2016.12.13
- 調査・研究
© 2020 SASAKAWA SPORTS FOUNDATION
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スポーツ政策研究所を組織し、Mission&Visionの達成に向けさまざまな研究調査活動を行います。客観的な分析・研究に基づく実現性のある政策提言につなげています。
自治体・スポーツ組織・企業・教育機関等と連携し、スポーツ推進計画の策定やスポーツ振興、地域課題の解決につながる取り組みを共同で実践しています。
「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。
日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。
2016.12.13
南米大陸で初となるオリンピックが8月5日から21日まで、パラリンピックが9月7日から18日までブラジル・リオデジャネイロで開催され、オリンピックには207の国と地域から11,303人が、パラリンピックには159の国と地域から4,316人が参加した(いずれも史上最多)。オリンピックには、シリア、コンゴ民主共和国、エチオピアなどの出身で内戦や政情不安のため外国へ逃れた10人からなる難民選手団が史上初めて参加し、観衆から盛大な拍手を受けた。同様に、パラリンピックでも2名の選手(シリアとイラン出身)が難民選手団として初参加した。
開幕前、競技施設や公共交通機関の建設工事の遅れ、治安、ジカ熱、テロへの不安、さらにはブラジル国内の経済低迷と政治の混乱(注:ジウマ・ルセフ大統領が政府の会計を不正に操作した疑いで5月12日から職務停止処分を受けており、ミシェル・テメール副大統領が大統領代行を務めていた)などから成功が危ぶまれていたが、トーマス・バッハ・国際オリンピック委員会(IOC)会長が「象徴的で、記憶に残る大会だった。厳しい社会問題を抱える中でも、スポーツを通して連帯と結束の力を示した」と総括したように、大方の予想を上回る成功を収めた。
それでは、項目ごとに大会を振り返ってみよう。
ゴルフ場、自転車会場、テニス会場などの施設の建設工事が遅れていたが、いずれもオリンピック開幕前に完了した。
セーリング競技が行われるグアナバラ湾、ボート競技とカヌー競技が行われるロドリゴ・デ・フレイタス湖、トライアスロン競技の水泳とオープンウォータースイミングが行われるコパカバーナ海岸などの水質汚染が深刻で、選手への健康被害が心配されていた。汚染が完全に解決されることはなかったが、出場した選手が健康上の異常を訴えたケースはなかった。
ただし、7月24日に各国選手団に開放された選手村が、電気設備、シャワー、トイレなどの不具合や未整備などで多くの国の選手団から苦情を受けた。大会組織委員会はすぐに作業員を派遣し、数日以内に問題を解決した。
大会の主要会場であるデオドロ地区とバーラ地区を結ぶBRT(バス高速輸送システム)※、市の中心部を走る路面電車VLT(ライトレール)はオリンピック開幕前に完成。市内のイパネマ地区とバーラ地区を結ぶ地下鉄4号線延長工事も、開幕前日に終了した。
ただし、地下鉄の運行時間が試合時間とリンクしていないことがあり、競技が深夜に終了した後、地下鉄が運行を終えていたことで観客から苦情が出た。これを受け、その後は試合の終了時間に合わせて運行時間が延長された。
※BRTおよびVLTについては、以前の記事を参照
大会前、ロシアの国ぐるみのドーピング疑惑が発覚し、世界ドーピング防止機構(WADA)はロシア選手団の出場停止を勧告したが、IOCは各種目の国際競技団体に十分な証拠を提出した選手のみ、リオオリンピックへのエントリーを認めることとし、最終的に当初の選手数(389人)の3分の2にあたる271人の出場を認めた(ただし、パラリンピックでは国際パラリンピック委員会の判断によりロシア選手団全員が除外された)。
オリンピック開会式は、経費削減のため2008年北京大会の6分の1以下、2012年ロンドン大会の半分以下の5,000万レアル(約15億5,000万円)という低予算で行われた、多民族国家ブラジルが持つ「多様性」、そして「平和」と「笑顔」を訴えた。鮮やかな色彩、多彩な音楽などを駆使した創造的で躍動感に満ちたセレモニーで、国内外で好評を博した。
施設面では、大きな問題はなかった。数少ないトラブルとしては、マリア・レンク水泳センターのプールの水が緑に変色したこと(原因は、水質管理業者の薬品投入ミスで藻が発生したとされている)や、水球が行われた別のプールでも、薬品が過剰に投入されたため選手が目の痛みを訴えたことなどがあげられる。
なお、アイルランドのスポーツ・チケット販売会社「THGスポーツ」の幹部二人が800枚余りのチケットを第三者に不正転売した容疑で逮捕され、この会社にチケットを横流ししていた疑いで、IOC理事でアイルランド・オリンピック委員会会長のパトリック・ヒッキーが逮捕された。
オリンピックの閉会式では2020年東京オリンピック・パラリンピック開催へのアピールが好評で、開催都市の引き継ぎは無事終了した。
大会期間中、ブラジル国内から76万人、外国から41万人(国別では多い順に、アメリカ、アルゼンチン、ドイツ)、合計117万人のスポーツファンがリオデジャネイロを訪れて試合を観戦した。
大会序盤は、観客が入場する際のボディチェックや持ち物検査に手間取り、長蛇の列ができた。競技場内では、売店の食べ物が種類も量も物足りなかった。しかし、大会の二週目以降は、これらの問題の多くが解決された。
ボランティアに対する事前の訓練や教育が不十分だったため、入場者が戸惑うことが少なくなかった。それでも、ブラジル人特有の明るい笑顔とホスピタリティは好評だった。
また、競技場へ足を運べない人のために旧市街などでパブリック・ビューイングなどの各種イベントが開催され、大会期間中に延べ約485万人を集めた。
国家公共治安警備隊、ブラジル連邦警察、リオ州警察、リオ市警察などからなるオリンピック史上最多の85,000人の警察官・警備隊を投入し、リオ国際空港、各競技会場、パブリック・ビューイング会場などで厳重な警戒を行ったことが効果を挙げ、観衆やメディア関係者が死亡するような重大な事件や事故は発生しなかった。
テロに関しても、今年7月に国内のイスラム過激派組織のシンパの疑いがある10人が逮捕され、その後もブラジル連邦警察が欧米の情報機関や警察と連携して対策を講じたのが功を奏し、未遂事件すら起きなかった。
デオドロ地区からバーラ地区へ向かうメディア関係者用のバスが投石され(銃弾という説もある)、窓ガラスが割れて外国人記者2人が軽傷を負った。また、デオドロ地区の馬術競技メディアセンターに銃弾が打ち込まれたが、負傷者はなかった。
ただし、他州出身でリオ市内の地理に疎い国家公共治安警備隊の車が誤ってファヴェーラ(貧困者が不法侵入して居住している危険地帯)に入り込み、一人が銃撃されて死亡し、もう一人が負傷する事件があった。
また、ライアン・ロクテらアメリカの水泳選手4人が深夜、オリンピック関連のパーティに出席して泥酔し、タクシーで選手村へ帰る途中に立ち寄ったガソリンスタンドでトイレを破壊して警備員に拘束された。このことを隠すため、4人は「警察を装った人物に金品を奪われた」と主張したが、虚偽だったことが発覚して本人とアメリカ選手団が謝罪する事件が起きた。
大会開催のための総支出は約391億レアル(約1兆2,121億円)で、内訳は公共交通機関建設費が246億レアル(約7,626億円)、大会運営費が74億レアル(約2,294億円)、競技施設建設費が71億レアル(約2,201億円)だった。
公共交通機関、競技施設、大会関連施設の建設工事が予定より大幅に遅れ、遅延を取り戻すため作業員に残業や休日出勤を求めたことから、余分な支出が発生した。また、選手村がオープンした直後に多くの不具合が発見されて追加作業を余儀なくされたことで支出が増えた。
オリンピック開幕前はチケット販売が低調だったが、開幕直前になって販売が急伸し、オリンピックは総数の約95%に相当する約616万枚を、パラリンピックも総数の約80%に相当する200万枚を販売。チケット収入は、13億レアル(約403億円)に達した。
これは、2012年ロンドン大会のオリンピック794万枚とパラリンピック270万枚には及ばなかったが、サンパウロの日刊紙「フォーリャ・デ・サンパウロ」は「ブラジル経済が低迷して国民の購買力が下がっており、また開催都市が各種スポーツ・イベントの中心地である欧米から遠いことを考えると、悪くない数字」と評価している。
2009年にオリンピックとパラリンピックを誘致した際、ブラジル・オリンピック委員会とリオ市は「運営資金に、公的資金は一切使わない」と明言した。しかし、その後、支出が収入を上回る見込みとなり、大会組織委員会は一部の競技施設、大会関連施設、各種セレモニーやイベントの内容と規模を縮小し、ボランティアも減員するなどして経費節減に努めたが、それでも最終的に約5,500万レアル(約17億500万円)の赤字が発生した。大会組織委員会はブラジル政府とリオ市に援助を要請し、ブラジル政府は政府系の公社が大会スポンサーとなる方法で4,000万レアル(約12億4,000億円)を、リオ市は公的資金を用いて1,500万レアル(約4億6,500万円)を拠出した。
公共交通機関、競技施設、大会関連施設などの建設と整備によって、新たな雇用が発生した。
オリンピック期間中、リオ市内のホテルの客室占有率は94%に達し、飲食業の売り上げは45%程度増えた。
また、リオの国際的な知名度をさらに高めたことで、今後の観光収入増加が期待できる。
大会に向けて公共交通機関が建設、整備され、今後、市民のために役立てられる。大会のために建設された競技施設で今後もトップレベルの競技大会が開催されるほか、一部は市民にレジャー施設として開放され、あるいは改修されて公立校やスポーツ専門校として活用される。
また、大会期間中に各種イベントを行う目的で旧市街が再開発され、今後もイベント開催や市民の憩いの場となることが期待される。
オリンピックの閉会式で、トーマス・バッハIOC会長は、「ブラジル国民は、すべての困難を乗り越えて大会を成功に導いた」と賞賛した。
また、ブラジルのレオナルド・ピシアーニ スポーツ大臣は、「大会は素晴らしい成功を収めた。関係者の努力は大いに称えられるべきであり、とりわけリオを訪れた人々を暖かく迎えたリオ市民の善意とホスピタリティには金メダルがふさわしい」と絶賛した。
リオの有力日刊紙「オ・グローボ」は、「大会前、外国メディアから懐疑的な声が多く聞かれたが、これらの悲観的な予想を完全に覆して華々しい成功を収めた」と高く評価し、「数多くのレガシーが残されたが、その最大のものは、対外的にはリオとブラジルの真の姿を世界にアピールできたこと、対内的には大会を成功させたことによってブラジル国民が得た自信と誇りだろう」と論評した。
※文中、1レアル=約31円で換算
レポート執筆者
沢田 啓明
Sports Journalist
Partner Fellow, Sasakawa Sports Foundation