2019.01.29
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2019.01.29
前回、筆者が執筆した記事では、スポーツイベントについて、イベントレガシーという観点から、昨今、学術界の議論の中心となっているイベントレバレッジという考え方を紹介した。本稿では、スポーツイベントを契機としたツーリズムの可能性と、スポーツイベントが直面する課題について、2018年に開催された北米スポーツマネジメント学会(以下NASSM)での研究発表を元に考察する。
近年、「スポーツツーリズム」への注目が高まっている。2019年、2020年にメガスポーツイベントが日本で開催されることや、全国各地でのマラソン大会をはじめとする様々なイベントの開催、プロスポーツチームの発展を考えると、スポーツツーリズムの議論は重要なトピックとなるであろう。
まず、スポーツツーリズムとは何か?多くの研究者がスポーツツーリズムの定義について議論しているが、その1つを例として挙げると、「限定された期間、自宅周辺から離れて、独自のルール、優れた身体的能力を伴う競争、遊び戯れるという特徴を持つスポーツをベースとした旅行」(Hinch and Higham, 2001)と定義される。スポーツツーリズムは行動タイプによって主に3つに分類される(Gibson, 1998)。
(1) スポーツ参加型 (Active Sport Tourism)
(2) スポーツ観戦型 (Event Sport Tourism)
(3) 訪問型 (Nostalgia Sport Tourism)
スポーツツーリズムはスポーツイベントと関連して議論されることも多く、スポーツイベントレバレッジの枠組みの中でも、スポーツイベント開催地への経済効果を増加させる重要な戦略の1つと捉えられている。具体的には、スポーツイベントへの参加あるいは観戦に訪れた旅行者の滞在日数を長くするといったことである。例えば、スポーツイベント開催前後に関連イベントを開催したり、地域の観光資源を活用したりすることで、旅行者の宿泊費、食費、観光費などの支出の増加に繋がり、結果としてスポーツイベントの開催が、地域経済によい影響を与えるという考えである (Chalip, 2004; Chalip and McGuirty, 2004)。
筆者が出席したNASSMにおいても、スポーツイベントに参加している旅行者の行動パターンに着目した研究が発表されていた。例えば、Aicher, Buning, & Newland (2018) は、「社会的世界」という考えを用いて、ランニングイベント参加者の旅行行動について研究をしている。「社会的世界」は、社会組織の形態であり、その組織の構成員の関心や関与に結びつく、活動、出来事、実践で構成されている(Buning, Newland, and Aicher, 2017; Unruh,1980)。Aicher, Buning, & Newland の研究では、Unruh(1980)が提唱する社会的世界との関与の度合いによって、構成員を「部外者」「不定期参加者」「定期参加者」「部内者」に分類する方法に倣い、ランニングイベント参加者の特徴を分析している。分析の結果、ランニングイベント参加者は、上記4つのタイプによって旅行行動が違うことが分かった。特に興味深い結果は、社会的世界への関与度が高まるほど、スポーツイベントに新規性を求めており、同じスポーツイベントあるいは開催地に再び訪れたいという思いが低くなる傾向が見られたことである。
同じくNASSMで発表されたLopez, Kim, Drayer, and Jordan (2018) の研究では、マラソンなど大規模な参加型スポーツイベントにおける参加者の消費について分析している。具体的には、ランニングイベントに初めて参加した人と、同じイベントに2年連続で参加している人の消費の違いについて調査している。その結果、ランニングイベントに初めて参加した人の方が、イベント参加中の消費額が多く、特に観光費、滞在費、交通費において有意な違いが見られた。つまり、初めてイベントに参加する人は、スポーツイベント以外にも、観光名所を巡るなどの旅行行動をしていることが分かる。こうした行動は、先に述べた通り、開催地への経済効果にも繋がる重要な行動である。
これらの研究が示すことは、参加者の属性、例えば、新規参加者かリピーターか、そのスポーツにどれほど精通しているかなどによって、参加するスポーツイベントの選び方や、それに伴う旅行行動が異なるということである。スポーツイベントの継続性を考えると、新規参加者、リピーター、共に増加させることは重要である。これまで、人々のリピート行動に影響を与える要因については多く研究で議論がなされているが(e.g., Kaplanidou and Gibson, 2010; Wicker, Hallmann & Zhang, 2012)、 NASSMで発表された研究は、スポーツイベントや開催地の特徴、イベントのターゲット層の特性を把握したマーケティング戦略の重要性を改めて感じさせる結果ではないか。
次に、スポーツイベントが直面する問題として、NASSMにて発表されたOrr and Inoue (2018)の気候変動とスポーツイベントの関係に関する研究を紹介する。気候変動は世界的に議論が進められる課題であるが、Orr and Inoue (2018) によると、近年、気候変動の影響を受け、スポーツイベントが中止に追い込まれている事例が多々ある。例えば、2017年に開催予定であったアメリカでクロスカントリースキー大会(The American Birkebeiner Challenge)やスイスでのパラアルペンスキーワールドカップが、雪不足のため中止となった。こうした事例は冬のスポーツのみではない。日本のスポーツ界も、2020年の東京オリンピック・パラリンピック大会にて、炎天下で競技開催が可能なのか、適切な競技開始時間はいつなのか、といった問題に直面している。スポーツイベント開催ができないとなれば、イベント主催者、競技団体、開催地への経済的な影響のみならず、選手のコンディショニングといった面にも大きく影響をもたらすことであろう。そのため、リスクマネジメントとしての対策は必要不可欠となる。Orr and Inoueの研究では、気候変動に対するスポーツ組織の脆弱性(climate vulnerability)に着目し、気候変動がもたらす組織への潜在的な影響(Climate Impact on Organization: CIO)と、気候変動に対する組織の対応力(Organizational Climate Capacity: OCC)の2側面から、脆弱性を評価するフレームワークを提唱している。この研究の中では、以下の4タイプの脆弱性が論じられている。
(1) Problem State:気候変動の影響を大きく受けやすく、組織の対応力が低い
(2) Redundant State:気候変動の影響を受けにくく、組織の対応力も高い
(3) Responsive State:気候変動の影響を受けにくいが、組織の対応力も低い
(4) Fortified State:気候変動の影響を受けやすく、組織の対応力の高い
このフレームワークは、スポーツ組織自らが、気候変動によって受ける影響、現在の組織の対応力の把握を可能にし、将来的な改善の方向性を示している。自然環境の変化は、人間の生活が影響を与えているのは事実であるが、スポーツイベント主催者が変化させることができないものでもある。前回の記事より紹介してきたスポーツイベントの経済的、社会的効果の最大化を考えると、気候変動から受ける影響を最小化することも、イベントレバレッジの重要な戦略の1つと考えられる。また、気候変動に対する対策を講じることで、スポーツイベントやスポーツ組織自体が自然環境に与える影響の認識、最小化にも繋がっていくのではないだろうか。
レポート執筆者
相澤 くるみ
Visiting Scholar, Research Institute for Sport Knowledge, Waseda University Visiting Scholar, School of Kinesiology, University of Minnesota Correspondent, Sasakawa Sports Foundation