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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

スポーツ・ベッティングが、世界のスポーツ産業の中核になっている件

SPORT POLICY INCUBATOR(7)

2022年1月12日
小林 至 (桜美林学園 常務理事/桜美林大学 教授)

 10月の衆院選でも争点のひとつになっていたが、先進諸国のなかで、日本だけがこの30年、経済成長をしていない。名目GDPでみると、その間、米国は3.5倍、ドイツも2.3倍になった。賃金の伸び悩みぶりとなると、OECD加盟35カ国のなかで22位に転落、韓国にも抜かれて、もうアメリカやドイツなどG7加盟国と比較してもみじめになるばかりである。

 1994年から2000年までの7年間、わたしはアメリカに住んでいた。当時は、アメリカの物価は、円高もあいまって、日本と比べてかなり安く、日本から来る友人はブランド品をここぞとばかりにバンバン買っていた。それも今は昔・・・

 スポーツも、メダルの数は、強化策が実って右肩上がりだが、産業としては、こちらも失われた数十年である。たとえば、野茂英雄がMLBにデビューした1995年の段階では、日本のプロ野球(NPB)の一球団平均売上は75億円(推定)で、MLBのそれは50億円だった。むろん、当時のNPBは、ほとんどすべての売上は巨人との試合から発生するいびつな構造ではあり、古巣のロッテの最大の収入源は、地上波放送がある巨人とのオープン戦だった。

 コロナ禍の前、2019年の段階で、NPB球団の平均売上(推定)は150億円で当時の倍、デフレ日本のなかで健闘しているともいえるが、あちらは400億円に伸長した。2005年に、孫正義さんから、「経営を手伝ってくれ」と光栄にも声を掛けられて、ホークス球団の取締役に就任した際の、最大のミッションは、リアル・ワールド・シリーズの実現だった。それを成し遂げられないまま、その10年後、2015年に学者に戻ったが、在任中も、MLBの背中がどんどん遠くなるのを感じていた。

 その状況は変わっていないどころか、コロナ禍をはさんで、スポーツ産業における、日本と欧米先進国の格差は、急拡大の傾向がみられる。

 パンデミックが、プロスポーツに、無観客あるいは来場者数の制限を強い、入場料収入が大きく落ち込んだのは、世界共通である。入場料収入や来場者を対象にしたスポンサー収入に依存する日本のプロスポーツは大きく傷ついた。ざっといって売上の半分が来場者に拠るNPBは全球団が赤字、Jリーグは58クラブ中34クラブが、Bリーグは36クラブ中22クラブが赤字に陥った。プロ野球は、幸いにも、親会社が下支えする構造(というか約束事)になっているから、比較的に安泰だが、Jリーグやbリーグの、親会社(責任企業)に頼れないクラブは、存亡の危機にさらされている。

 一方、欧米のプロスポーツリーグは、入場料や物販などの来場者に拠る収入は失われたが、先行き不安の声は、あまり聞かれない。たとえば、NFLは、202021シーズンの売上は25%減の12,000億円となったが、その渦中に、放送権契約の更新が発表され、その額なんと10年契約113,000億円、年平均11,130億円は、従来の契約のほぼ倍である。現在、交渉中のNBAの放送権は従来の契約の3倍近い年平均8,000億円で交渉中との報道もあった。

 なぜそんなことになるのか。その要因として、DXによる国境を越えたスポーツ・コンテンツビジネスの拡大もあるが、世界中で愛好されているNBAや欧州サッカーはともかく、NFLのように、ほぼオンリー・イン・アメリカのコンテンツ価値がかくまでの急上昇となっていることを説明するには十分ではない。放送の価値を支えているのは、別のなにか、答えは、スポーツ・ベッティングである。

 スポーツ・ベッティングとは、その名の通り、スポーツの試合を対象にした賭けで、サッカーや野球、バスケットボール、テニス、アメフトなど、あらゆるスポーツが対象である。賭けのメニューも豊富で、サッカーの試合であれば、試合中のイエローカードの数、最初のゴールは誰かなど、試合中に起こり得るほぼすべてのアクションが賭けの対象になっている。近年は、通信環境の高度化、高速化に伴い、試合をみながらスマホでポチッとライブ・ベッティングが急速に浸透しており、たとえば野球であれば、試合中に、ブックメーカー(胴元)のアプリから、大谷翔平の次の打席はどうなる≪①本塁打xx倍、②四死球xx倍、③三振xx倍、④その他xx倍≫というように、通知がポップアップする。

 このスポーツ・ベッティング、翌日の天気も賭けの対象とする根っからのギャンブル大国イギリスを筆頭に、欧州先進国では早くから合法化されていたものの、実はアメリカで解禁されたのはごく最近、2018年である。

 なぜそれまで禁止だったかというと、米国が禁欲的な清教徒が中心となって建国されたという起源にまでさかのぼる話になるのだが、八百長の温床になるからとプロスポーツ団体やNCAAが強硬に反対し続け、ついには1992年に、根絶をしようと連邦法(PASPA)まで制定されたという経緯がある。では、なぜ解禁になったかというと、税収増をもくろむニュージャージー州などの州政府が、PASPAは違憲であると連邦政府(つまりアメリカ国家)を訴え、勝訴したからというのが直接的な理由だが、とどのつまりは、「禁止してもむだ。合法化して、管理・課税するのが現実的」(途中から解禁賛成派に転じたNBAの声明文より)だからである。

 裁判の過程で、アメリカ人が、海外あるいは違法のブックメーカーを通じてスポーツ・ベッティングに興じている金額は40兆円以上との下院の報告もあった。この40兆円という数字は、日本の消費税収(国税分)の倍といわれると、にわかには信じがたいかもしれないが、日本でもパチンコ・パチスロ市場は20兆円、公営競技は8兆円と聞けば、さほど驚きの数字ではないかもしれない。

 こうして合法化(つまり各州の判断)なったスポーツ・ベッティングは、燎原の火のごとく、アメリカ全土に拡散し、本稿執筆時点(202111月)で、合法州は33、賭け金総額8兆円の市場に成長している。州によって税率は違うが、税収総額が600億円弱と報告されているから、7.4%ほどが税金ということになる。

 さきのコンテンツ価値の観点で述べると、NFLの公式戦を対象にした調査によれば①ベッティング参加者の試合視聴時間は、そうでないヒトの2倍、②ライブ・ベッティングの参加者の賭ける回数は、1試合につき45回、③ブックメーカーのテレビCMは、公序良俗の観点から1試合につき合計3分(30秒×6本)までに制限していてなお、既に全試合ソールドアウトで1,000億円以上のCM売上となっている。ということで、コンテンツ価値の向上に寄与していることは間違いない。

 スポーツ・ベッティングは、イノベーションの宝庫でもある。なぜなら、その主戦場は、サイバー空間であり、映像配信、データ解析、セキュリティ、トレーサビリティなど、高度な技術が求められる。市場規模も桁違いだから、リスクマネーが潤沢に供給されており、ブックメーカー大手のドラフトキングス、データ解析最大手のスポートレーダーと相次いで上場し、どちらも時価総額は1兆円を上回っている。

 隣国アメリカの活況を踏まえ、カナダでもフル解禁(従来は、日本のtotoのように複数試合の勝敗のみ)となった。

 これでG7で残るは日本だけとなった。そのことは、日本の産官学も承知しており、サイバー・エージェントが、合法化されれば売上は7兆円になるとの試算を発表し、霞が関、永田町でも、様々に検討がなされている。わたしも拙い試算をしてみたが5兆円はかたいとみている。

 仮に売上5兆円、控除額を20%(中央競馬の25%は高過ぎるが、アメリカの7%では霞が関は腰が入らないだろう)とすると、1兆円が生み出される。JRAの納付率に倣いその半分が国庫に入るとすると、金額ベースだとJRAの倍、5,000億円となり、これなら財務省も納得するのではないか。残る5,000億円から、たとえば半分2,500億円をスポーツ振興基金とすれば、この額はtotoのスポーツ振興助成金(2021年度実績で160億円弱)の15倍以上で、スポーツ・ベッティングがtotoとカニバるとかそういう次元のはなしではない。スポーツ関係者はみなニッコリのはずだ。残る2,500億円の使途は、スポーツ・ベッティングに不可欠な監督組織(IRに倣えば監視委員会)の運営、ギャンブル依存症対策、スポーツ関連の研究開発助成など、有効に活用すればよい。

 むろん、ことは一朝一夕には進まないだろう。スポーツくじもIRも、導入に際しては、賛否渦巻いた。しかし、アメリカで解禁された経緯の通り、スマホでぽちっと世界につながる時代において、禁止したってムダではある。現に、日本から、海外のブックメーカーを通じてスポーツ・ベッティングに興じる行為は、仮想通貨の浸透に伴い、激増しており、その市場規模は1兆円をゆうに超えるとの報告もある。賭け金トップは、圧倒的にNPBで、Jリーグ、英プレミアリーグ、NBAがそれに続いている。日本で課税されることなく、もったいない話ではある。日本国内で私的にあるいは違法ブックメーカーのもとでの市場はもっと大きいだろう。

 海洋という要塞に守られ、よきにつけ、悪しきにつけ、独自の社会構造、常識を築き上げてきた日本だが、サイバー空間というボーダーレスな世界が日常に根をおろしているなか、この世界の潮流に対して、乗るか反るかの判断を早晩迫られることになるだろう。少なくとも、知らぬ存ぜぬというわけにはいかない。

  • 小林 至 小林 至   Itaru Kobayashi 学校法人 桜美林学園 常務理事/桜美林大学 教授/大学スポーツ協会(UNIVAS)理事/博士(スポーツ科学)、MBA 1968年生まれ。神奈川県出身。1991年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位指名で入団(史上3人目の東大卒プロ野球選手)。1994年から7年間米国在住、コロンビア大学でMBA取得。2002年より江戸川大学(助教授〜教授)。2005〜2014年、福岡ソフトバンクホークス取締役を兼任。パ・リーグの共同事業会社「パシフィックリーグマーケティング」の立ち上げや、球界初「三軍制」の導入等に尽力した。テンプル大学、立命館大学、サイバー大学で客員教授。スポーツ庁スタジアム・アリーナ推進官民連携協議会幹事、一般社団法人パラダンスクリエーターズ理事。ジャングルX、白寿生科学研究所の顧問。近著『スポーツの経済学』(PHP)など著書、論文多数