2019.01.10
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2019.01.10
ブラジルオリンピック委員会(Comitê Olímpico do Brasil:COB)会長として2016年リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック(以下、2016年リオ大会)を招致し、大会組織委員会会長も務めたカルロス・ヌズマン氏が2017 年10月、大会招致に際して国際オリンピック委員会(International Olympic Committee:IOC)理事の買収に関与した容疑でブラジル連邦警察に逮捕された。彼の右腕だったCOBの元役員も逮捕された。
このニュースは、2014年FIFAワールドカップ(サッカーW杯)、2016年リオ大会を相次いで成功させたと自負していたブラジルのスポーツ界に衝撃を与えた。すでに、サッカー界では2012年から2015年までブラジルサッカー協会(Confederação Brasileira de Futebol:CBF)会長を務め、2014年サッカーW杯ブラジル大会の組織委員会会長を兼務したジョゼ・マリア・マリン氏が2015年5月、収賄とマネーロンダリングの容疑でアメリカ連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation:FBI)によって逮捕されていた。そして、ブラジル連邦警察が2014年3月に開始した国内政財界の大規模な汚職捜査(「ラヴァ・ジャット=高速洗車=オペレーション」と呼ばれ、ルーラ元大統領、セルジオ・カブラル・元リオデジャネイロ州知事ら政財界の大物が多数逮捕された)の一環として、アマチュア・スポーツ界トップの不正行為が暴かれたのである(この捜査は、スポーツにちなんで「アンフェアプレー・オペレーション」と呼ばれた)。
ヌズマン氏は、1942年、リオデジャネイロ生まれ。裕福な家庭の出身で、地元の名門スポーツクラブで水泳、テニス、バレーボールなどに親しんだ。1962年にバレーボールのブラジル代表に選ばれ、1964年東京オリンピックにブラジル代表の一員として出場。1972年に現役を引退し、大学で法律を専攻して弁護士資格を取得した。1975年、33歳の若さでブラジル・バレーボール協会会長に就任。ブラジル政府にスポーツの重要性とブラジルのバレーボールの将来性を訴えて多額の補助金を引き出して強化を推し進め、男子代表は1984年ロサンゼルス大会で銀メダルを、1992年バルセロナ大会で金メダルを獲得して現在のバレーボール王国の基盤を築いた。この功績が認められ、1995年、COB会長に就任。以後、ブラジルのスポーツ界全体の振興に尽力すると共に、ブラジルに南米初のオリンピック・パラリンピックを招致することに意欲を燃やす。2004年大会と2012年大会の開催地に立候補したが、複数都市による最終選考に残ることすらできなかった。しかし、諦めることなく2016年大会の招致活動を行い、2009年10月にデンマークの首都コペンハーゲンで行われたIOC総会でマドリード、東京、シカゴを下して悲願を達成した。この報に、ブラジル中が歓喜に包まれた。ところが、この招致に際して不正があったことが判明したのである。
ブラジル、アメリカ、フランスの3カ国の捜査当局の調査によれば、2009年10月のIOC総会の直前、ヌズマン氏の仲介でセルジオ・カブラル・リオデジャネイロ州知事(当時)と関係の深いブラジル人実業家がラミン・ディアク国際陸上競技連盟会長(当時)の息子の銀行口座に200万ドル(約2億2千万円)を振り込み、アフリカ出身のIOC委員らの票の取りまとめを依頼したという。また、1997年から2016年までの10年間で、ヌズマン氏の個人資産は5.5倍以上に急増しており、スイスの銀行に16kg(時価約7,900万円)の金の延べ棒などの資産を秘匿していたことも明らかとなった。結果、22年間に及んだCOB会長の地位と2014年リオ大会組織委員会会長という立場を利用して私腹を肥やした容疑がかけられている(フランスの検察当局は2016年5月、2020年東京オリンピック招致の名目で2013年7月と10月に前述のラミン・ディアクの息子と関係があるとされるシンガポールのコンサルタント会社に合計約2億2,300万円が支払われたことを明らかにした。しかし、日本オリンピック委員会が設置した外部調査チームはこの支払いに違法性はなかったとしている)。
このような不正行為が起きた直接の原因として、ブラジルのスポーツ関係者はヌズマン氏が長期間、COB会長を務めることによって自身に権力を集中させたこと、COB内部にヌズマン氏の行動をチェックする機関がなかったことを指摘している。
https://oglobo.globo.com/esportes/bebeto-de-freitas-chora-ao-comentar-prisao-de-nuzman-ditadura-esportiva-21911090
(「ベベート・デ・フレイタスがヌズマン氏逮捕に涙のコメント「スポーツ界の独裁者だった」=2017年10月5日、日刊紙」「オ・グローボ」)
ヌズマン氏逮捕の報を受けて、IOCは直ちに同氏のIOC名誉委員の職務を停止し、COBに対しても一時的に資格停止処分を下した(その後、ヌズマンは15日間の拘留を経て保釈されたが、在宅で引き続きブラジル連邦警察から取り調べを受けている。スポーツ関連のあらゆる活動を禁止され、パスポートを没収されて国外へ出ることも禁じられている)。
ヌズマン氏の会長辞任に伴ってCOBは臨時総会を開き、内規により副会長のパウロ・ヴァンデルレイ氏を会長に据えた。ヴァンデルレイ新会長は元柔道選手で、ブラジル柔道男子代表の監督を務め、1992年バルセロナ大会の男子65kg級で金メダルを獲得したロジェリオ・サンパイオ氏らを育てた。2001年、ブラジル柔道協会会長に就任して強化に努め、2016年リオ大会までの4度のオリンピックで金メダル3個、銅メダル9個を獲得するなど、ブラジルの柔道を世界トップレベルに近づけた。この功績が認められて2016年10月、COB副会長に就任し、ヌズマン氏の後継者と目されていた。
新会長は、「前会長の不正行為は、COBの組織全体を巻き込んだものではなかった」と釈明したうえで、「COBを透明で厳格な組織に生まれ変わらせ、国内外で喪失した信頼をできるだけ早く取り戻したい」と語った。
https://oglobo.globo.com/esportes/novo-presidente-do-cob-diz-que-suas-prioridades-sao-transparencia-austeridade-22007509
(「『透明で厳格な組織に生まれ変わるのが最優先』とCOB新会長」=2017年10月30日、日刊紙「オ・グローボ」)
2017年11月、COBは定款を変更し、1)会長選挙に立候補する資格は、これまでは加盟協会の会長を5年以上務め、なおかつ10人以上の委員の推薦を必要とする必要があったが、今後は加盟協会の委員であれば会長である必要はなく、3人以上の委員の推薦があればよいこと、2)選手5人が加盟協会の総会に出席できること、などを定め、より民主的で選手に近い組織へ生まれ変わることを目指す姿勢を示した。
この間、IOCは2014年リオ大会の招致をめぐる不正がヌズマン氏らCOBのごく一部のメンバーによるものでCOBによる組織的な犯罪行為ではなかったことを確認。また、COBが定款を変更して正しい方向へ歩み始めていることを評価し、2018年2月、ヌズマン氏が逮捕されて以来4カ月間に及んだCOBへの資格停止処分を解除した。COBは、資格停止処分解除後も、本部をリオ市内の高級住宅地から2014年リオ大会の会場ともなったオリンピックパーク内の事務所に移転し、経費節減を図るとともに選手にとってより身近な存在となろうと努めている。
COB会長就任後1年を経た2018年10月、ヴァンデルレイ会長はリオデジャネイロの有力日刊紙「オ・グローボ」のインタビューに応じ、「この1年間は、COBの歴史上、最も困難な時期だった。しかし、組織を刷新した今は、IOCなど世界のスポーツ界、そして国民からの信頼を取り戻しつつある」と語った。そして、「2020年東京大会に関しては数字的な目標を掲げる段階にはまだないが、COBとして全力を挙げて強化に取り組みたい」としている。
https://oglobo.globo.com/esportes/paulo-wanderley-presidente-do-cob-nao-tenho-contato-com-nuzman-ninguem-tem-23148099
(「ヌズマン前会長とは全く接触していない」とCOBヴァンデルレイ会長=2018年10月11日、日刊紙「オ・グローボ」)
ブラジルのスポーツ界は、2014年サッカーW杯開催に際してスタジアム建設などを巡って多くの汚職があり、2016年リオ大会では招致活動のみならず各種競技施設の建設工事において汚職があり、多くの逮捕者を出した。わずか2年余りの間に世界のスポーツ界を代表する2つのメガイベントを相次いで開催し、スポーツ大会としては一定の成功を収めたものの、国、州、市、スポーツ団体のいずれにおいても汚職が起きる土壌があることが改めて明らかとなった。
このような経緯を踏まえ、ブラジルのスポーツ界は原点に立ち返り、ヴェンデルレイCOB会長が語るように透明性と厳格さを心掛けながら、2020年東京大会とそれに続く未来に向かって歩むことが強く求められている。
レポート執筆者
沢田 啓明
Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation