Search
国際情報
International information

「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

知る学ぶ
Knowledge

日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

東京2020大会から残された宿題~SDGsへの取り組み

SPORT POLICY INCUBATOR(3)

2021年11月17日
佐野 慎輔 (尚美学園大学 教授/産経新聞 客員論説委員/笹川スポーツ財団 理事)

 新型コロナウイルス感染下、1年延期、無観客開催という「異形さ」ばかりが強調された東京2020オリンピック・パラリンピック。メディアがほとんど取り上げなかった試みに「持続可能な社会の実現」に向けた取り組みがある。

 2015年、国連は2030年までの長期的な開発における国際社会の共通指針として「Sustainable Development Goals(SDGs=持続可能な開発目標)」を定めた。17のゴールと具体的な169のターゲットは私たちの生き方、考え方に大きな関わりを持つ。例えば、ゴール1の「貧困をなくそう」は日本と無縁と思われがちだが、日本の子どもの6人から7人に1人は「貧困」にあえいでいる。「子ども食堂」「第3の居場所」など官民問わない取り組みが進むものの、どこまで一般の人たちに訴求し自分事として捉えられているだろうか。疑問を持たざるを得ない。またゴール5の「ジェンダーの平等を実現しよう」は東京2020大会でも関係者の発言が問題視され、日本のジェンダー・ギャップ指数は調査対象153カ国中121位、経済協力開発機構(OECD)加盟国でも低位、先進国(G7)中最低という結果が知れ渡った。組織委員会は急遽、女性理事の比率を増やし、選手宣誓、選手団旗手などの男女参画を実現させるなどイメージ向上に躍起となった事は記憶に新しい。

 SDGs17のゴールにスポーツの文言はない。しかし合意文書の「2030アジェンダ」はスポーツの貢献に期待を寄せてこう述べる。「スポーツもまた、持続可能な開発における重要な鍵となるものである。我々は、スポーツが寛容性と尊厳を促進することによる、開発及び平和への寄与、また、健康、教育、社会包摂的目標への貢献と同様、女性や若者、個人やコミュニティの能力強化に寄与することを認識する」

 スポーツはSDGs達成の有効なツールであり、課題克服に大きな貢献をするとの認識に他ならない。気候変動対策などスポーツ自体が取り組むべきもの、またスポーツという地球規模の訴求力、影響力を通した周知効果が期待されている。

東京2020大会の聖火には、オリンピック史上で初めて水素エネルギーを使用。クリーンエネルギーとして注目される水素エネルギーは、福島県内の施設で製造され、燃料電池バス、選手村の定置型燃料電池システムにも用いられた。©フォートキシモト

東京2020大会の聖火には、オリンピック史上で初めて水素エネルギーを使用。クリーンエネルギーとして注目される水素エネルギーは、福島県内の施設で製造され、燃料電池バス、選手村の定置型燃料電池システムにも用いられた。©フォートキシモト

 スポーツ界では競技団体やスポーツ用品メーカー、リーグやクラブチームなどSDGsに取り組む存在は少なくない。統括団体として国際サッカー連盟(FIFA)の取り組みは著しく、早くから国連と共同歩調をとる国際オリンピック委員会(IOC)はかつて国連にあった「開発と平和のためのスポーツオフィス(UNOSDP)」機能を担う。日本でも2018年スポーツ庁がSDGsを取り込んだ「スポーツ国際戦略」を策定、動きが始まった。またオリンピック・パラリンピックでは、持続可能なイベント運営のための(マネジメントシステムの国際規格「IS020121」に基づき、2012年ロンドン大会以降の大会が運営されており、メガイベントの指標となって久しい。

 東京2020大会はこうした状況の中で、「Be better together(よりよい未来へ、ともに進もう。)」との標語のもと、5つの柱をたてて取り組んできた。

 ①気候変動脱炭素社会の実現に向けて)

 選手村や国際放送センター、メインプレスセンターでの再生可能エネルギー電力100%使用。競技会場や選手村は太陽光や水素エネルギーを活用。関係者輸送は燃料電池自動車や電気自動車が活躍。環境負荷の少ない社会の実現をめざす

 ②資源管理資源を一切ムダにしない)

 大会提供飲料は100%リサイクルのペットボトル使用。表彰台は再生プラスチック。聖火ランナーのユニホームは再生ペットボトル、ボランティアやスタッフのユニホームは再生ポリエステルや植物由来素材。選手村のビレッジプラザに使用の木材は63自治体からの借り受けで、終了後は返却しリサイクル使用。金・銀・銅各メダルは都市鉱山携帯電話を含む回収小型家電からの抽出金属)使用。聖火のトーチは東日本大震災の復興仮設住宅のアルミニウム再生使用。廃棄物を極力抑える

 ③大気・水・緑・生物多様性等自然共生都市の実現)

 暑さ対策。各競技会場の濾過施設の導入や雨水、循環利用水の活用。在来種植物による競技会場の緑化による生態系ネットワークの創出。間伐材の使用と植林による生態系保存。選手村等での提供食材は農業生産工程管理(GAP)に基づく農産物、水産エコラベル認証品

 ④人権・労働・公正な事業慣行等(多様性の祝祭)

 D&Iへの意識徹底のための講習実施。国連「ビジネスと人権に関する指導原則」に即した人権の保護、尊重および救済

 ⑤参加・協働・情報発信(パートナーシップによる大会づくり)

 「東京2020参画プログラム」等による国民参加型プロジェクトの実施と参加呼びかけ。「東京2020参画プログラム」には延べ1億16781819人が参画し、小学生によるマスコット選定などが行われた。またスポーツの国際普及を支援する「Sports for Tomorrow」には204カ国・地域の約1246万人が参加した。

 掲げられた内容は多岐にわたり、それぞれ未来社会のありようが強く意識されている。しかし廃棄物の削減や物資調達の基準は依然、国際基準とは差が大きく、環境保全団体からは大会で使用した木材、水産物などの調達基準について具体的な数値の開示が求められた。期間中、13万食に及ぶ弁当やマスク・ガウンなど500万円に及ぶ医療備品の廃棄が問題視されるなど問題意識はまだ低く、「ジェンダー平等」の取り組みも緒に就いたばかり。今後どのように展開していけばいいのか、日本スポーツ界をあげて取り組むべき課題である。

 組織委員会は20226月で解散する。掲げられた取り組みはどこが中心になって推進するのか。笹川スポーツ財団を含めた民間組織も正面から取り組むべき宿題である。

  • 佐野 慎輔 佐野 慎輔   Shinsuke Sano 産経新聞客員論説委員、尚美学園大学スポーツマネジメント学部教授
    笹川スポーツ財団理事/上席特別研究員
    報知新聞社を経て産經新聞社入社。シドニー支局長、運動部長、サンケイスポーツ代表、産経新聞社取締役等を歴任。スポーツ記者を30年間以上経験し、野球とオリンピックを各15年間担当。5回のオリンピック取材の経験を持つ。日本オリンピックアカデミー理事、野球殿堂競技者表彰委員、早稲田大学非常勤講師等