2017.08.31
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2017.08.31
米国において、大学のAthletic Department(以下、大学体育局)は、その財務状況を全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association: 以下、NCAA)および米国教育省へ報告する制度が設けられている。現在、NCAAには1,123大学が所属しており、3つのディビジョンに分かれて活動をしているが注1、NCAAはディビジョン1およびディビジョン2に所属する大学に対して毎年、年間の収支状況の報告義務を課している。さらに、ディビジョン1に所属する大学は毎年、ディビジョン2に所属する大学は少なくとも3年に1回、大学外部の公認会計士による収支報告の調査(agreed-upon procedures:合意された手続き)を受けることが求められている。ディビジョン3に所属する大学は、収支報告およびその調査義務はないものの、大学全体の会計監査の対象として含められることが望ましいとされている。
注1 ディビジョン1には、少なくとも男女それぞれ7つのチームを保有する、規模の大きな大学が所属している。このうち、アメリカンフットボールチームを持つ大学は、Football Bowl Subdivision (FBS)またはFootball Championship Subdivision (FCS)に分類される。また、学生アスリートへのスポーツ奨学金の提供も行っている。
ディビジョン2には、少なくとも男女それぞれ5つのチームを保有する大学が所属している。地元や州内からの学生アスリートが多く、近郊の地域での試合開催が多い。ディビジョン1同様に学生アスリートへのスポーツ奨学金も提供している。
ディビジョン3の大学は、学生アスリートへのスポーツ奨学金の提供を行っておらず、より多くの学生にスポーツ参加の機会を提供することに重きを置いている。
教育省への報告については、1994年に制定されたアメリカ連邦法(Equity in Athletics Disclosure Act)により定められている。この連邦法では、男女共学で、連邦政府による学資援助プログラムを利用し、且つ、大学スポーツチームを有する高等教育機関は、毎年、スポーツチームへの参加者数、スタッフに関する情報(ヘッドコーチおよびアシスタントコーチの人数や平均給与など)、収支を全ての競技で男女チーム別に報告することを義務付けている。報告されたデータは教育省のデータベースで公開されている。
このように、NCAAおよび教育省への収支報告の仕組みを設けることで、各大学における収支状況の把握、透明性の確保が考えられている(Williams, 2016)。特にNCAAはGenerally accepted accounting principles (GAAP:一般に認められた会計基準)に基づいた報告が義務付けられており、会計基準の統一が図られている。
では、大学体育局はどこから資金を確保し、何に使用しているのだろうか?大学の規模によって収支状況が異なるため、ここでは、ディビジョン1のFBSに所属する大学を例として挙げる。
NCAAの収支報告書によると、2015年に FBSへ所属する125大学の収入は、中央値で約6,400万ドル(約76.8億円)であった。最も収入が多かった大学は、テキサスA&M大学で、その額は約1億9,300万ドル(約231.6億円)であった(USA TODAY, n.d.)。この収入は大きく以下の2つに分けられる。
これらの収入の主な支出先は、試合運営費、学生アスリートへの奨学金、コーチングスタッフへの報酬などである。FBS所属大学の支出は、中央値で約6,600万ドル(約79.2億円)である。
このように、FBS所属大学は経営規模が非常に大きく、収入・支出ともに増加傾向にある。しかし、黒字経営ができる大学体育局はわずかであり、大半の大学体育局は支出超過であるという現状もある。2015 年時点で、ディビジョン1に所属する345大学のうち24校のみが、体育局の活動による収益により黒字を得ている。この24校は全てFBSに所属する大学である。
より具体的に大学体育局の収支構造を見るため、FBSに所属するミネソタ大学を事例として紹介する。ミネソタ大学には、23のスポーツチームが存在し、「Golden Gophers (ゴールデンゴーファーズ)」の愛称で親しまれている。なかでも、女子アイスホッケーは2000年以降に7度のナショナルチャンピオンに輝く強豪チームである。
ミネソタ大学体育局の2016年の収支状況について、大学が公開するNCAAおよび教育省への報告資料を元にまとめると、体育局の総収入は1億1,350万6千ドル(136億2,072万円)であった。表2に主な収入の内訳を示している。最も大きな収入源となっているのは、チケット販売(2,390万ドル/28億6,800万円)および放映権料(2,237万9千ドル/26億8,548万円)であり、両者の合計で総収入の約41%を占めている。また、寄付金として1,525万1千ドル(18億3,012万円)の収入があり、大学スポーツが卒業生など大学外部からも大きなサポートを得て運営されていることが分かる。
内訳 | 金額(単位:千ドル) |
---|---|
チケット販売 | 23,900 (2,868,000) |
放映権料 | 22,379 (2,685,480) |
NCAA分配金 | 5,031 (603,720) |
カンファレンス分配金 | 8,121 (974,520) |
ライセンス・スポンサー料 | 10,422 (1,250,640) |
寄付金 | 15,251 (1,830,120) |
州および政府補助 | 0 |
学生費 | 0 |
直接的な大学からの補助 | 975 (117,000) |
注)括弧内の数字は円換算(単位:千円)
支出に関して、2016年の運営総支出は1億1,067万4千ドル(132億8,088万円)であった(表3)。最も大きな支出はコーチ・スタッフへの給与であり、合計3,584万ドル(43億80万円)が使用されている。ヘッドコーチの平均給与は、男子チームで50万1千ドル(6,012万円)、女子チームで16万5千ドル(1,980万円)である。また、学生アスリートへの奨学金として1,081万9千ドル(12億9,828万円)が支出されている。表3に掲載した以外にも、リクルーティングや用具・ユニフォーム、施設費用も計上されている。
内訳 | 金額(単位:千ドル) |
---|---|
学生アスリート奨学金 | 10,819 (1,298,280) |
コーチ・スタッフ給与 | 35,840 (4,300,800) |
チーム渡航費・食費 | 10,237 (1,228,440) |
直接管理費 | 17,455 (2,094,600) |
注)括弧内の数字は円換算(単位:千円)
競技別に収入および支出を表4にまとめた。最も収入が多いのは、アメリカンフットボールであり、その額は4,918万9千ドル(59億268万円)にも上る。次いで、バスケットボールチームが1,306万9千ドル(15億6,828万円)である。この2競技の収入は、他の競技よりも突出して多く、米国において人気のあるスポーツであることと同時に、同じ大学スポーツであっても、規模に大きな差があることが分かる。
また、支出を見ると、アメリカンフットボール、バスケットボール以外の競技は、支出額が収入を上回っている。これらの競技の運営は、大学体育局の予算配分によって行われている。つまり、各競技の収入は、そのままチームの予算になるというわけではなく、大学体育局全体として資源を分配することで、各チームの運営が行われている。
競技 | 収入 | 支出(単位:千ドル) |
---|---|---|
野球 | 1,589 (190,680) | 3,328 (399,360) |
バスケットボール* | 13,069 (1,568,280) | 12,623 (1,514,760) |
アメリカンフットボール | 49,189 (5,902,680) | 27,656 (3,318,720) |
ゴルフ* | 101 (12,120) | 1,238 (148,560) |
体操* | 84 (10,080) | 1,618 (194,160) |
アイスホッケー* | 6,594 (791,280) | 6,775 (813,000) |
ボート競技 | 39 (4,680) | 1,565 (187,800) |
サッカー | 30 (3,600) | 1,248 (149,760) |
ソフトボール | 51 (6,120) | 1,476 (177,120) |
水泳* | 73 (8,760) | 2,111 (253,320) |
テニス* | 63 (7,560) | 1,599 (191,880) |
陸上* | 43 (5,160) | 3,306 (396,720) |
バレーボール | 327 (39,240) | 2,302 (276,240) |
レスリング | 134 (16,080) | 1,193 (143,160) |
*男女チームの合計金額
注)括弧内の数字は円換算(単位:千円)
以上のように、アメリカの大学スポーツ、特にFBS所属大学の経営規模は非常に大きく、スポーツ産業として発達していることが分かる。しかし、NCAAに所属する大学のうち、24校のみが黒字経営であることを鑑みると、大学の規模や所属するディビジョン、競技によって財務状況が大きく異なることが分かる。また、アメリカにおいても大学スポーツが単に「収益を上げる」ためだけのものではないことも伺える。同時に、行き過ぎた産業化の弊害に関する議論もある。例えば、大学がスポンサー収入への依存を高めることで、スポンサーの意向に沿った運営を求められる可能性がある(Fortunato, 2015)。今後、日本で大学スポーツの産業化を進めていく上で、大学スポーツの持つ意義を踏まえた議論が必要不可欠になるのではないか。
※文中、1ドル=120円で換算
レポート執筆者
相澤 くるみ
Visiting Scholar, Research Institute for Sport Knowledge, Waseda University Visiting Scholar, School of Kinesiology, University of Minnesota Correspondent, Sasakawa Sports Foundation