2018.01.22
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2018.01.22
カナダにおけるスポーツ実施率の向上策 Vol.1:国民調査の結果より続く)
本稿では、カナダにおいてスポーツ実施率を向上させるために行っているプロモーション活動を紹介する。特に、今回はカナダのスポーツ実施率向上に特化して活動しているParticipACTION(以下、パティシパクション)を事例として取り上げる。なお、パティシパクションが行うプロモーション活動は、日常動作やレクリエーション活動などを含めた広義の身体活動量の増加を目的としており、競技スポーツ等に特化した狭義のスポーツ実施率向上のみを対象とはしていない(スポーツ実施および身体活動量などの定義については、Vol.1参照)。
パティシパクションとは、その前身を含めて45年を超える歴史を有する非営利組織であり(1971年設立)注)、そのミッションは”Sit less and Move more”である。すなわち、カナダ人の身体活動量を増加させ、無活動(inactivity)を減らすことを理念に掲げている。収入の柱は政府からの補助金(約CAD7.97 million/7億1,730万円)であり、寄付やスポンサーシップ(約CAD3.40 million/3億600万円)も大きな収入源である。2016年度の年間収入は約CAD11.47 million(10億323万円)となっており、2017年12月現在、19人の職員に加えて7人の理事のほか、15人のアドバイザーなどが所属している。予算規模や人員等、過去と比べて大幅に増加しており(2010年度予算約CAD4.50 million/4億500万円・職員9名)、パティシパクションに対する政府や民間組織からの期待の高さを知ることができる。
パティシパクションの強みは、行政とは異なる意思決定の速さや融通の利く組織体制・文化にあり、さまざまなプログラムを開発して国民にスポーツ参加を促している。そこでは多様なプログラムが展開されているが、本稿では、そのうち3つのプログラムを紹介する。
2017年はカナダ建国150周年にあたり、各地でさまざまな記念式典やイベントが開催されている。「ParticipACTION 150 play list」もその一環でパティシパクションが開発した運動啓発プログラムのひとつである。内容は、150の運動プログラムがリスト化されており(写真①参照)、スマートフォン向けアプリやウェブサイトを通じてそれらの運動プログラムを実際にやってもらおうと促すプロモーション活動である。その運動リストは、465,000人のカナダ在住の一般市民による投票から選ばれた「カナダ人好みの身体活動」がリスト化されており、たとえば、カヌーやサイクリング、カーリングやスケートといったポピュラーなスポーツから、雪合戦や犬ぞり、枕投げやバードウォッチングと幅広い。パティシパクションのホームページ上には各競技の歴史、実施に最適な場所、必要な装備、やり方や楽しみ方、そして障がい者への対応などがそれぞれ紹介されており、リスト達成者への目玉商品としてスポンサーであるChevrolet(シボレー)の車が景品(その他諸々)として当たる仕組みとなっている。
本プログラムは、職場での「座りすぎ」による健康への悪影響を解消するためのプロモーション活動であり、”Sit Less. Move More. At Work.”が標語になっている。プロジェクトの肝としては、単に健康的な側面に焦点を当てているのではなく、座り過ぎを解消することによる「生産性の向上」、職場環境の改善を通じた「業績アップ」である。近年、わが国においても座り過ぎによる健康への悪影響が指摘されはじめており、「スタンディングデスク」の導入が始まりつつある。また、生産性向上の観点から「スタンディングミーティング」を採用し、非効率的な会議の生産性を向上させる試みも進みつつあり、参考事例のひとつとなろう(写真②、③参照)。
写真② UPnGOのロゴとスタンディングデスクの一例(筆者撮影)
写真③ 段ボールで出来た簡易式の演題(筆者撮影)
写真④ プログラムのImpact Report
本プログラムは、先ほどの”UPnGO”と関連するが、職場においていかに身体活動を取り入れるかについての様々な策を提案するプログラムである。本プログラムは、雇用者と被雇用者側の両側面から、いかにして仕事中に身体活動を取り入れるかについてそれぞれ25個程度の案がリスト化されている。たとえば、雇用者側の視点では、従業員が自転車やランニングで通勤できるよう、自転車ラックやシャワー室の設置、職場までのおすすめウォーキング/ジョギングルートの作成やウォーキングミーティングの推奨などがリスト化されている(詳細はホームページを参照されたい)。現在、日本のスポーツ庁が取り組んでいる”FUN + WALK PROJECT”や「スポーツエールカンパニー」認定制度は、まさに本プログラムと同様の取り組みであり、こうした取り組みが浸透するためには、いかにして「管理職の意識改革」を行い、「日本の職場文化(Culture of Work Place)」を変えていけるかという点にかかっている。
プログラム展開の特徴として挙げられるのが、それらを実施することでどのようなメリットがあるのかを明示し、それが単に健康の側面だけではなく、認知機能の強化や生産性の向上、子供の発育、リーダーシップ教育にどのような影響を与えるかなどを「科学的根拠」にもとづいて提示している点にある。また、これらのプログラムについてはそれぞれに数値目標が課せられており、それらの検証結果は”Impact Report”として冊子にまとめられて公開されている(写真④参照)。現在、パティシパクションが直面する困難な課題のひとつとして、“Screen Time”(たとえば、スマホやパソコンの視聴)をいかに減らすかであり、2020年までにinactive personを10%まで下げることを目標に掲げている。前稿(Vol.1参照)でも述べた通り、カナダにおけるスポーツ実施率の向上策は苦戦を強いられており、パティシパクションの取り組みが成功していると結論づけることはできない。一方で、魅力的なプロモーション活動やプログラム、数値や根拠(エビデンス)にもとづいたプログラムの展開は先進的であり、スポーツ実施率の向上を目指すわが国にとっても参考となる事例や仕組みとなろう。
注)政府からの補助金の打ち切りにより2001年に解散となったが、当時の新政権が2007年から補助金の支給を再開させて組織が再設置された。2001年以前の活動のひとつとして、日本では笹川スポーツ財団がコーディネーターを務める「チャレンジデー」を1983年にカナダでスタートした。
文中、1CAD=約90円で換算
ParticipACTION Homepage. Available from
https://www.participaction.com/en-ca
ParticipACTION 150 Play list. Available from
https://www.participaction.com/sites/default/files/downloads/full_150_playlist_check_list_2018.pdf
UPnGO program. Available from
https://www.participaction.com/en-ca/programs/upngo
Sneak It In Week. Available from
https://www.participaction.com/en-ca/programs/sneak-it-in-week
レポート執筆者
押見 大地
Visiting Scholar, School of Human Kinetics, University of Ottawa
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation