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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

企業のアスリート支援の現状と課題

SPORT POLICY INCUBATOR(48)

2025年1月15日
上治 丈太郎(笹川スポーツ財団評議員)

 2024年第33回夏季オリンピック競技大会パリ大会には日本選手団は男子218名女子191名合計409名が出場した。その内、学生は約10%の42名であり、代表のほとんどが社会人選手であった。競技によってピーク時年齢に差もあるが、五輪代表は圧倒的に社会人アスリートなのである。学生アスリートは卒業後の競技生活において全面的に理解をして受け入れてくれる企業を探しもとめなければならない。

 もともと、日本の企業スポーツは戦後、重厚長大と言われる基幹産業の企業の福利厚生として生まれ、のちに企業の社会・地域貢献として、あるいはメセナ活動と言った形で実業団スポーツや競技団体などのサポートを行ってきた。

 しかし、一時期バブル崩壊やリーマンショックなどにより、これまでチームや個人のアスリートのサポートをしていた名門企業が廃部や休止においこまれ、将来のオリンピック出場を目指していたアスリートたちは夢をあきらめたり、就業時間外で活動を継続しなければならなくなったり、遠征などの費用を自分で負担する等の対応をせざるをえないことになった。

 学生時代に日本選手権の優勝を含む上位入賞を果たした者は、就職は難しくない。しかし、23年後に間違いなく代表選手やトップ選手になる見込みがある、とはいえ現在は成績を残せていないアスリートの受け入れには企業側も大変慎重な判断をせざるを得ない。プロなら成果が出なければ契約を更新しなければ済むが、社員選手なら定年まで会社に貢献してもらうことになるからだ。もちろん、アスリートとして現役の間は競技活動を業務(つまり会社としての業務活動とは切り離しておく)とすることもできるが、将来を考えて一定割合で社業にも携わってもらおうとすると、シフトなどの対応がやりやすい配属先を選び、広報宣伝、人事総務、福利厚生などの部署に在籍しているケースが多くみられる。制約が大きいのである。

企業のアスリート支援の現状と課題

 すでによく知られているように、日本オリンピック委員会(JOC)は現役アスリートの就職支援制度として「アスナビ」を設け、トップアスリートと企業のマッチングを支援し安心して競技活動に取り組める環境サポートを行っている。20243月末現在累計で230社の企業に400名近くのアスリートが採用されてきた。今回のパリ大会でも自宅近くの地元企業に採用されオリンピックに出場し地元にも元気と夢を与えたという好循環の実例もあり、JOCが定期的に企業向けに説明会を行っている。

 アスナビでは、選手は会社に雇用されて生活は安定する。しかし、現状ではマイナー競技あるいは用具など特別な備品を必要とするアスリートは経費面での個人負担も多く、また、個人の合宿や遠征経費など解決しなければならない問題があるようだ。企業スポーツを長く保有している企業は、どんな費用が発生するか、よくわかっている。しかしアスナビ支援企業の中にはそのような知識を持たないところも多い。予め分かってもらっておけばよいことであり、JOCもちゃんと説明しているのだが、受け入れ企業側に経験がまだ足りない。次第に解決されていくのだろうが、留意が必要である。

 

 アスナビに限らず、企業スポーツを保有する企業に意識しておいてほしいのは、アスリートは引退後に「社業に従事する」だけでなく「スポーツ界での役割を持ち続ける」という点である。

 アスリートは引退後、指導者、コーチ、監督、スタッフを頼まれる。審判など競技会のたびに役員などとして出かけることもある。競技団体(NF)やアジアオリンピック評議会(OCA)の役員としての役割、出番も求められる。つまり、引退後も様々なスポーツ界の仕事がある。これらの活動は勤務時間外、経費も自己負担ということが多いのではないか。企業の理解が得られ出張とし、業務の一つとして振替休日を認めてもらえればさらに活動しやすくなる。

 

 2020東京五輪大会のいろいろな不祥事があったこと、あるいは新型コロナによりスポーツイベントや各競技団体に対してのスポンサードは、メリットもあるがリスクも多く使いづらいものとして扱われるようになり、スポンサー活動の半減や撤退が極端に多くなり、その結果各競技団体の決算も赤字になるところが多いように思われる。特に強化合宿や海外遠征など自己負担が増えている。このため今後、ますますスポーツ庁や日本スポーツ振興センター(JSC)ほかの助成金に頼るケースが多くなるのだろう。

 しかし、日本のスポーツは企業のサポートなしでは維持できないといっても過言でない。スポーツ庁には、企業サポートを拡大・円滑にしていくための中長期的な制度設計を強く要望する。

 

 アスリートの競技活動から得られる、またはもたらされるさまざまな知見は国民の健康寿命の延伸にもつながり、大会での結果は国民を感動させ、企業内のコミュニケーションのツールとしても役立つ。

 広く言えば、スポーツは社会課題の解決の手段としても活用できる。たとえば、過疎化、少子化、スポーツ指導者不足といった課題に対応していく方法の一つとして、トップアスリートの学校などへの指導派遣を検討してみたい。

 アスリート支援が必ず計り知れない有形無形の効果をもたらすことを確信しさらなるサポートを願う。

  • 上治 丈太郎 上治 丈太郎   Jotaro UEJI 笹川スポーツ財団評議員 1965年ミズノ(株)入社。オリンピック準備室長、統括などを経て副社長、相談役を2015年に退任。在職時はミズノトラッククラブやミズノスイムチームの部長としてアスリートを直接支援するだけでなく、1988年ソウル五輪から2012年ロンドン五輪まで社内のオリンピック統括として、IOCとのサプライヤー契約、各NOC、IF、NF、個人の契約業務、サポートなど現地の活動に統括責任者として従事。
    公益財団法人日本スポーツ協会評議員兼財務委員会、ブランド委員会、マーケティング委員会、競技団体評議員連合会副会長、国立大学法人鹿屋体育大学経営協議会委員などを歴任。