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「スポーツ・フォー・オール」の理念を共有する国際機関や日本国外の組織との連携、国際会議での研究成果の発表などを行います。また、諸外国のスポーツ政策の比較、研究、情報収集に積極的に取り組んでいます。

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日本のスポーツ政策についての論考、部活動やこどもの運動実施率などのスポーツ界の諸問題に関するコラム、スポーツ史に残る貴重な証言など、様々な読み物コンテンツを作成し、スポーツの果たすべき役割を考察しています。

冬季オリンピックの美しさの謎を解く

【冬季オリンピック・パラリンピック大会】

2023.08.24

 かつて、雪国に暮らす人々は、道に雪が積もっていても、あるいは川に氷が張っても、移動したり物を運んだりできるようになりたいと思った。そこで、それを可能にする手段として、スキーやそり、スケートを発明した。今から数千年も昔のことである。

 1994年リレハンメル冬季オリンピックで使用されたピクトグラムのデザインのモチーフとなった岩絵(壁画)がある(図1)。これはノルウェー北部のロドイという島の岸壁に刻まれていたもので、紀元前4000年頃に描かれたとされている。頭にうさぎのような動物の耳を付け、手には斧のような物を持ち、スキーに乗っている。「当時の狩りは、擬装とまじないのためにオオカミなどの動物の面を付けて行うことはあった」(新井博編著『スポーツの歴史と文化』)とされることから、図1のノルウェーの岩絵もそれに類した狩りを描いたものと推測できる。この「最古のスキーヤー」と名付けられた岩絵をモチーフにしたリレハンメル大会のピクトグラムが図2である。

左:【図1】「最古のスキーヤー」右:【図2】リレハンメル大会のメダルの裏側に描かれた競技ピクトグラム

左:【図1】「最古のスキーヤー」 右:【図2】リレハンメル大会のメダルの裏側に描かれた競技ピクトグラム

16世紀に描かれたスキーで狩りをする絵

16世紀に描かれたスキーで狩りをする絵

 人間は遊ぶ(ホイジンガ「ホモ・ルーデンス」)。生活の手段として雪の上を「滑る」ことは、時を待たず「遊び」になっていったと考えられる。滑るために発明した道具(=スキーやそりなど)を使えば、雪のない土の上を自分の足で走るより速く移動できることがわかったのだ。こんなに楽しいことはない。「遊び」に「競争」というファクターを加えると「スポーツ」になる。古代の雪国の人々は、滑る道具を使って、より速く滑ることを競う「スポーツ」を発明したのだ。

 スポーツは多種多様に進化する。歩くように、走るように雪の上を滑るスキー、座ったまま雪の上を滑るそり、氷の上を滑るスケートが発明される。その道具も目的に応じて進化する。スキーもスケートも「より速く」滑るために、長くなったり細くなったりする。スキーでは滑りを加速させたり安定させたり制御したりするために、杖のような「ストック(ポール)」を使用するようになる。長い距離を滑るためにはスキー板を軽くする。スキー板に靴を安全に装着するための器具も発明される。

 雪の斜面に大きなコブを作り、そこから飛ぶことで「ジャンプ」がスポーツになる。遠くまで飛んだ者が勝つのだ。長い距離を滑るノルディックスキーが北欧を中心に発達する一方、高速で斜面を滑り降りるアルペンスキーがアルプス地方一帯で発達する。

 スケートも進化する。凍った川や運河を滑るうちに、そのスピードを競うようになる。滑り方の正確さや美しさを競うフィギュアスケートも登場する。古くからあるホッケー(フィールドホッケー)を氷上で行うアイスホッケーが誕生する。

 このように、北国の人々は雪と氷を使って次々と新しいスポーツを生み出した。

 

雪と氷は夢のような能力を授けてくれる

 ギリシャ神話のイカロス、日本では天狗や役小角、現代に近いところでいえば、飛行機を発明したライト兄弟、映画の中のスーパーマン、テレビの中のウルトラマン、そして1984年ロサンゼルスオリンピックの開会式に登場したロケットマン……。フィクションとノンフィクションを混在させてしまったが、彼らはいずれも空を飛んだ。今から1億年も2億年もの昔、空を飛ぶことを夢見た恐竜が、長い年月をかけて鳥へと進化したという、ほのぼのとした説があるように、みんな大空を飛ぶことに憧れる。また、1960年代にマンガやアニメで一世を風靡したエイトマンやサイボーグ009は、新幹線より速く走った。いつの時代でも空を飛ぶことや速く走ることは夢のような憧れなのだ。

 雪と氷はその夢を叶えてくれる。スピードスケートのトップ選手は時速60km近くで滑る。スキージャンプのラージヒルでは、140mもの距離を飛ぶことができる。フィギュアスケートでは空中で3回も4回も回転し、美しく着氷する。スノーボードのハーフパイプでは宙に高く舞い上がり、一度に、縦に3回、横に4回も回転する。

 人間を超えたい、あるいは神になりたいとする「願い」、そして大空に向かって飛び、翼を広げて鳥のように舞う夢を、少しだけ、ほんの少しだけ現実のものにしてくれる、それが雪と氷のスポーツなのだ。

用具の機能美

 ウインタースポーツは用具を使用する。スキーではスキー板を履き、ストックを持ち、ゴーグルを着ける。種目によってはヘルメットも被る。スノーボードも同様だ。そり競技はもちろんそりを使うが、ボブスレーやスケルトンではフルフェイスのヘルメットを被る。スキー板やスノーボード、スケート靴などの滑るための用具を使用するのはもちろんのこと、選手は首から上にさまざまなものを着ける。スケートは現在、屋内で競技が行われるが、スピードスケートでは多くの選手がサングラスを着用する。アイスホッケーはヘルメットを被り、多くがフェイスマスクを着ける。このように、ウインタースポーツでは紫外線や強い風、飛んでくる雪やパック(アイスホッケー)から目を守るため、あるいは空気抵抗を軽減するために、さまざまな用具を身に着ける。顔をまったく隠さずに競技を行うのは、冬季オリンピックではフィギュアスケートとカーリングだけだ。基本的に顔を出したまま競技する夏のスポーツとウインタースポーツの、見た目の違いはここにある。

 スキーで使用するスキー(板)、ジャンプやダウンヒルの光るヘルメット、鏡のように反射するゴーグル、鋭いスケートのブレード(刃)……、ウインタースポーツで使用する用具は美しい。これらは美を追求したために美しくなったのではなく、機能を追求した結果、期せずして美しくなる「機能美」である。美学者の中井正一(1900-1952)は、技術の中にある「機能美」についてこう述べる。

 「例えば、日本刀を見る時、その緊まった、寂けさは、人のこころを寒くするほどである。それはただ、その切るという機能が、純粋になりきった時、その秩序は、自然の美しさをしのぐほどのものにまで立ちいたっている。飛行機の美しさ、すべての機械の美しさ、機能美の近代建築もまたそうである」(『美学入門』)

 さらに、ウインタースポーツにおいては、戦いの生々しさが見えないことが美を際立たせているといえる。夏季オリンピックで行われる柔道、空手(組手)、テコンドー、レスリング、ボクシングといった格闘技がない。スポーツでなければ乱暴に思えるような、生身の体のぶつかり合いが、ウインタースポーツにはないのである。アイスホッケーでは乱闘シーンが見られることもあるが、それ以外にはない。また、夏季オリンピックの多くのスポーツは顔を出したまま行うことで表情がよくわかる。一方で、前述したようにウインタースポーツは、フィギュアスケートとカーリング以外はほとんど競技中の表情が見えない。そのことによって、いわゆる人間臭さが失われ、アンドロイドのような機械的な美しさが顔を出す。

 格闘技が美しくないということではない。例えば柔道の内股や背負い投げできれいに相手を投げた時は、それまで抑圧されていた感情が一気に解放され、爆発的な美的高揚感を味わうことができる。また、陸上競技の選手が走り跳び投げる姿、その躍動美や肉体美には、古代ギリシャの彫刻を思わせる秀麗さがある。夏季オリンピックのスポーツと冬季オリンピックのスポーツでは、美の構造がいささか異なっているのだ。

 ウインタースポーツの機械のような、金属のような美しさは、戦いの中に見られる美ではなく、アスリートが高速で動く時の、個の物体としての、あるいは人と機械が一体となったヒューマノイドロボットがさらにバージョンアップしたような、超現実的機能美なのである。美しい用具が選手の競技テクニックやスピードと作用し合うことで、さらなる高い次元の美へと進化するのだ。

 再び中井正一の『美学入門』から引用する。

 「機械の美しさは、その中にある数学的秩序が、見ゆる音楽として、その均整と秩序を、感覚の中に伝えてくれるのである。それは宇宙の秩序にまで関連をもつところの『精神の数学的作品』なのである。飛行機の美しさは、誰も飾っているのではない。その機能の函数的な数学的な秩序の美しさなのである」

 この種の美しさ、つまりシャープな、ソリッドな美が、ウインタースポーツには内包されている。

そもそも純白の非日常世界は美である

 JR東日本が1991年から展開しているスキーのキャンペーン「JRSKISKI」のCMには、毎回、純白のゲレンデの上にスキーウエアに身を包んだ美しい女性が登場する。内容やタレントはほぼ毎回変わってきたが、なかでも印象的だったのは川口春奈を起用した「ぜんぶ雪のせいだ。」というキャッチコピーのCMだ。コンセプトは「ゲレンデマジック」。

 これは、スキー(スノボ)ウエアにゴーグルを身に着けさっそうと滑る姿が、普段見慣れている異性を何割も魅力的に見せる効果があるという魔法のような心理的現象を指す。真っ白い雪に覆われた非日常の空間で、帽子とゴーグルで顔のかなりの部分を隠し、スキー(スノボ)ウエアでさらに非日常感を演出する。さらに純白のゲレンデを雪煙を上げながら躍動的に滑るというパフォーマンスは、日常から遊離したロマンティックな夢の世界で出会ったヒーローを彷彿とさせる。この意外性、非日常感が、普段接している異性を一瞬にして恋愛対象にしてしまうのだ。特定のシチュエーションと時間に限って人の印象を“かっこよく”してしまうのである。かくしてウインタースポーツの競技者・実践者は、美的対象となる。

美しき冬のオリンピックの今後は……

2026年ミラノ・コルティナ大会のエンブレム。史上 初めてオンライン投票で選ばれた

2026年ミラノ・コルティナ大会のエンブレム。
史上初めてオンライン投票で選ばれた

 美しいウインタースポーツをまとめて行う冬季オリンピック。2022年北京冬季大会では、スキージャンプ、モーグル、スピードスケート、フィギュアスケート、スノーボード、カーリングなどで多くの日本選手が活躍した。

 夏季大会にくらべて競技・種目数が少ない冬季オリンピックであるが、次の2026年ミラノ・コルティナ大会では、新たに「スキーモ(SKIMOSki Mountaineering)」が採用される。スキーモは山岳スキーのことで、ノルディックのように踵が固定されていないビンディングを使用。雪山を登る時はスキーの裏にシール(滑り止め)を付けてスキーを履いたまま登ったり、スキーを背中に担いで歩いて登ったりする。下る時にシールをはずして滑る。

 ミラノ・コルティナ大会で実施されるのは、インディビジュアル、スプリント、リレーの3種目の予定だ。インディビジュアルは選手が一斉にスタートし、登りと滑りを繰り返し、12kmほどの距離で速さを競う。スタートからフィニッシュまでは1時間強だ。スプリントは登ったり下ったりを短時間で行う種目。数分で勝負がついてしまう。リレーはスプリントのようなコースを4人が1周ずつレースをして順位が決まる。まさに雪山に挑むダイナミックなスポーツだ。冬季オリンピックにまた新しいスポーツの美が加わることになる。

 

 その次の2030年冬季オリンピックの開催地はまだ決まっていない。現在、札幌市が名乗りを上げているが、東京2020大会をめぐる汚職、談合などの不祥事が大きく影響し、招致活動には強い逆風が吹いている。だが、膿を出し切った暁には、美しい冬のオリンピックをまた日本で開催してほしい。2020大会の負のイメージを払拭するような、美しいウインタースポーツの祭典をぜひ札幌で行ってもらいたい。もちろん、透明で公正でクリーンな大会を行うことが大前提であるが。

 最後にもう一度、中井正一の『美学入門』から引用する。

 「あのツェッペリンの飛行船が、ドイツから東京の上空にくる時、シベリヤの空で七時間ほど全世界から消息を絶ったことがある。シベリヤの空であのツェッペリンの船体の表面に氷が張ってきたのである。そしてその重さのために、だんだん高度が落ちてきたのである。そして刻々と絶望的条件に陥っていったのである。全世界の無線電話の電波は、この苦しんでいる白銀色のグラーフ・Zに向って、無電の網の目を投げかけていったのである。しかしやがて破綻の寸前、地殻のかなたから、太陽がその船体に光を投げかけはじめた、そして重い氷はその船体から一塊(ひとかたま)り、一塊(ひとかたま)りと落ちはじめたのである。

 ツェッペリンは一メートル、一メートルとその高度を上げだしたのである。私はこの報道をラジオで聞き新聞紙上で読んで、まことにそれは美しい、実に新しい詩であると思わずにいられなかった」

 2030年冬季オリンピックの札幌開催が、このツェッペリンの飛行船のように浮上し、実現に至ることを願ってやまない。

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スポーツ歴史の検証
  • 大野 益弘 日本オリンピック・アカデミー 理事。筑波大学 芸術系非常勤講師。ライター・編集者。株式会社ジャニス代表。
    福武書店(現ベネッセ)などを経て編集プロダクションを設立。オリンピック関連書籍・写真集の編集および監修多数。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了(修士)。単著に「オリンピック ヒーローたちの物語」(ポプラ社)、「クーベルタン」「人見絹枝」(ともに小峰書店)、「きみに応援歌<エール>を 古関裕而物語」「ミスター・オリンピックと呼ばれた男 田畑政治」(ともに講談社)など、共著に「2020+1 東京大会を考える」(メディアパル)など。