2015.09.11
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2015.09.11
前回までの2回に渡る寄稿では、スポーツにおけるクライシスマネジメントを①リスクの評価、②計画・準備、③不祥事対応、そして④再建という4つの異なるステージに分けて理解するモデルを提示させていただいた(プロスポーツにおけるクライシスマネジメント Vol.2 参照)。紹介したモデルはスポーツ現場におけるクライシスマネジメントの大枠を理解するに役立つものであったが、その詳細に関してはより理解を深める必要がある。そこで本稿では、スポーツイベント誘致における不祥事への的確な対応を実現するためのステークホルダー間のコミュニケーションを、Gainesville Sport Commission(GSC)の事務局長であるジョリーン・カチアトール氏へのインタビューを通して探ることを目的とした。
スポーツイベントにおける不祥事は多岐に渡る。たとえば、悪天候によるイベントの中止、自然災害、犯罪行為、物品の不具合、傷害事件や食中毒までスポーツイベントのクライシスとして捉えることができる※1。しかしながら、スポーツイベントで起こった不祥事の責任の所在を明確にするのは難しい。スポーツイベントに参加する人々は、家を出発してから帰宅するまで、さまざまな経験をする。たとえば、宿泊施設に満足している消費者は、スポーツイベントの会場で物品の不具合があっても、取るに足らないことと感じるかもしれない。同様に、土砂降りの雨に打たれた人々は、家に着いてからスポーツイベントを思い出した時、イベント自体は良かったにも関わらず「ひどい経験をした」と振り返るかもしれない。このように、人々はスポーツツーリズムを、全体の経験として評価する。国連専門機関である世界観光機関(World Tourism Organization; UNWTO, 2014)は、さまざまなステークホルダーが混在する観光産業において、観光地で起きてしまった不祥事の責任の所在は、当該観光地に関係するステークホルダー全員の責任であることを指摘している。スポーツコミッションは、スポーツイベント開催時に起きた不祥事に対して迅速に対応することが期待されるものの、すべての不祥事に対応できるほどのマンパワーが備わっていることは極めて少ない。ホテルなどの宿泊施設、自治体、スポーツ施設などを含む多様なステークホルダーは、命令系統もそれぞれの組織によって異なる。これらのステークホルダーが、不祥事が発生した際に責任ある行動をとれるか否かは、ステークホルダー同士のコミュニケーションにかかっている。
たとえば、フロリダ州ゲインズビルのスポーツ施設であるオコーネルセンターでは、独自のクライシスマネジメント計画を制定している。彼らのクライシスマネジメント計画に沿ってスポーツイベントを誘致・開催することも一つの策であるが、当該スポーツイベントに関係するステークホルダーが情報を共有できていない場合、実際に不祥事が起きた際に迅速に行動できるのはオコーネルセンターのみ(スポーツ施設)になってしまう。こういった事態が起きた際、ステークホルダーが有する情報は一貫性がなくなり、最終的にメディアは信憑性の低い情報を人々に伝えてしまうことになる。Schroederら(2014)は、さまざまなステークホルダーのコミュニケーションを円滑に進めるためのコミュニケーションネットワークを構築することが、不祥事発生時の対応を迅速に、かつ効果的に行うに不可欠であると述べている。
※1クライシスマネジメントでは、悪天候や自然災害がイベントやステークホルダーに影響を与えることもクライシスと言う。ここでは、クライシスを不祥事と意訳。
ステークホルダーの種類はイベントの大きさ、スポーツの種類、そしてスポーツコミッションの運営母体(地方公共団体なのか民間団体なのか)によって変わるので注意が必要である。しかし、GSC事務局長であるカチアトール氏によれば、スポーツツーリズムネットワークに不可欠なステークホルダーは、宿泊施設、自治体(Gainesville Sports Commissionは民間団体のため)、法律専門家、学識者、スポーツ施設、イベント参加者、医療従事者(アスレチックトレーナーを含む)、そして交通機関であると言及している。これらのステークホルダーがネットワークを構築し、信憑性の高い、一貫性ある情報をいつでも共有する必要がある。なかでも宿泊施設は、ネットワーク内のステークホルダーの中で一人ひとりのスポーツツーリストと直接コミュニケーションを取れる可能性が最も高いため、その役割は大きい。さらにアメリカの場合、ベッド税があるため(アメリカ合衆国におけるスポーツコミッション:フロリダ州ゲインズビルの事例 参照)、不祥事が宿泊施設に直接影響を与えないようにネットワーク全体として不祥事に対応する必要がある。日本においてもこれからベッド税を導入する流れができた場合、宿泊施設の役割はネットワークの中で最も重要だといっても過言ではない。
カチアトール氏によれば、スポーツコミッションはネットワークの中で「仲介業者」の役割を担い、すべてのステークホルダーの情報を管理する必要がある。さらに情報共有媒体を必ず運営しなければならない。GSCにおいてはマネジメント側のみに情報提供したい場合(メールと電話のみを使用)を除き、Facebook、Twitter、オフィシャルウェブサイトを使ってリアルタイムで情報を更新している。電話やオンラインコミュニケーション媒体が全く使えない場合に備えて、衛星を介するサテライト電話を持つことも視野に入れなければならない。スポーツコミッションの主な役割はスポーツイベントを誘致することにあるが、スポーツツーリズムネットワークの仲介業者として機能することで、ステークホルダーの円滑なコミュニケーションを促進することは、クライシスマネジメントのみならず、スポーツイベント自体の成功にも繋がる。
スポーツツーリズムネットワークのイメージ図
レポート執筆者
佐藤 晋太郎
Assistant Professor of Marketing Montclair State University Correspondent, Sasakawa Sports Foundation