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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

ブラジルのスポーツクラブ

~エスポルチ・クルービ・ピニェイロス~ 後編

2017.10.30

ブラジルのスポーツクラブ ~エスポルチ・クルービ・ピニェイロス~ 後編

(前編より続く)

2016年リオデジャネイロ・オリンピック(以下、2016年リオ大会)直前の25日間、「エスポルチ・クルービ・ピニェイロス(Esporte Clube Pinheiros)」(以下:ピニェイロス)は中国の代表選手団を事前合宿で受け入れ、15競技の約350選手にピニェイロス内の練習施設を提供した。その際、中国オリンピック委員会から使用料として支払われた手数料1,400万レアル(約5億円)により、多くの施設を世界最高水準に改修するとともに、クラブの役員、コーチ、選手らが中国選手団の練習を視察したり意見を交換し、多くのクラブ会員がボランティアとして中国人選手の練習に協力しながら交流を深めた。

ピニェイロスの今年の年間予算は約7,100万レアル(約25億6,000万円)で、総合スポーツクラブとしては国内最大である。その内訳は、会員からの会費が約5,400万レアル(約19億4,000万円)、スポーツ奨励法*による寄付金が約1,200万レアル(約4億3,000万円)、企業からの協賛金が約500万レアル(約1億8,000万円)となっている。

*年間に法人の場合は所得税の1%まで、個人の場合は所得税の6%までの金額を、スポーツ省が認定したスポーツ関連のNGOに寄付すると、翌年の所得税から相殺されるか返還される制度を明記した法律

サッカーグラウンドでのトレーニングの様子

サッカーグラウンドでのトレーニングの様子

照明設備が整っているので、夜間でもトレーニングができる

照明設備が整っているので、夜間でもトレーニングができる

現在の会員約4万人のうち、およそ7,000人が各種競技会に出場するアスリートで、その内訳は12~19歳の育成年代の選手が約4,500人、トップレベルのアスリートが約500人、マスターズ大会に出場するベテランが約2,000人である。各々の競技レベルによって、月に500レアル(約1万8,000円)から1万5,000レアル(約54万円)の奨励金を支給している(トップアスリートはスポーツ省などからも奨励金を受け取っており、これらの収入によって他に職業をもたない事実上のプロ選手として競技生活を続けている)。また、育成年代の選手の多くは、ピニェイロスが提携する中学校、高校、大学などの教育機関の特待生として授業料を免除されている。

取材に応じてくださったアルナウド・ペレイラ氏(左)とマリアーナ・カツノ・フェレイラ氏(右)

取材に応じてくださったアルナウド・ペレイラ氏(左)とマリアーナ・カツノ・フェレイラ氏(右)

このような形態のスポーツクラブを維持していることについて、競技スポーツ部門の責任者であるアルナウド・ペレイラ氏は、「ブラジルはサッカーが圧倒的多数の競技人口をもつ国で、総合スポーツクラブの中にはプロサッカーチームを保有するケースもある。しかし、その場合、プロチームの運営にスポーツクラブの予算の大半が注ぎ込まれて、他種目の強化が疎かになることが多い」と説明し、「すでに1930年代、われわれはプロサッカー部門をもたない総合スポーツクラブとなることを選択した。多くの市民にスポーツを楽しむ機会を提供すると同時に、トップアスリートの育成と強化を担っており、われわれがブラジルのスポーツ界を支えているという強い誇りをもっている」と胸を張る。トップアスリートと事実上のプロ契約を結んで彼らのキャリアを支援することについては、「トップアスリートは会員にとって憧れの存在であり、彼らと同じ環境で練習をしていることが会員や育成年代の選手にとって大きな刺激となっている」と強調する。

2016年リオ大会に多くの選手を送り込んだだけでなく、大会前に中国選手団の事前合宿を受け入れたことについては、「2016年リオ大会前、世界各国から練習施設を使わせてほしいという要望を受けた。その中で、世界有数のスポーツ大国である中国からたっての願いで、大会前の準備に協力したことをクラブ関係者一同、非常に光栄に思っている。多くの関係者、会員が世界のトップ選手の練習を見学したり、手伝ったりして交流したことは、われわれにとってかけがえのないレガシーとなった。これまでわれわれが目指してきたことが間違っていなかったと確信したことにくわえて、今後も総合スポーツクラブとして社会に貢献していくことを改めて誓う契機となった」と語った。

ただし、市民に門戸が開かれているとはいえ、ピニェイロスの会員になるのは決して容易ではない。会員権は一般に販売されておらず、現在加入している会員が脱会した際に譲渡してもらうのが取得する唯一の方法だ。会員権の相場は、約1万4,000レアル(約50万円)にものぼる。これ以外にも、会員権の名義変更手続きに約7万レアル(約252万円)の費用が発生し、合計約8万4,000レアル(約302万円)かかる。しかも、毎月409レアル(約1万5,000円)の月会費を払わなければならない。それゆえ、ピニェイロス会員の大半は中流以上の階層に属しており、一般大衆にとっては高嶺の花となっている。

ピニェイロスの託児所:会員のスポーツクラブ活動中、ベビーシッターが子どもの面倒をみている

ピニェイロスの託児所:会員のスポーツクラブ活動中、ベビーシッターが子どもの面倒をみている

ピニェイロス内には日本食レストランもある(経営は外部委託):スポーツクラブとは思えない設備が充実している

ピニェイロス内には日本食レストランもある(経営は外部委託):スポーツクラブとは思えない設備が充実している

この点について、ペレイラ氏は「アメリカ、日本などではすべての小学校、中学校、高校がグラウンド、体育館、プールなどのスポーツ施設を備えており、学校でさまざまなスポーツに親しみ、さらにはクラブ活動で特定のスポーツに打ち込むことが各競技の底辺拡大と選手の育成、強化に重要な役割を果たしている。ブラジルの現状はそれとは大きく異なるが、われわれは総合スポーツクラブとして引き続きスポーツ文化の発展に寄与したい」と語る。

ブラジルの人口は2億800万人で、サッカー、バレーボール、ビーチバレー、柔道、フットサルなどにおける過去の実績からみても、世界有数のスポーツ大国となる条件を備えていることは疑いがない。しかし、2016年リオ大会で19個のメダルを獲得して世界13位、パラリンピックで72個のメダルを獲得して世界8位と過去最高の成績を残したとはいえ、その潜在能力が十分に発揮されているとは言い難い。このことを認めたうえで、ペレイラ氏は「2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、トップアスリートの育成と強化に一層力を入れている。ブラジルが2016年リオ大会以上の結果を残すため、多大な貢献をしたい」と力を込めた。

※文中、1レアル=約36円で換算

レポート執筆者

沢田 啓明

沢田 啓明

Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation