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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

つなぐ「ものづくりのたすき」 トヨタ自動車社内駅伝大会

2019年02月01日

全国各地で、社内運動会やスポーツイベントを開催する企業や団体は少なくない。世界中にその名が知れる大企業「トヨタ自動車」も、そのひとつだ。同社では、毎年12月に「HURE! フレ! 駅伝」と称する社内駅伝大会が大々的に開催される。ここでは、第72回となる同大会に密着した様子をレポートする。

写真・文/飯塚さき(フリー記者・編集者)

トヨタ自動車社内駅伝大会の様子

トヨタ自動車社内駅伝大会の様子

70年以上の歴史を誇る トヨタの「HURE! フレ! 駅伝」

冷え込みの激しくなってきた12月2日の朝。愛知県豊田市にある三好ヶ丘という小さな駅は、驚くほど大きな人波に押し寄せられ、ごった返していた。気持ちよい快晴に恵まれたこの日、駅から15分ほど歩いたところに位置するトヨタスポーツセンターで、トヨタ自動車の社内駅伝大会が開催されるのだ。その名も「HURE! フレ! 駅伝」。毎年12月に行われており、2018年でなんと72回を数える。

初めて大会が行われたのは、1947(昭和22)年。「スポーツを通じて働く意欲を盛り上げ、職場の団結をより強くしよう」との思いでスタートした。そこから、コース変更や種目の増設、大会名称変更などを経て、徐々に現在のような形になっていった。

トヨタ自動車、トヨタの海外事業体、関係会社が参加し毎年世界中から多くの従業員が豊田の地に集結し、賑わいを見せる。第1回はわずか数十チームで開催されたそうだが、2018年は585チーム、計4680名の走者たちが参加。年々参加者は増えてきており、過去最多となった。全国各地の事業所に加え、中国、南アフリカ、インド、トルコ、インドネシア、タイなど、海外からの参加者も多く見られた。

沿道の様子。海外からの参加者や仮装して走る人も

沿道の様子。海外からの参加者や仮装して走る人も

同大会では、参加者の目的や性別、年齢によって種目が4つに分かれている。参加基準タイムがある「一般ロングの部」(326チーム)、参加条件がない「ふれあいの部」(125チーム)、さらに「女性の部」(43チーム)と、40歳以上を対象とした「シニアの部」(91チーム)があり、実に多くの人のニーズに合わせたプログラムが組まれているといえる。

どの種目も、1チーム8名でたすきをつないでいく。1つの事業所でも、塗装部、組立部、成形部、品質管理部などと、部署ごとにチームを組んで出場することができる。ただし、強い事業所では、駅伝メンバーに入ることすら困難であるケースも珍しくない。それくらい、どのチームもこの大会に懸ける思いが強いのだ。そんな参加者の意気込みに応えるべく、家族や同僚もこぞって応援に駆け付けるため、来場者数は毎年数万人にのぼるというから驚きだ。ちなみに、約3万4000人が足を運んだ。

試乗できるスポーツカーの展示

試乗できるスポーツカーの展示

 これだけの人数が集まる大会だけあって、スポーツセンターの敷地に一歩足を踏み入れると、まるで地域のお祭りや大きなイベントのようだ。体育館周辺では、飲食を扱う出店が所狭しと並んでいる。その横には、スポーツカーの試乗体験や、最新技術を駆使したロボットの紹介など、トヨタならではの展示が並ぶ。

リボンの演技を披露する杉本早裕吏選手

リボンの演技を披露する杉本早裕吏選手

また、さまざまなスポーツに力を入れていることをアピールするブースも多数設置されていた。特に賑わっていたのは、主に子どもたちを対象とした、車いすバスケットボールやチェアスキー、ボッチャといった障がい者スポーツの体験ブース。同社の硬式野球部や女子ソフトボール部に所属する選手たちが、多くの子どもたちと触れ合っていた。

新体操・フェアリージャパンのキャプテン杉本早裕吏選手は、その華麗なリボンさばきを披露し、歓声を浴びていた。

さまざまな展示で賑わう体育館横を通り、ラグビー場前に出てみると、ようやく走者たちの姿が見えてきた。皆一様に、真剣な面持ちでウォーミングアップをしている。さらに奥に進むと、今回のスタート・ゴール地点である陸上競技場を一望することができた。同社にとっての年に一度の大イベントが、ついに幕を開ける。

盛大な開会式 ついにランナーがスタート

開会式の様子

開会式の様子

出場選手がフィールドに集まり、開会式が行われた。華やかなチアリーダーたちのダンスが披露されると、全員で社歌を合唱。その後、前年度優勝チーム代表からの選手宣誓を受け、豊田章男社長は、「1年で最もトヨタらしいイベントが今年もやってきました。この日のために練習を重ね、多いに準備してきたことと思います。皆さん、全力を出し切りましょう」と、激励の挨拶をした。

そして、ゲストや同社所属アスリート、宣誓をした選手たちによる聖火リレーが行われた。この聖火は、各事業所で育てたひまわりの油を使って灯されているという。フィールド前方に設置された立派な聖火台に火がつくと、会場は大きな拍手に包まれた。

デモンストレーションランを行った道下美里選手

デモンストレーションランを行った道下美里選手

応援団によるパフォーマンスの後、聖火ランナーの一人でもあった、リオ2016パラリンピック視覚障がい者女子マラソン銀メダリスト道下美里選手(三井住友海上所属)が、デモンストレーションランを行った。彼女が走っている約5分の間には、人物紹介だけでなく、伴走者の重要性といった視覚障がい者マラソンそのものの解説もされており、パラ競技への理解を深めるための工夫を垣間見ることができた。

デモンストレーションラン終了後は、いよいよ駅伝のスタートだ。一般ロングの部に出場する選手たちが、スタートラインに集結。静かにその時を待つ。

スタート直後の様子

スタート直後の様子

9時50分になったと同時にスタートの合図が鳴らされ、皆一斉に飛び出した。観客席では大勢の声援が幾重にも重なり、ブラスバンドの演奏と応援団の太鼓の音が鳴り響く。まさに甲子園も顔負けの光景である。

その他の部門の選手たちも時間差でスタートし、フィールドから次々と選手たちが外へ出ていく。沿道の両側にも応援する人々の長蛇の列ができており、どこもごった返しだ。目当ての選手が通り過ぎるときには、誰もが声を張り上げて選手たちを鼓舞するが、それに笑顔で応える人はほんの一握り。多くの人が、苦痛に顔をゆがめ、前を見つめて必死の形相で過ぎ去っていく。なかにはハロウィンのような仮装をして走っている人も見受けられたが、だからといって手を抜いて走っているわけではないようだった。

ゴール付近で待ち構える豊田社長や役員たちとハイタッチ

ゴール付近で待ち構える会社役員たちとハイタッチ

スポーツセンターの外を1周したら、選手たちはまたフィールドに戻ってきて次の選手にたすきを渡す。こうしてたすきをつないでいき、先頭のアンカーがゴールしたのは、スタートから約1時間半が経った頃だった。その栄えあるゴールテープを切ったのは、堤工場のチーム。並みいる強豪チームを振り切り、念願の初優勝を飾った。

その後も、選手たちが順次フィールドに帰ってきては、ゴール付近で待ち構える会社役員たちとハイタッチを交わしていた。なかには倒れこむ選手もいたが、最後の走者がゴールするまで、役員たちはゴール地点に立ち続け、全員の健闘を称えた。

大会への熱い思いを語る 参加者たちの声

一般ロングの部で優勝したのは、堤工場のメンバーだった

一般ロングの部で優勝したのは、堤工場のメンバーだった

走り終えた参加者たちは、滴る汗をぬぐいながら、皆清々しい表情を見せていた。10年目の参加となる男性は、「疲れたけれど楽しかった。こうした時間外の活動で見えてくる人間関係もあると思うので、個人的にはこの大会を大事にしています」と話していた。

チームのトップバッターを務めたという女性は、「とにかく次の人にたすきをつなごうと必死でした。毎年、全員が走り終えたときの達成感は絶大で、病みつきになります」とさわやかな笑顔で答えてくれた。

さらに、海外の事業所からの参加者にも話を聞くことができたため、南アフリカチームの男性に、参加のきっかけとその意義を尋ねた。

「今年で4回目です。参加したのは、トヨタという何十年も続く日本の伝統的な企業を知るために、こうした行事に参加することが有効だと感じたからでした。ここに来れば、大企業の一員として会社全体を見ること、さまざまな文化的背景をもった人々と触れ合うことができます。そうしたなかで、自分に何ができるかを模索し、日々の生活に還元できたらと考えています」

今回が初参加というタイの女性は、やはり大会の規模に圧倒されたようだ。「単純に走るのが好きだから参加してみようと思って来たのですが、こんなにも大きなイベントでびっくりしました。駅伝は、間違いなく日本の伝統であり、それに参加できたことをうれしく思います。走ってたすきをつなぐことで、同僚との絆を感じられただけでなく、この大会がきっかけで新しい友人もできました」と、素敵なエピソードを披露してくれた。

熱の入る応援団

熱の入る応援団

大会に懸ける思いの強さは、応援する側も負けてはいない。今回一般ロングの部を制した堤工場の応援団は、毎年4月から月に4回ペースで練習を重ね、本番に備えている。頑張る選手を応援したいと、こうした時間外の活動にも熱心に取り組むリーダーは、「毎年悔しい思いをしてきましたが、選手たちの頑張りのおかげで、今回こうして結果を出すことができました。私たちが応援することで、選手たちを少しでもサポートできていたのであれば、本望です。しかし、順位に関係なく、どの選手も一人ひとりが全力で頑張れるように、より熱と気合のこもった応援を継続して届けていきたいと思っています」と、熱い思いを語ってくれた。

あらゆるスポーツに力を入れているトヨタ自動車。リーマンショックで経営に影が落ちかけたときには、女子ソフトボール部が全国大会で優勝し、全社員に大きな感動を届けた。スポーツがもたらす力の大きさを身にしみて感じている同社だからこそ、この駅伝大会にも深い情熱を注げるのだろう。ここでたすきをつなげた参加者たちは、日々「ものづくりのたすき」をつなぎ、これからも世界のトヨタを支えていく。

飯塚いいづかさき

1989年、さいたま市出身。2008年早稲田実業学校高等部卒業、09~10年シアトル・ワシントン大学留学、12年早稲田大学国際教養学部卒業。美術雑誌社を経て、13年よりベースボール・マガジン社で『Sports Japan』(日本体育協会発行)、『コーチング・クリニック』などの編集を担当。今春より独立し、フリーランスの記者・編集者に。ウェブマガジン『DEPORTARE』(スポーツ庁)、『相撲』(ベースボール・マガジン社)、『剣道日本』、スポーツサイト『ラブすぽ』(日本文芸社)などで執筆中。