター用の見学スペースも確保された。
ストレングス・コンディショニングルームに隣接するスポーツメディスン・リカバリールームは改修前と同一の建物内ではあるが、240万ドル(約2.9億円)をかけて1,500m2と大幅に拡張されてより機能的になった。スポーツメディスンルームでは、怪我や病気の処置を行うマルチ治療のベッド、内科、外科、眼科、歯科の処置室、超音波室、レントゲン・MRI室、リハビリ用のトレーニングルーム、テーピングテーブル等が完備されている。ちなみに、USOCのスポンサーであるGeneral Electric社が必要な医療機器を提供している。
また、ここで得られた診察や検査の結果は、USOCとネットワークをもつ全米の医療機関と共有されている。アスリートが遠征やトレーニングキャンプ等でオリンピックトレーニングセンターを離れた際に被った怪我や病気の場合に、一貫性のある処置とリハビリテーションを行うためである。リハビリテーションについても、USOCスポーツメディスンのスタッフは極力機器を使用したリハビリテーションプログラムを提供しない方針にある。アスリートが遠征中にも一貫したリハビリテーションプログラムが継続できるようにとの配慮からである。
リカバリールームには、アスリートが毎日のトレーニングの疲労回復を目的として訪れる。筋疲労回復の機器、セラピューティックマッサージ室、栄養コンサルティングルーム、ドライおよびスチームサウナ、冷水と温水の浴槽、そして流水プールが完備されている。基本的に、アスリートが肉体的にも精神的にも疲労回復を図る場所とすることから、アスリートが疲労回復処置を受けている間のコーチの立ち入りは禁止されている。
その他のオリンピックトレーニングセンターの主な施設の概要は次の通りである。
“One stop shopping”トレーニングセンターといった印象が強いコロラドスプリングス・オリンピックトレーニングセンターである。オリンピックでメダル獲得を目指すアスリートが居住し、トレーニングに勤しみ、メディカルなケアを受け、栄養管理の行き届いた食事を摂り、コーチとのミーティングに臨み、時には地域の人々への還元サービスもこのオリンピックトレーニングセンター内で行うことができる。どのレベルのアスリートサポートプログラムを受けてどの程度の財政支援を受けているかにもよるが、同センター内にいる限り、アスリートは極度な出費を心配することなくフルタイムでトレーニングに励むことができる。
その環境を維持あるいは改善していく努力をUSOCが担っているのである。もちろん、予算の確保は常に必須の課題であり、現在のところUSOCは連邦政府から一銭も支援を得ることはなく、地方自治体であるコロラドスプリングス市と提携をして財政的な支援を確保しているのである。
その一方で、コロラドスプリング市はUSOCとオリンピックトレーニングセンターを同市にもつことによって、Team USAのホームタウンであるという誇りと名声そして経済波及効果を期待している。2010年にコロラドスプリングス市長が監査法人デロイト社に委託して試算したUSOCとオリンピックトレーニングセンターを同市に維持することによって得られる年間経済波及効果は、2.15億ドル(約258億円)と試算された(Mendoza, 2013)。USOCとコロラドスプリング市の間には、確固たるWin Win Relationshipが構築されているのである。
※1ドル=120円で換算
レポート執筆者
内藤 拓也 (2014年10月~2015年5月)
海外研究員
Coordinator of Special Projects, USA Volleyball
Correspondent, Sasakawa Sports Foundation