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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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100回大会を節目に、夏の甲子園について考える

2018年の全国高等学校野球選手権大会は8月21日、大阪桐蔭の優勝で幕を閉じた。今回は100回目の記念大会ということで史上最多となる56校が参加。高校球児の“聖地”甲子園は例年以上の盛り上がりを見せたと言えるだろう。
一方、猛暑の中での試合開催、投手の球数制限問題など、長年指摘されている課題は今年もまた議論の対象となった。夏の風物詩として日本国民に長く親しまれてきた高校野球の存在意義とは何か。笹川スポーツ財団がまとめたデータも踏まえ、100回目を迎えた高校野球とは何かを考えたい。

100回大会を節目に、夏の甲子園について考える

高校野球はその歴史において多くの功績を残してきた。戦後一貫して高い人気を保ち、競技人口が確保され、日本における野球というスポーツの競技レベル向上に寄与したことは間違いない。

競技人口に目を向けると、日本高等学校野球連盟が今年5月に発表した統計では、高校野球部の部員数は1982年に約11万7000人。その後上昇を続けて2014年に初めて17万人を突破した。18年に16万人を割ったというものの、少子化という社会的な背景を考慮すれば、極めて高い水準をキープしていると言えるだろう。

高校野球は「する」スポーツとして多くの高校生に親しまれていると同時に、「みる」スポーツとしてのコンテンツ価値の高さも特徴だ。当財団の「スポーツライフに関する調査2016」によると、種目別の直接スポーツ観戦状況は、プロ野球の15.6%に続き、高校野球は5.5%で全体の2位。3位のJリーグが5.3%であるから、高校野球を生で観る人の割合はJリーグに匹敵していることが分かる。

テレビによる種目別スポーツ観戦率を見ても、プロ野球の53.8%に続き、高校野球は48.4%でこちらも2位だ。男女別にみると、プロ野球が女性では5位に落ちているのに対し、高校野球は4位にとどまる。年代別にみても、高校野球は20代で3位、30代で5位とやや数字が落ちるものの、40代以上の中高年層では高い関心を集めている。

つまり高校野球は依然として広い年代層に人気があり、かつ女性に敬遠されることがないという非常に優れたコンテンツであることを調査結果は証明している。こうした背景もあってか、近年では各地方テレビ局が都道府県予選の中継に力を入れるようになった。たとえば、出場校にまつわるエピソードや選手の出身中学といった細かい情報を盛り込むなど、以前より高い質量で報じている。高校野球のコンテンツ価値はますます高まっていると言えるだろう。

100回大会を節目に、夏の甲子園について考える

高校野球の魅力としてよく語られるのは地元愛だ。高校球児たちの中には親戚の子どもや、自分と同じ町の出身者といった何らかのつながりがある選手が多く、みる者がおのずと感情移入しやすい環境が整っている。故郷を長く離れている人にとっては、ふるさとを思い起こし、懐かしむ機会になる。高校野球が夏の風物詩と言われるゆえんであろう。

また、野球というスポーツはゲームの止まっている時間が少なからずあり、途中で席を離れても楽しむことができる。サッカーではこうはいかないだろう。このような「流しっぱなし」に耐えうる、という特徴も高校野球が広く親しまれてきた理由の一つではないだろうか。

高校野球がプレイヤーやファンに愛される一方で、近年は高校野球の負の部分について語られることも多くなった。猛暑の中での過密日程や、ヒジや肩の故障を招く投球過多は、安全性という立場から指摘されている問題だ。他県から有望選手を集めるいわゆる野球留学も批判の対象になることがあるが、これは公平性という視点になるだろう。

安全性や公平性は言うまでもなく確保されなければならない。ただし、こうした問題を議論する際には、改革案と呼ばれるもので「だれがハッピーになるのか」ということを考える必要があるだろう。

投球過多の問題を解決するために、必ず出てくる改革案は球数制限だ。ルールで球数を制限すれば平等だし、選手のヒジや肩を守れる。ヒジや肩を壊してあこがれのプロ野球に進めない。そんな悲劇を防ぐために、球数制限を支持する声は根強いものがある。

球数制限はプロでプレーできる可能性のある選手にとってハッピーであることは疑う余地はない。今大会の話題をさらった金足農業の吉田投手にもこれは当てはまる(大会ナンバーワン右腕の前評判どおりの力を発揮したが、故障リスクの大きさを考えると、今回の投げ過ぎを美談にしてはならない)。一方で、プロに行ける可能性がほとんどない選手とその所属チームにとってはどうだろうか。ごく普通の高校野球部に、そこそこ実力のある投手が入ってきた。彼がエースとして投げれば、今までなしえなかった上位進出が期待でき、もしかしたら夢の甲子園出場が叶うかもしれない。絶対的な投手ただ一人の力で全国大会を目指すこうしたチームは各地にごまんとあるに違いない。これらのチームや選手にとって、野球人生最大のゴールが甲子園であるとすれば、球数制限は彼らにとってハッピーではない。逆に、プロを目指すエリートが多数在籍する強豪校を利する制度である。

100回大会を節目に、夏の甲子園について考える

炎天下でのプレーを避けるために、甲子園球場ではなく、大阪ドームを使用すればいい、という意見もある。甲子園ではなく空調の効いた大阪ドームで試合をすれば、暑さから逃れられるのは間違いない。ただし、この案があこがれの甲子園を目指す選手たちに支持されるかといえば、おそらく大半の高校球児が反対するであろう。ファンにしても甲子園球場を使わない“甲子園”にどれだけの興味がわくか、はなはだ疑問である。

野球留学は他県から選手をとっていないチームの立場に立つとハッピーではないし、地元の選手を応援したいという市民感情にもそぐわない。一方で、他県出身でありながら自分を受け入れてくれた選手にとって、野球留学はハッピーな制度である。近年では、他県から選手を受け入れ、その選手が地元の大学に進学し、地元の企業に就職できるような環境を整え、地域の活性化につなげようとしている自治体もある。野球留学を県全体にとってのハピネスにしようという試みだ。

このように高校野球で課題と呼ばれるものを詳細に見ていくと、それぞれの立場によって見方が大きく異なることが分かる。一口に高校野球といっても、15万人の高校球児、その周辺にいる保護者やコーチ、審判員ら携わる人たちの価値観は実に多様なのだ。あまたの改革案が一定の説得力を持ちながらも実現にいたらないのは、このあたりに理由があると言えそうだ。

とはいえ、現状維持の状態で高校野球がいつまでも輝き続けることができるかと問われたら、そうは言い切れない根拠もデータは示している。たとえば先述した高校野球の部員数は高い水準を保っているのは事実だが、今年の数字をみると部員数は15万3000人で、17年の16万1000人から大きく減少した。いよいよ少子化の影響が高校野球にも及んできたとも考えられる。

みる側の視点に立っても、高校野球を熱心にみている層は中高年世代であり、はたしていまの10代、20代が20年後、30年後、いまの中高年のように高校野球を見るかどうかはまったくわからない。そもそもいまの若者はテレビを見ない。高校野球のインターネット配信も始まっているが、はたしてどこまで若者の心に届くかは未知数である。

野球人口が減れば、一つの学校ではチームを組めず、ラグビーのように複数校の合同チームがあたり前になるかもしれないし、結果として一部の強豪校にのみに選手が集まり、実力差の開きすぎた魅力に欠ける試合が増えるかもしれない。多くの人たちにとって高校野球が末永く魅力的なものであり続けるために、これからは広い視野で議論を深める必要があるだろう。

笹川スポーツ財団
経営企画グループ
澁谷 茂樹

スポーツ歴史の検証