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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

組織委員会の女性エンパワーメント

SPORT POLICY INCUBATOR(5)

2021年12月15日
荒木田 裕子(公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 副会長/笹川スポーツ財団 理事)

 20212月、世の中が、東京オリンピック・パラリンピックの開催の可否で大きく分断されていた頃、あの事件が起こった。東京オリ・パラ組織委員会の森喜朗会長が不適切な発言の責任を取って会長を辞任されたのだ。その発言とは、「女性の数が多い会議は長い。その点、組織委員会の女性理事はわきまえている」。スポーツのガバナンス、インテグリティの重要性が叫ばれている中、女性蔑視ともとれる発言は、世界に発信され、最終的には森会長を辞任に追い込んだ形になった。

 組織委員会の理事会は3か月に一度程度のペースで開催される。決議事項も報告事項も膨大な資料が事前に送られ、理事会では担当者が徹底した時間配分で、よどみなく説明してくれる。理事は、都度、質問はできるが、タイミングを見計らって短くわかりやすくが暗黙の了解である。それは、その後のメディア向けのブリーフィングの開始時間にも配慮し、定刻終了を目指すからである。理事会の最後には意見交換の時間はあるが10分程度で、時には時間切れでゼロの時も。つまり、理事会は女性理事だけではなくほとんどの理事がそのあたりを良くも悪くも心得ていた。

 森前会長の辞任を受けて、御手洗冨士夫名誉会長を座長とする候補者検討委員会が立ち上がった。委員は、国、東京都、JOCの代表とアスリート理事の8名。男性4名、女性4名とジェンダーバランスにも配慮されたメンバー構成で、その中に私も加わった。外圧や取材が殺到することを懸念して、委員の名前は非公表とされたが、理事会の数時間後には全員の名前がネットに挙がり、非公表とされていた会議会場もすでにメディアは察知し、毎回違う会議会場には大勢のメディアが待ち構えていた。

 会長候補者選考という大きなミッションを抱える我々には、御手洗議長のイニシアティブで、外の喧騒に惑わされることのない自由闊達な意見交換の場が設けられた。会長候補の選考基準、必要な資質など、十分な議論がなされたと思っている。そして、各自が候補者を挙げて、議論し、橋本聖子オリ・パラ担当大臣を候補者とすることを満場一致で決めた。彼女には夏冬7回のオリンピック出場、メダリスト、JOC副会長、日本選手団団長、IOCIPC、東京都とのパイプ、会長としての必要な資質はすべて備わっていた。

 橋本聖子さんへの打診は御手洗議長からと決まり、その翌日は午前中に検討委員会、引き続き午後には理事会が予定されていた。議長から、橋本さんが会長就任を固辞された場合は、明日、再度候補者を検討すると伝えられ、祈るような気持だった。議長には、とにかく橋本さんには我々の熱い想いを率直に伝えてほしいとお願いした。

 翌朝の検討委員会で議長が開口一番に、「橋本さんからはまだご承諾を頂いておりません。待つしかありません」と。私たちに緊張が走った。どうやら予算委員会が長引いているらしい。時間はどんどん過ぎ、理事会の時間が迫っている。お昼に用意されていたサンドイッチものどを通らない。理事会が始まるぎりぎりのタイミングで御手洗議長の携帯電話が鳴った。橋本さんから、すべての手続きを終了し、会長候補をお受けしますという内容だった。全員、胸をなでおろした。

東京2020オリンピック競技大会開会式でスピーチをする橋本聖子会長 ©フォートキシモト

東京2020オリンピック競技大会開会式でスピーチをする橋本聖子会長 ©フォートキシモト

 橋本聖子会長が誕生したその日の帰宅途中、スポーツ記者から電話があった。「初めての女性会長の誕生をどう受け止めますか?」と問われ、即座に「はっ?」と答えてしまった。私たちは女性会長ありきで橋本さんを会長に推薦したのではない。会長に最もふさわしい方を選んだら、その人は女性だったというだけだ。女性の登用にはクオータ制などあるが、私たちは理想的な形の選考をしたと思うと、ちょっと誇らしかった。

 橋本会長は会長就任と同時に改革を始めた。まず小谷実可子さんをリーダーとするジェンダー平等担当チームを立ち上げ、副会長を拝命した私は、ジェンダー平等・多様性と調和(Diversity & Inclusion)を担当することになった。さらには、理事会に新たに12名の女性理事を加え、女性比率を40%とした。

 女性活躍の先駆者、弁護士、ドクター、障がい者組織の長、パラリンピアンと、その12名の新理事は、まさに多様性に富み、しかもパワフルだ。新理事のそれぞれの専門分野での経験と実績に裏打ちされた自信とプライドは、とにかく頼もしいの一言に尽きた。橋本会長就任後の理事会では、意見交換の時間も十分確保され、会長も積極的に意見を求めてくれるようになった。新理事は、大会のコンセプトの一つである「多様性と調和」の活動にも加わり、「東京2020D&Iアクション」が完成した。多様性を認め合い、誰もが生きやすい社会への第一歩は、一人ひとりができることから始める、それがテーマだ。

 7年にわたって組織委員会をけん引してこられた森前会長からバトンを渡された橋本会長は、女性理事の登用など短時間で理事会を多様性のあるバイタリティ豊かな組織に変えた。来年には解散する組織だが、スポーツ組織運営においては、東京オリ・パラ大会の一つのレガシーとなるであろう。そして、スポーツ界に限らず多様性の流れは決して止まることはないだろう。

  • 荒木田 裕子 荒木田 裕子   Yuko Arakida 公益財団法人 東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 副会長
    笹川スポーツ財団 理事
    高校卒業後、日立製作所入社。日本代表としてメキシコ世界選手権、モントリオール五輪、1977年ワールドカップの3大会で金メダルを獲得。現役引退後、選手・指導者として渡欧。帰国後は、女子強化委員長、強化本部長を歴任し、日本の女子バレーボール界を牽引。JOC理事、OCA理事、2020年東京オリ・パラ招致委員会スポーツディレクターなど多方面で活躍。IOCオリンピックプログラム委員会委員、全国ラジオ体操連盟会長等