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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

「私たちはできる~難民問題とスポーツ~」

2015.02.23

「私たちはできる~難民問題とスポーツ~」

今ヨーロッパは多くの挑戦と困難、戸惑いに直面している。

毎日流れ込んでくる避難民。100万人に達したとも発表された。メルケル首相は対応できるという姿勢を崩していないが、数の多さに心配する人たちも増えてきている。ガウク連邦大統領もクリスマスの談話で多くの市民が避難民の受け入れにボランティアとして活躍してくれたことに感謝した。そして暴力と憎しみではなく、話し合いで解決策を見つけていくよう提案した。

ドイツオリンピックスポーツ連盟(DOSB)のプレスリリース「DOSBプレッセ」2015年49号(12月1日発行)には、ベルリン州スポーツ連盟が総会で市当局に対してこれ以上体育館を避難民の宿舎にあてることを控えてもらいたい旨の決議をしたと、報じられている。トレーニングや試合ができず、クラブの運営がむずかしくなるという現実的影響がでてきているからだ。さらに「DOSBプレッセ」2016年1/2号(1月12日発行)によると、ベルリン州スポーツ連盟はオンライン陳情を立ち上げた。体育館を避難民の宿舎として使うことは一時的措置であるべきだという趣旨で、これに賛同する市民がネットで氏名、メールアドレス、加盟クラブ名、自分の意見を記入できるようになっている。1月7日から始まった陳情には最初の日に4,000人が記入した。2月15日現在、記入者は8,263人である。

ベルリン州スポーツ連盟のホームページに寄せられた、その市民たちの意見を紹介しよう。

例えば:「子どもたちにはスポーツが必要である。そのために体育館が必要なことも当たり前である。子どもたちが現在の政治の受難者になることは許しがたい。子どもたちは私たちの未来である。体育館を従来の目的のために使えるようにしてほしい」

少し揺らいで来たとはいえ、「歓迎文化」は消えてはいない。その理由のひとつには、70年前、第2次世界大戦が終わった時、沢山のドイツ人・ドイツ系の人たちが東方から避難または引き揚げてきたことがあげられる。当時、ドイツはひどく荒廃した状況だったにもかかわらず、そこで迎えられ新しい生活を始めた記憶の残っている市民がいまだに数多く存在しているのだ。また25年前、ベルリンの壁が崩壊する直前には、ハンガリー、オーストリア経由で東ドイツから西ドイツへ逃亡してきた人たちも多数いたのである。

あまりの数に戸惑っているとはいえ、スポーツはやってきた人たちのドイツ社会へのインテグレーションの手助けとなるはずである。アルフォンス・ヘアマンDOSB会長は、「スポーツこそが文化的違いを超えて人々を結びつけ、社会の結束を強める。DOSBには社会的責任がある。私たちはスポーツの持つインテグレーション(統合、融合)の力を使う。DOSBはスポーツによるスポーツでの避難民たちのインテグレーションを課題としていく」と述べている。

スポーツ界における最近の避難民への活動を紹介してみる。

  • 「スポーツにウエルカム」:DOSB、国会の移民・インテグレーション・避難民委員長、連邦移民・難民局、IOCが合同でドイツにおける避難民への運動・スポーツプログラム提供活動を支援する。
  • 「避難民に関連した社会奉仕年」:国の制度としての社会奉仕年では、スポーツクラブやスポーツ関係団体で1年間の奉仕活動に従事できる。国は現状に合わせて、特別プログラムとして避難民関係の分野でこの先3年で延べ1万の奉仕ポストを配置することにした。そのうち200ポストがスポーツ関係になる。滞在許可の見込みがある避難民自身も奉仕活動に参加できる。スポーツプログラム、通訳、役所への同行、運輸などの活動がある。
  • DOSBは2015年12月の総会で「スポーツ国ドイツ(Sportdeutschland)における避難民」という声明を全員一致で採決した。DOSBおよびその加盟団体は避難民問題の現状に直面 してインテグレーション政策における責任を明らかにした。地域のスポーツクラブもインテグレーション活動を担う。同時にクラブの活動ばかりでなく、学校体育にも必要な体育館を避難民の宿舎にすることは非常時に限ることを訴えている。避難民対象のインテグレーションの具体化にも体育館は必要である。ドイツ全国では約1,000の体育館が避難民の宿舎として使われているという。
  • スポーツクラブなどのインテグレーション活動がまとまりをもって実施されるよう、DOSBは外務省の補助金を得て専門の職員を配置することにした。
  • 「避難民を対象としたスポーツクラブの活動の法的大枠の条件」:DOSBの指導者アカデミーはスポーツクラブが難民対象のインテグレーション活動をするにあたって法律と税に関して知るべきことをまとめたパンフレットを作成した。
  • ベルリン州スポーツ連盟は、社会活動をするNPOと複数の企業との合同プロジェクトを立ち上げた。17~29才のシリア、イラク、エジプトなどから避難してきた若者20人が参加する。半年のコースで生涯スポーツの実技指導者ライセンスCの獲得を目指し、平行して企業で研修を受け、職業体験をして将来に備える。一人当たりの費用780ユーロは企業が負担する。
  • ベルリン州スポーツ連盟は、「スポーツクラブの避難民活動振興」についての説明会を開催。130人の参加者が集まった。避難民への援助は必要。それを実施するスポーツクラブにもそれなりの援助が必要という基本的考え方から出発して、講演のほか、4つのワークショップが設けられた。
  • スポーツクラブ・TGSヴァルドルフ( Walldorf)は人口3万5千の小さな町にある多種目クラブである。会員数4,500の大型クラブで、フィットネススタジオを備えている。ここでトレーニングするには成人はクラブの会費月9.5ユーロのほかにスタジオ利用料24ユーロを払う。現在避難民の若者50人に1年間無料でトレーニングできるという援助をしている。

スポーツも政治を素通りできない。人と人とを結びつけるというスポーツのもつ効力を最大限に発揮して、勝利文化だけでなく、歓迎文化の一翼を担い、社会的貢献を果たすべきである。

レポート執筆者

高橋 範子

高橋 範子

Special Advisor, Sasakawa Sports Foundation