「宇部市スポーツコミッション」で地域コミュニティーの再構築に手ごたえ
右:久保田后子氏(宇部市長)左:渡邉一利(笹川スポーツ財団専務理事)
渡邉 市長はスポーツの持つ価値、役割をどのようにとらえて、まちづくりにつなげていこうとお考えですか。
久保田 スポーツは市民一人ひとりの心と身体を元気にして、合わせて街を元気にすると考えています。スポーツですから勝敗がある競技スポーツはもちろんのこと、健康づくりにも非常に重要な役割を果たすと考えています。日本は世界でも例を見ないスピードで高齢社会に突入しています。このような社会状況においても、スポーツがこれまで以上に高齢者一人ひとりを元気にし、ひいては街の活性化にもつながると考えています。
渡邉 宇部市は今年、2度目のチャレンジデーを実施されました。チャレンジデーをどのようにとらえていらっしゃいますか。
久保田 とても良い取り組みだと思っています。スポーツというと「お金もないし、時間もないし、年もとっているし、私には難しいですよ」という声を折に触れて聞いてきました。チャレンジデーはスポーツというより、楽しみながら身体を動かすイベントですので運動をするきっかけのひとつになると思います。しかも街をあげてみんなでやりましょうという取り組みですから、声をかけやすく、参加もしやすいと感じています。
渡邉 宇部市では2014年に「宇部市スポーツコミッション」を設立されました。宇部市のスポーツの現状について教えてください。
久保田 スポーツコミッションを設立したのは、子どもであっても、障害があっても、ご高齢であっても、みんながスポーツに親しめる環境を整えるためでした。設立から丸2年がたち、その効果が少しずつ出てきていると感じています。象徴的に大きなイベントも開催しますが、地域でのさまざまな健康づくり、ちょっとした体操教室など、気軽に参加できるプログラムも増えてきています。宇部市では独自に「ご近所福祉サロン」という事業を推進し、ひとり暮らしの高齢者が仲間を作り、おしゃべりをして、情報を集める場所を提供しています。そういった場所でも、スポーツコミッションが指導者を派遣するなどして、健康プログラムを実施しました。
渡邉 地域のイベントがコミュニティー形成へとつながっていきますね。
久保田 その通りです。少子高齢化社会ではコミュニティーの再構築が問われています。それは自然に任せていたらとても難しい。そこでスポーツ、あるいはちょっとした運動を核にすることで、地域コミュニティーの再構築につながるのではないか。そのような手ごたえをつかんでいるところです。
渡邉 障害者という言葉が出てきましたが、宇部市では障害者が運動、スポーツに参加するために、どのような取り組みをしているのでしょうか。
久保田 宇部市では2001年に、保健・医療・福祉等の関係団体により宇部市障害者ケア協議会が設立されました。この中にスポーツ部会を作っていただいて、障害者スポーツの促進を民間団体中心に進めています。2011年に山口県で開催された全国障害者スポーツ大会をきっかけに、民間団体における障害者スポーツの促進、施設の点検が進みました。現在では視覚障害者の卓球大会を開催したり、グランドソフトボール大会も宇部で開いています。宇部市はグランドソフトボールにおける西日本の拠点としての役割をはたしており、7月に行われた大会では私も始球式に参加させていただきました。障害者スポーツは選手たちの奮闘はもちろん、障害者スポーツを支えるボランティアの存在が欠かせません。おかげさまで宇部市は「障害者スポーツを支えるボランティアの層が厚いから、このような大会を開けますね」とお褒めの言葉をいただいています。
「宇部市まち・ひと・しごと創生総合戦略」
渡邉 さいたま市や新潟市、札幌市など、スポーツコミッションを作る自治体は、スポーツツーリズムにフォーカスして、大きなイベント、ロードレースやマラソン大会などを開催し、交流人口を拡大して、それをまちづくりの核にしようとしています。そういう潮流がある中で、宇部市の場合は市民の健康づくりに主眼を置いています。私はそうした市民の健康づくりと、交流人口の拡大による市の認知向上策を融合させていくこともスポーツコミッションに求められる役割の一つと考えています。市長はどのようにお考えでしょうか。
久保田 私どもが取り組んでいる「宇部市まち・ひと・しごと創生総合戦略」で、産業政策の中にヘルスケア産業の育成・振興というのがあります。ヘルスケアの一翼を担うものとしてヘルスツーリズム、ヘルシーメニュー認証事業の推進などを掲げています。たとえば、ときわ公園と言う大きな公園がありまして、そこを舞台にしたウォーキング大会などを開催しています。スポーツコミッションの今後の役割として、ヘルスツーリズム、ヘルスケア産業との連携は欠かせないと考えています。
渡邉 ヘルスツーリズムを推進する上で、近隣自治体との地域連携も必要になろうかと思います。県内自治体との連携という観点からはスポーツ振興をどのようにイメージしていらっしゃるのでしょうか。
久保田 県庁所在地の山口市には新幹線の駅があり、産業都市である宇部市には山口宇部空港があります。両市の間には利便性の高い道路があり、さまざまな事業を一緒にやっていこうと話しています。その中には観光も入っています。山口市と宇部市だけでなく、山陽小野田市、美祢市、萩市とも連携して、ヘルスツーリズムにも取り組んでいきたいと思っています。例えば宇部市が持っている温室施設で植物と一緒に楽しむヨガや、野外彫刻広場でのストレッチなどが考えられます。文化と合わせたツーリズムもヘルスツーリズムにおいて重要ではないかと考えています。
渡邉 近年、観光と文化、スポーツを合わせて振興する自治体が増えていますね。
久保田 感性で楽しむ文化と、身体を動かすスポーツは一挙両得ですし、親和性が高いと思います。役所はややもすると分けてしまいがちですが、宇部市では文化とスポーツが同じ部署になっています。また、スポーツコミッションを作る一年前に、宇部市文化創造財団というものを立ち上げました。文化創造財団が管理する施設に、重要文化財である渡辺翁記念会館があります。チャレンジデーのオープニングはここで開催しました。記念会館は国指定の重要文化財ですが、戦前の建物でバリアだらけです。それを逆手に取って館内を上がったり、下ったりする健康プログラムを提供しています。文化を学びながら身体を動かせるプログラムとして人気を博しています。
対談の様子
渡邉 宇部市は戦後の復興でばいじん汚染が大きな社会問題となりました。このとき、産・官・学・民からなる「宇部市降ばい対策委員会」を設置し、全市民が一体となって公害対策に取
り組む「宇部方式」といわれる独自の手法で成果を出されました。こうした土壌はいまも継承され、スポーツにおけるまちづくりなどにも役立っているのでしょうか。
久保田 戦後の経済復興著しい時代に、産・官・学・民のステークホルダー、関係者によるプラットフォームを、見本も何もない時代に自分たちで作り上げるというのはすごいことだと思います。これは継承されなくてはなりません。「宇部方式」がきっかけで当市は、国連環境計画(UNEP)から環境保全に貢献のあった世界各国の個人、団体を表彰するグローバル500賞を1997年に受賞しました。日本の自治体では北九州市、四日市市および宇部市の3つだけだそうです。それくらい人類の英知だという評価をいただいた。少子高齢化社会が進む街において、このような土壌は先人から受け継いだ宝だと思っています。
渡邉 文部科学省の発表資料では、週1回以上の運動・スポーツ実施率の全国平均は40%強となっていますが、宇部市はいかがでしょうか。
久保田 50%を切るくらいで全国平均と同じくらいです。スポーツをやりたいけれど、なかなか身近にそのような環境がないということがあると思います。ときわ公園に健康遊具を置いて、
はつらつポイント制度による運動促進をしていますが、まだ始めたばかりです。きちんとプログラム化して定着させていくことが必要だと考えています。当面のところ、週1回以上の運動・スポーツ実施率は60%を目指しています。
渡邉 多くの自治体がスマートウェルネスシティ構想を掲げていますが、宇部市も参加するご予定はありますか。
久保田 宇部市は山口県で最初に健康推進条例を作って、それを進めています。今年は健康都市宣言のようなものをやって、スマートウェルネスシティにも参加したいと思っています。先ほ
どヘルスケア産業について触れましたが、宇部市は山口大学付属病院をはじめ医療機関が多くあって、医療事業者の協力が得やすい環境にあります。データを取って分析し、それを生かしたプログラムを作っていく。スポーツコミッションの会長もドクターにお務めいただいています。ICTを活用した健康づくり、ヘルスケア産業の育成にも力を入れていきたいと考えています。
渡邉 本日は貴重なお話ありがとうございました。文化、スポーツ、ヘルスケア、さまざまな施策が結びつき、健康都市「宇部」のまちづくりが、産・官・学・民の連携により推進されるこ
とを大いに期待しています。
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対談者
久保田 后子(くぼた きみこ)氏
宇部市長
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